06-49-銀河3 -信じるとは-
コボルト討伐後のペレ芋ダンジョンに降り立つと、さっそく子どもたちはわーっと白い光に群がった。
「はいはい小さい子からねー。……って採取ポイント多くね? 要あんた、なんで採取のフラグメンツ使ったん」
「す、すまん、癖で」
普段は手前の部屋に3ヶ所、奥の部屋に2ヶ所の採取ポイントがあるペレ芋ダンジョンだが、いまは手前の部屋で5条の白い光がきらきらと採取のときを待っている。俺がなんの気になしに採取のフラグメンツを使用し、採取ポイントを増やしてしまった証拠だった。
というのも最近は俺、黒乃さん、白銀さん、相馬さん、月宮さん、舞原さん、聖という異世界勇者7人プラスおっちゃん5人という12人のマックス編成でダンジョンに突入することが多く、食材の……とくに消費MPの少ないダンジョンでは採取ポイントが5ヶ所しかなく、誰かが手持ち無沙汰になる、ってことが非常に多かった。
ペレ芋ダンジョンなんてその最たる例で、採取のフラグメンツは消費してもすぐにリオンとアリアが補充してくれるため、毎回のように使用しているのだった。
が、今回はマクベスとエリオットを同行者として登録してしまった。エリオットを含めても採取ができるのは11人のみ。しかもそのうち8人が子どもなのだ。
そして相馬さんの制止も虚しく、ここ南の部屋の採取ポイントではすでに5人の子どもが白い光を追いかけていて、残った3人は北の部屋へ続く通路へよーいドンだ。
「ちょい待ちちょい待ち、木箱開けるまで待ってろっつのー! ……って、あんま時間経ってなくてあたしまだ開錠できねーし!」
通路に放置された木箱に手をかざして悪態をつく相馬さんには悪いけど、子どもたちが自由すぎて笑う。あの子たちをまとめているモニカの苦労は計り知れない。
「俺、行ってくるから」
「いちおーモンスターがいないかどーかだけ確認よろ。あと喧嘩すんな、って伝えたら戻ってきて」
3人の子どもたちのことは見ていなくていいのか……? なんて思ったが、星良ねーちゃんの判断なら間違いないだろう、と言われた通り北の部屋の安全を確認し、相馬さんの言葉を伝えて通路に引き返す。
「んー、まだできないかー。……要、開錠やってみる? いまならうに子のサポつくけど」
「うににー♪」
「おー、いいのか。やってみたい」
戦闘に関してはまだ掴んでないけど、採取、調合、分解、開錠みたいな作業に゙関しては、やればやるだけ上手になり、スキルブックが読めるようになり、ぐいぐい上達することがわかっている。
俺の開錠が上達したところで、パーティには相馬さんがいるし、その後ろには月宮さんも控えている。俺の出番はない。
しかし開錠をはじめとする作業をしているうちに、新たなスキルブック、たとえば【器用】【集中】などが読めるようになることがあるという。
そういった副産物的な成長が見込めるため、許されるかぎりなんにでも挑戦していきたい、ってのが俺の本心だ。
とはいえ……。
「俺、開錠成功率51%なんだけど」
「んー、そんなら作業が大成功してうに子のサポあっても80%くらいにしかなんないかも。開錠の練習したいんならもっと簡単なピグニーの箱んときにしとく?」
ぐぬぬ……作業が大成功して80%って、どう頑張っても20%の失敗があるわけだ。
失敗して罠発動も怖いが、中身が消えるのもいやだ。
悔しい。
開錠に挑戦できないこともそうなんだけど、
──────────
《開錠》
マイナーコボルト
罠:不明
─────
開錠可能者:2名
エリオット・パパドプロス→86%
要零音→51%
──────────
エリオットに負けてるのも悔しいんだよなあ……。
彼の開錠成功率を相馬さんに伝えると、
「うっそエリ
「ぼ、ボク? い、いいのかい?」
俺たちの後ろでまごまごしていたエリオットはおどおどと木箱に手を伸ばし、
「86%……これをどうすれば……?」
不安げに振り返った。
相馬さんはそれをどう捉えたのか、口角を上げる。
「お、やる気あんじゃん。うに子、エリ夫に【幸運】【増収】あと【集中】お願い」
「てぃんくるー♪」
合図で宙に浮かぶうに子がくるりんこ、と回転すると、エリオットの身体に白、緑、
相馬さんはご丁寧にも草の上に布を敷いて指を差す。
「んじゃここに膝ついて。両手をかざしたらすぐに始まるかんね」
「うわ、わわわ」
「こっち側から反対側の穴にぴったり合うピースを選んではめ込んでくんだけど、あっちょ、テキトーにやるんじゃなくて、まずは長いピースと丸いピース、四角のピースに仕分けしてから」
相馬さんとエリオットにはなんらかの窪みとなんらかのピースが見えているのだろうが、残念ながら俺にはなにも見えない。
通路から北と南の部屋で頑張っている子どもたちを見守りながら、俺は必死になって両手をくねくねさせるエリオットと指示を出す相馬さんに視線をやる。
「くぬぬ、ぴょえっ、くぬぬぬっ」
「あっはっは、なんつー声出してんだって。あーでもこのままいけば100%じゃん」
「うにうに♪」
どうやらエリオットには開錠のセンスがあるようだ。現地民で言えばアントンに続きふたりめの適性者ってことになる。
……それにしても、なんというか、意外だ。
意外ってのはエリオットのことじゃなく、相馬さんのことだった。
バコン、と音がして木箱が勢いよく開く。
「や、やったのかい?」
「ん、成功。エリ夫ナイス」
──────────
60カッパー
コボルトの槍
──────────
開錠作業のミニゲームは俺には見ることはできなかったが、報酬のウィンドウは誰にでも表示される。
スキルブックが出なくて残念だな、なんて思ったけど、スキルブックドロップに大きなブーストがかかる黒乃さんがいないのだ。当然といえば当然か。
「60カッパー……? あんなに恐ろしいモンスターを倒して、たったの60カッパー……?」
エリオットが報酬ウィンドウに顔を向けたまま視線を彷徨わせる。
「言っとくけど、うに子がいなかったらこの半分の30カッパーなんだからね。コボルトの槍も出なかったかもしんないし」
相馬さんはさっさとウィンドウをタップして金とコボルトの槍を出現させると、俺とエリオットに大銅貨を3枚ずつ手渡した。
「相馬さんも20カッパー持ってけよ。うに子がいないと半分だった、って言ったの相馬さんだろ。うに子のサポートがないと箱を開けられたかどうかもわかんないんだし」
「いーってば。おこづかいにしとけっつの」
「うにゅにゅ!」
俺が差し出した大銅貨は受け手が見つからぬまま虚空を彷徨い、俺はやむなく小銭袋に仕舞った。
むう……。そうだ、明日にでも市場に行って、この30カッパーでうに子になんか甘くて柔らかくてあったかくて美味しい食べものを買ってやろう。そうしよう。
俺の意思が伝わったのか、うに子は ( *´ω`* ) こんな顔をして俺の胸に飛び込んできた。かわいい。なでなで。……俺の脳内って、うに子にも読まれてるの?
「エリ夫、どーしたん?」
エリオットはすでに消えた木箱の前でいまだに膝をつき、手のひらに載った3枚の大銅貨をじっと見つめている。
「なぜだろう、不思議だな、って思って」
「不思議?」
「うん……。いま、ボクの手にあるのはたった30カッパーぽっちだけど……。いや、たとえこれが1カッパーだったとしても」
彼はなにか大切なものを握りしめるように、拳のなかにそれらを閉じ込めた。
「家にあるどの調度品よりも、ずっと尊く感じる」
……べつにいまさら疑っちゃいないけど。
エリオットのこの言葉が本心であるのなら、この先はきっと大丈夫。
なんとなくそう思った。
──
採取も半分以上が終わり、エリオットも子どもたちに交ざって白い光を追いかけている。
……意外と上手い。相馬さんの教えかたがいいってのもあるけど、反射神経がよく、すばしっこい。俺あっさりこいつに抜かれるんじゃ……?
「意外だった?」
「ん?」
子どもたちとエリオットに視線を落としながら、相馬さんが問うてくる。
「あたしがエリ夫のこと、許すっつーか……。ダンジョンに誘ったの」
「エスパーかよ」
「あんた顔に書いてあんじゃん」
たしかに意外に思っていた。
相馬さんは優しいし気遣いの鬼だが、同時に、押しつけだとかイジメだとか、理不尽な仕打ちを許せない、という面を持っている。
それはうに子に対する毒島いちごへの態度、舞原さんをいじめた相手に対する憎しみでよくわかる。
だからこそ、親の教育うんぬんとはいえ、民をいじめたエリオットに対して救いの手を差し伸べる彼女の姿は意外に思えた。
「こないだまでのあたしなら許せなかったと思う。ってゆーか、さっきまでのあたしなら許せなかった」
「どういうことだ?」
「あたしさー。ふつーとかよくわかんないし、みんながしてるからあたしも、ってのができなくてさ。ま、よーするに周りに合わせる、ってのが苦手なわけ。だから、おばば様とかおっちゃんたちがエリ夫のこと信じるっつっても、あたしは信じらんない、ってゆーか」
うん。たしかに相馬さんはそんな感じだ。
群れの中で群れに合わせるのが苦手……それでFパーティから抜けた、って聞いたことがある。
「前さ、あんた、あたしに言ったじゃん。あたしは誰かに依存するのが怖いんじゃなくて、信じた相手に裏切られるのが怖いんだろ、って」
言った。相馬さんがみんなに迷惑をかけたくないから、って教会を抜けようとしたときだった。
「あれ、あたしんなかにずっと残っててさ。たしかにそうだなーって。だってさー。裏切られるのって、バチクソ怖えーじゃん。裏切ったヤツのこと、許せなくなっちゃうし」
薄々感じてはいたけど、相馬さんはこれまでの人生で、ひどい裏切りを経験したことがある……彼女の表情で、それがより確実なものに近づいてゆく。
なにがあったのか気になったが、俺が尋ねていいことかわからない。
しかし、裏切られるのが怖い理由が、自分がひどい目に遭うことよりも、相手を許せなくなるからというのが、どうしようもなく相馬さんらしかった。
「誰かを信じるって、難しいよな」
「あんたがそれ言う? ……でも、ほんとそーだよね」
相馬さんは軽く笑って続ける。
「で、さっきあんたとエリ夫がダンジョンに入ってるとこ、ゲートの外から見てたんだけどさ。エリ夫は父親を信じきってて、でも父親は正しくなかった。それってある意味、父親の裏切りじゃん?」
「そう感じてもおかしくないな」
でもエリオットは、父親の裏切りに対して──
「でもエリ夫、父親を責めなかったじゃん。こんな父親を信じたばっかりに、みたいなことは一切言わなくてさ」
『ボクは、親不孝な息子だった』
そう、自分の責任にした。
「あたしはこの親子の関係が正しかったとは思わない。でも、信じる、ってことはどーゆーことか、うっすら気づいてたことに答えをもらった気がするんだ」
相馬さんは視線を落としたまま「うに子、キッドとプエルに【持久】お願い」と指示を飛ばし、休憩中のボウイに南の部屋を任せると、俺を北へ伸びる通路へと誘う。
「信じるって、きっと、相手を信じきることじゃないんだ。相手を信じる、そんな自分を信じる、ってことなんだ、って」
木々の道を歩きながら「あんたはとっくに気づいてることだと思うけどね」と俺を振り返る。
「それなら裏切られても、相手にムカつくことはあっても、許せないくらい憎むことはなくなるじゃん?」
前向きなのか後ろ向きなのかはわからないが、じつに相馬さんらしい答えだと思った。
相手を100%信じてしまえば、自分の信じるという感情の結果をすべて相手に委ねることになってしまう。
しかし相手を信じる、そんな自分を信じるということは、相手にすべてを委ねない。
信じる、信じないの選択肢があって、信じる、を選んだのは他でもない自分なのだ。
結局、相馬さんは裏切られるのが怖いというよりも、裏切られたとき、相手を怨み、他責に逃げてしまうのが怖かったのではないだろうか。
自分がこうなったのはあいつのせい。
自分が報われないのはあいつのせい。
じつに簡単な逃避だ。
そのかわり、なにひとつ自己の成長に繋がらない。
人は、前に進んでゆく。
自責という壁ならば乗り越えられれば前進できる。
しかし他責は自ら生み出した壁にその場で唾を吐くだけの行為だ。
信じていたのに、あいつが裏切ったせいで。……ではなく。
あいつを信じた自分がバカだった。……でも、自分にもなにか原因があったかもしれない。こういうことが二度とないよう、次はどうすればいいか、と。
つまり相馬さんはエリオットと俺のやりとりを見て、エリオットの謝罪と決意を見て、信じたいと思ったのだろう。
信じたいという思いさえあれば、あとは相手の行動により、自分が信じるか信じないかを決めるだけなのだ。
「それ、めっちゃわかる」
「っつーか、わかってたんっしょ?」
相馬さんは俺を試すように見つめてくる。
「あんとき……誰かを信じることが怖かったあたしに、自分から踏み込んでこいよ、って言ってくれたあんたは、全部わかってたんじゃない?」
「まさか。……買いかぶりすぎだろ」
そういえばあのとき、どれだけクサい台詞を言ったんだ……? って思い返すと、勝手に顔が熱くなってくる。
「……だってさ。あんとき、あたしを騙すつもりなら、あんたは無理やりあたしの手を取るだけでよかったじゃん。あんたはあたしに、騙してやるって言葉まで使って、信じる信じないの選択肢を用意してくれた」
「そりゃ必死だっただけなんだよ。無理やり引き留めても、いつかどこかでその無理が来るだけだろ」
なんだか照れくさくなって、そう誤魔化した。
言っておいてなんだが、あのときの俺、めっちゃ無理やり引き留めた気もする。
「そ、そっか。ぅ……やっぱ、必死になって、くれたんだ……。やば……」
「え、お? お、おう」
なにがやばいのか。
あー……えっと……あのとき、やばいほどクサいことを言ったことは覚えている。
「は、恥ずかしいから忘れてくれよ……」
「む、無理。ぁ、あんなの、忘れられるわけ、ないじゃん……」
俺がどれだけ誤魔化しても、顔に熱が集まってゆく。俺の熱が移ったのか、なんだか相馬さんの顔も赤い気がする……。
「ぶにゅにゅ」
そのとき、うに子の潰れたような声がした。
キッドとプエルにサポート魔法をかけた後、俺たちにふよふよとついてきたのだろう。
いつもこのうえなくかわいくて、最高にぷりちーでキュートなうに子が、いまは非常にいやらしい笑みを浮かべている。
「うにっ♪ うにっ♪」
「こ、こらー! 笑うなー!」
うに子は相馬さんをからかうように飛び回り、
「うーにに、うーにに♪」
「こら待てー!」
逃げるように北へと飛んでゆく。相馬さんはぷんすことうに子を追いかけて北の部屋へ飛び込んでいった。
ダンジョンの外では星々が夜空に銀の河をつくっているというのに、ここでは青空に浮かぶおせっかいな太陽が、俺の頬を著しく熱している。
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