06-48-銀河2 -気遣いの鬼-
「るうなの本心ではなかったんですよー。だから仲良くしてくれるとうれしいですー」
礼拝堂に入ってすぐ、月宮さんの声がした。
「は、はひっ……!」
「ぜ、ぜひとも……! ひえっ……」
どうやら残った4人の兵士に話しかけているらしいが、パッと見て月宮さんが彼らを追い詰めているように見える。
いや、実際には追い詰めているんじゃなくて、
『るうな、急所を外すように命令しますので、何本まで耐えられるか、楽しみですねー♪ 100本? いやいや身体の先端を狙えば200本くらいいけますよね? ……えへへ、あなたはどう思いますかー?』
あのときに見えた天使と悪魔、そして、
『どう思いますか、っつってんだよッッッッ!!!!』
般若の面影が兵士たちから消えないだけに違いない。
まあそうだよな。だって俺もちびりそうだったもん。
「あ、要くんがちょうどいいところにー。るうな、普段あんなこと言いませんよね? むしろるうな、なにも言ってませんよね?」
兵士たちを安心させようとしていることはわかるんだけど、あわよくばあの叫びをなかったことにしようとする図々しさが恐怖すぎて、兵士たちは全員後ずさる。
「いや、それはちょっと……」
「なにも言ってませんよね?」
「いやむしろ、月宮さんがああ言ってくれたからこそ……」
「なにも言ってませんよね?」
「それさすがに無理がある……」
「なにも言ってませんよね?」
「はい」
怖っ! こっっっっわ!!
無邪気な笑顔を向けたまま、これこっちが折れないといつか般若になるんじゃ、っていう怖さもそうだけど、このまま〝いいえ〟を選択し続けると、ローラ姫から「そんな、ひどい……」って繰り返されて「はい」を選択するまでラダトーム城に永久幽閉されるというホラーじみた恐怖もひどい。まじで漏らすぞ。
月宮さんは俺の恐怖などまるで目に見えない様子で「えへ☆ ですよねー♪」なんて上機嫌になって兵士たちを振り返る。
彼らは月宮さんと俺のやり取りを見て、
「ひ、ひ……」
「ひょええええ……」
陸に上がった魚のように身体を跳ねさせて尻もちをついてしまった。
完全に逆効果じゃねえか。
兵士たちには悪いが月宮さんを受け持ってもらうことにして、俺はそそくさとその場を離れて礼拝堂中央へ。
「要、やっときたじゃん」
俺の姿を見つけるなり、相馬さんが手を振ってきた。
「あんさー、ここ木箱と採取スポット残ってんじゃん。もったいないし入ろーと思ったんだけど、これあんたが指定した人間しか入れないじゃん。木箱だけでも回収して、あたしとっとと晩ごはんつくり終えたいんだけど」
相馬さんが「ここ」と指差すのはさっきマイナーコボルトを倒したゲート。
そういえばあとで相馬さんたちに開錠と採取のフォローを頼むと言っておいてそのままになっていた。
「わかった。相馬さんと、あと誰が……」
そう思って周囲を見ると、さっきまでぎゅうぎゅう詰めだったのに、おっちゃんたちの数がずいぶんと少ない気がした。
いつも真っ先に手を挙げるヘンリクとスルホの姿もない。
黒乃さんは外で夕食をつくっていて、奥さまがたは彼女の指示のもとせっせと働いており、テラスは人妻パラダイスと化していた。
相馬さんにべったりな舞原さんも、ついでに聖の姿も見えない。
「んー。……採取行きたい人ー!」
「はーーーーい!」
相馬さんの声に揃って手を挙げたのは子どもたちだ。
手伝いのはずなのに嬉々として挙手してくれるところがなんともかわいらしい。
「ん、みんなあんがと。モニカは?」
「モニカねーちゃんならだいどこでひいひい言いながら走り回ってるぜ!」
とはボウイの
そういえば今晩は雨が降りそうだったから、教会内の台所も使って料理をしているんだったな。
それにしても、モニカがひいひい言いながら働いている姿、めっちゃ想像できてしまう……。
「んー、どーすっかな」
みんなのお姉さんであるモニカが不在となると、子どもたちはどうしよう、と考え込んでいるのだろう。
相馬さんはやがて「わかった!」と頷いて、
「いまは
「うわーーーーい!」
8人の子どもたちは万歳の体勢になって、更衣室を兼ねた物置部屋へと手袋を取りに駆けてゆく。
その背を「こけんなよー!」と笑う相馬さんは、ねーちゃんというよりも、友達になってくれる保育士さんのそれだ。
「そんで、あんたはどーする? えっと……エリ……。エリ……? エリ
「エリオというのはもしかしてボクのことなのか」
「すごいだろ。エリ
相馬さんは俺たちの耳打ちに首をかしげ、
「まー、細かいことはいーじゃん。あたしにゃ領主の仕事なんてわかんないけど、最初はあたしらがどーやって生活してんのかちゃんと〝知る〟のって、無駄にはなんないじゃん?」
八重歯を見せて笑ってみせた。
彼女はギャルっぽい見た目からも、我が道を
ガレウスと兵士4人、シカネスが教会を去り、残った兵士4人は月宮さんに捕まっている。
領主になったとはいえ、エリオットからしてみると最初はなにをしていいかわからないだろうし、帰宅時はガレウスと交代するよう本人から言われている以上、屋敷に戻ることもできない。かといって自分から「なにをすればいい?」なんて訊きづらいだろう。
だからこれは相馬さんなりの、まごまごしたエリオットへの〝助け舟〟なのだ。
「い、いいのかい? ボクが参加しても」
「いーって。っつーかあんた、さっき要と一緒にダンジョン入った時点で参加者として登録されてるわけだし、入んないともったいないじゃん」
たしかにいまの俺じゃ、無理なくダンジョンに連れていける〝登録者〟は12人といったところだ。
俺、マクベス、エリオット、相馬さん、あとは8人の子どもたちでちょうどになる。
「はいこれ、採取用手袋。新品だから安心していーよ。……しっかりやんな。わかんないことあったら訊きなね」
相馬さんはエリオットに真っ白の手袋を渡し、にかっと笑って身をひるがえし、長い金髪をはためかせ、
「うーっし、行くぞお前らー」
「はーーーーい!」
「うにー!」
子どもたちとうに子を連れてゲートの中へと消えてゆく。
さすがにいまのやりとりが相馬さんによる気遣いであることはエリオットもわかっているだろう。
彼は相馬さんの言葉をありがたがるように胸に手をあて、彼女の残り香に礼をする。
そしてひとこと、
「美しい──」
そう呟いて、彼女の背を追ってゲートのなかへと消えていった。
やっぱりあいつ、ダメかもしれない。
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