06-50-銀河4 -花守-


 採取を終え礼拝堂に戻ると、相馬さんは夕飯作りの仕上げを手伝ってくる、と残してぴゅーんとテラスへ駆けてゆく。


「セーラねーちゃんありがとー!」


 彼女は子どもたちの声を背に浴びて、拳を突き上げて返し、あっという間に見えなくなった。


「エリさまー、次なにするー?」

「え、えっ、ボクかい……? その前に、そのエリ夫というのを……」

「エリ夫さま、領主さまっていつもなに食べてるんだー?」

「ええっと……昨晩はカリーヴルストとセビーチェ風マリネだったかな……。ところでボクの名前は……」

「すげー! よくわかんねーけどエリ夫さますげー!」


 すげー! どんな料理か想像もつかないけどエリ夫すげー! 偏見だけど日常的にビーフストロガノフとか食べてそうー! 俺いまだにビーフストロガノフがどんな料理かいまいちわかってないー!


 とまあ、エリオットは子どもたちと採取をすることで、なんというか……打ち解けたというか、子どもたちに懐かれていた。


 採取を頑張っている子どもたちからすると、相馬さんが崇拝の対象であるように、初回の採取で活躍してみせたエリオットは「なかなかやるじゃねえか」みたいな対象になるのだろう。

 まあボウイなんかは「大人なんだからできてあたり前だって!」と負けず嫌いを発揮していたわけだが。


 エリ夫というあだ名が浸透したのは間違いなく相馬さんのせいである。……自分に〝ペレ芋の女神〟だなんて二つ名がついてしまったストレスをエリオットに当てつけたようにも思える。


 そのとき、西口のほうから疲れきった声がした。


「おーい……。チビども、手が空いとったら裏庭の採取を手伝ってくれい……。みんな死にかけじゃ……」


 アントンだった。彼は通路の壁にもたれかかり、ぜえぜえと肩を上下に揺らしている。


「はーーーーい!」


 いま採取を終えたばかりだというのに、子どもたちは元気いっぱいに通路を駆けてゆく。本当にどうなってんだ。


「アントン、俺たちも手伝うぞ」

「い、いやいや、レオンどのと領主さまの手をわずらわせるほどではないぞい! 人手は足りておりますゆえ!」

「嘘つくの下手すぎかよ」


 パパドプロス家の訪問により、ほとんどの領民たちは礼拝堂でひざまずくことになり、様々な作業に遅延が生じている。

 料理もそうだが、なによりも畑の採取が顕著で、西口では白い光が銀河のように広がっていた。


 アントンの言う通りいまにも死にそうな顔をしたおっちゃんたちが、子どもたちの登場でひと息ついて、あぜを伝いふらふらと畑から退場してゆく……。


「つーか全然人足りてないじゃんか」

「フフッ……。ボクに任せておきたまえ。このエリオット・パパドプロスに。このエリオット! パパドプロスに!」


 エリオットは自分の名前はエリ夫ではなくエリオットだと強調するように言い、脱いだばかりの採取用手袋を着け、意気揚々と畑に歩を進めた。

 相馬さんと子どもたちに採取を褒められたからか、自信満々だ。


「ぬあ、りょ、領主さまにそのようなことを……!」

「アントン、いいんだって」


 エリオットに駆け寄ろうとするアントンを手で止める。


「領主は普通、領民に交ざって採取をすることなんてない、ってのはわかってる。でも、この世界でいうところのだ、ってエリオット自身が感じていることもわかるだろ」


 領主なんて誰がなっても同じ……。ということは、領主はおしなべてクソ、ってことだ。エリオットが成長し、この世界における普通の領主になっても、結局はクソになるだけだ。


 だから、普通ってのをいったん忘れて、領民と一緒に作業をするのもいいんじゃないか、って思う。


 もちろんそれだけじゃダメだってのもわかってる。まあそういう領主のハウツーとか、帝王学? みたいなもんはきっと、ガレウス爺さんがエリオットに叩き込んでくれるだろう。


「これ、俺が手伝ったところで全然間に合わないだろ。教会を一周して手が空いてる人がいないか見てくるわ」

「お、おう。すまんのレオンどの」


 階段に座り込むアントンから身を翻す。


「はっはっは、よく見ておきたまえ、ボクの華麗なる手さばきを……!」

「りょ、領主さま、そこホウレン菜の……」

「んひいいいいいいー!! 光りかた全然違ううううううーーーー!! 聞いてないいいいいーーーー!!」

「エリ夫さま、笑わせんなって! オレも採取失敗しちゃうじゃん! ぶっ、あはははは! ぶははははは!」


 おっちゃんたちと奥さまがたはどうにか笑いをこらえているようだが、無邪気な子どもたちは遠慮なく声をあげて笑う。


 明るい声を背に、西口からぐるりと北口へ向かった。



──



 ギコギコカンカンと作業の音、おっちゃんたちの声掛けが大きくなってくる。


 北口は北口で忙しそうだった。

 おっちゃんたちが数人がかりで1本のウド木材──丸太の皮剥きをし、アーロンとウオティ、イェスパーがのこぎりを振るい、剥かれた丸太を四角の角材に変えている。


 イェスパーはたしかオルフェの水ダンジョンに浮かべる小舟をつくるプロジェクトリーダーだったはずだが、その木舟は出来上がっているのかいないのか、小屋の隣で浮かぶべき水を待ち詫びている。


 角材はなんらかのパーツになるのだろう、カタイネンの手によって薄く切り落とされてゆく。


「舞原さん見てくださいよー! カタイネンさんが切ったどの木片も、測ったように大きさがぴったりですよー!」

「い、いやその、まあワシにかかればこんなもんよ! がは、ガハハハハ!」

「さすがですねー! すごーい! センスありますー!」

「がは、がはは!」


 ……そんなカタイネンは真っ赤になって月宮さんという揚羽あげはに引っかかっていた。


「……あんまり純朴なおっちゃんたちをからかうなよ」

「むー、からかってなんかないですよー! 本心ですよ本心!」


 いやまあ本心なのはわかるんだけど、言葉のチョイスはなんとかならないものだろうか。


「みんなすげえ忙しそうなとこ悪いんだけど、畑の採取、手が足りてなくてさ。何人か手伝ってもらいたいんだけど……」


 いや本当に悪い。勢いで言ったはいいものの、ここに40人くらいいるおっちゃんたちはみんな木工作業で忙しそうだ。いま俺よく口に出せたわ。


「むむん、何人ほどじゃ?」

「10……いや嘘。5人くらいいると助かるんだけど」

「5人か……! むむん……!」


 カタイネンは困った様子で辺りを見回す。

 やばい、俺めっちゃ迷惑なこと言ってる。


「俺が行くよ」


 人混みのなかから立ち上がったのは聖だった。


「お前イケメンのうえに頼れるってどうなってんだよ」

「あはは……どうして俺はこんなにも歓迎されてないんだろう」


 聖の隣では舞原さんが土に膝をつけ、カタイネンが切った木々を組み合わせ、片手タイプの石槌で釘を打ちつけている。


「えぇ……? 舞原さんはなにをしてるんだ? ……というより、大人数でなにを作ってるんだ?」

「ああ、じつはね」


 舞原さんとおっちゃんたちが一生懸命つくっているのは、テラスに置くテーブルと椅子らしかった。


 現在テラスには1台の4人掛けテーブルと4脚の椅子が置いてある。

 食事の際には俺たち異世界勇者とミシェーラさん、身重なカミラさんとイライザさんで交代しながらそれを使っているんだけど、さすがに全然足りてない、ってのが現状だ。


 さらに言えばガレウス、エリオットはもちろん、兵士たち──とくにガレウスの護衛兵であるゴルドとジルバもここで食事を摂ることを考えると、地べたで食べさせるわけにもいかない。

 いや、実際ガレウスはこれまで地べたで食べていたわけだが、オラトリオの英雄であることを知ってしまっては、さすがにいままで通りってわけにはいかないだろう。


 で、急ピッチでウド木材とヒノエ木材からテーブルと椅子を作っている、ってわけだ。……人海戦術丸出しなのがなんともおっちゃんたちらしい。


「俺たちなんて地べたでもいいんだけどな」

「うん、そうだね。……でも彼らはそれじゃ納得しないことも知ってるだろ?」


 今度は俺が「そうだな」と返す番だった。


「聖夜、釘、ある?」

「うん、どうぞ」


 聖から釘を受け取った舞原さんは、長い木材ふたつをX字にして角度を気にしながら釘を打ってゆく。


「でも、意外だな。舞原さんよりもお前のほうがこういうの得意そうなのに」

「俺は1を2にすることは得意だけど、0を1にするのは苦手で」


 どういうことだ、と思っていると、


「脚、完成しました。天板と背もたれ、ください」

「おう! 舞原どの早いのう!」

「そんなこと、ない、です」


 ペッレルヴォが舞原さんに渡したのはL字型の木材……いかにも椅子の座る場所と背もたれだった。他のものとは違い、なにかを塗ったのか光沢がある。


「できた……!」


 あっという間だった。

 舞原さんの石槌は瞬く間にいくつもの釘を打ち、各パーツが組み合わさって一脚の椅子が完成してしまった。


 でも、聖の言う0から1ってどういうことだろう、と思ったら、


「おおおおおおおおっ!」


 完成した椅子の動きを見て、おっちゃんたちが湧いた。


 舞原さんが椅子を持ち上げて脚を動かすと、X字のそれはI字へと折り込まれる。

 彼女が作ったのはただの椅子ではなく、折りたたみ椅子だった。


「菜々花がね。教会の入口には花のアーチが架けられていて、テラスにはミシェーラさんがお世話している花のプランターが並んでいる。そこにたくさんのテーブルと椅子を並べてしまうと、教会の景観が損なわれるかも、って」


 だから折りたたみで持ち運びやすいようにしておいて、普段は教会内か倉庫内に立てかけておいて、食事のときだけテラスに並べる、ってことか。


 まったく意識してなかったけど、そういえばオラトリオに来てから折りたたみ椅子って見たことがなかった。

 この教会はもちろん、かつて宿泊していた宿屋でも。


 驚きながら座り心地を試すおっちゃんたちの様子を見るに、オラトリオには無いもの……とまでは言わないが、珍しいものなのかもしれない。


 舞原さんは椅子をくるりと回しながらおっちゃんたちに折りたためる仕組みを説明し、おっちゃんたちが舞原さんを真似て椅子の脚をつくりはじめるころには、さっさとテーブルの脚を組み立てはじめている。


 その姿勢は相馬さんを彷彿とさせるものだったが、彼女の小さな背中は、


『わたしも、なにか、したい』

『なにか役に、たちたい』


 と無言のうちに舞原さんらしさを語っている。


 この椅子は教会の外観を守るだけでなく、毎日プランターの世話をしているミシェーラさんの努力をも守っている。


 ……すっかり教会の柱石ちゅうせきだな。


 ……それはともかく、おっちゃんたちは舞原さんが完成させた折りたたみ椅子をお手本として、カタイネンが切ったパーツを次々と組み立てている。とてもじゃないが、改めて手伝ってくれ、なんて言えない。


「みんな、作業はそのまま続けて。採取の手伝いは俺ひとりで大丈夫だから」


 聖の言葉におっちゃんたちは「すまねえ……!」と頭を下げる。


「つっても、ひとりでなんとかなる量じゃねえぞ」

「俺が普段の10倍頑張ればいいんだろう?」

「界王拳じゃねえんだぞ」


 5倍で足りねえなら10べぇだァ! で解決できるほど人生は甘くない。

 そんなことは聖もわかっているはずなのに、


「じゃあ菜々花、行ってくる」

「うん、ごめん、聖夜」


 舞原さんにピースサインを向け、それを振って西口へ颯爽と駆けていった。

 舞原さんもチョキをつくって小さく振りながらはにかんで返した。

 なんなのお前ら事あるごとにするそのピースサイン。なんなの? ちゅきピってやつなの? どうなの? ん? ん?

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