01-11-零音の世界
不思議な宇宙空間。
目の前には台座があって、ペレ芋が鎮座している。
『いまの零音さまには目も耳もついておりませんので、魔力で創造した仮想の視力と聴力をお貸ししております』
──なんだよ、目も耳もついてないって。仮想の視力と聴力ってなんだよ。
どこか懐かしいような女性の声に反論しようとしたが、声にならない。
『もちろん口もありませんし喉もありませんので発声はできません。幸い、零音さまの感情がわたくしには伝わっておりますので、このまま進めさせていただきます。目の前のアイテム──ペレ芋をお取りください』
久しぶりに夢をみたと思ったら、極めて奇妙な夢だった。
……どうせなら家族に会いたかった。
『零音さま、聞こえておりますか?』
──ああ、聞こえてる。
でも、お取りくださいって言われても、どうすればいいんだ?
手がないから取れないんだけど。
手も足も出ない、ってまさにこのことだな。はははは。
『うふふふ……』
なにわろてんねん。
『……失礼しました。しかしいまここに零音さまの〝ターシャリボディ〟をつくってしまうと、酸素のないこの空間では零音さまは死んでしまいます』
いちいち意味がわからない。
ターシャリボディってなに?
『いまは説明する時間がありません。零音さま、目の前のペレ芋に〝浮け〟と念じてみてください』
浮け?
……えーと、ペレ芋、浮け。
……
…………
………………
びくともしないんだけど。
『もっと強く念じてください』
浮け!
オラ浮け!
浮かんかいコラァ!
俺の強い思いとは裏腹に、ペレ芋は台座の上に素知らぬ顔で鎮座するのみ。
『むむん……どうやら零音さまはリアリストが過ぎるようです。いいですか? 魔法の源は、信じる力です。きっとこれまでの人生が、零音さまから信じる心を奪ってしまったようですね……』
魔法。ペレ芋よ浮け! って魔法だったのか。
ついでに謎の声に憐れまれてしまって、なんだかつまらない気持ちになってしまう。
とはいえ、俺がダンジョン創造以外の魔法を使えないこともまた事実だった。
炎の矢を飛ばしたり、雲のない
俺はそれらのうち、どれも扱うことができなかった。
──でも、そういう摩訶不思議が魔法なら、採取とかステータスとかも魔法じゃないのか。ああいうのなら、俺だって見えるぞ。
『零音さまは信じたのではありません。受け入れただけ。こういう世界なのだから仕方がない。信じるほかないと、諦めただけ』
ぐうの音も出ない。
『魔法は、そうであると信じる心です。信じてイメージを膨らませ、精霊の力を借りてようやく発動するのです』
そういえば勇者パーティの魔法使いも、白銀さんも『なんとかの精霊よ、我が声に応えよ』みたいなことを言っていた気がする。
『信じてください。このペレ芋は、浮きます。零音さまの思いで』
うぅん……。そう言われても……。
浮く。
このペレ芋は浮く。
ふよふよと空中に浮いて、なんなら飛び回る。
……。
なあ、これどうやって帰るんだ?
『諦めるのが早すぎます! もっと強く想像してください! 妄想してください! きっとできますから!』
謎の声に、なんというか……必死さが加わる。
──芋が浮かないと、あんたも困るのか?
『そうですね、困ります。ようやく零音さまに会えましたのに、こんな……わたくしはまた、ずっとひとりぼっちになってしまいます』
──いや、だから誰だよ。
謎の声は、俺の〝誰?〟という質問にだけはことごとく無視で応じた。
……でも。
わたくしはまた、ずっとひとりぼっちになってしまいます……か。
……。
放っとけない、か。
『零音さま?』
浮け、ペレ芋よ、浮け。
ジャンプしろ。飛び回れ。
突風が吹いて転がれ。
なんか謎の力が加わって爆散しろペレ芋。
『どんどんストレスが溜まってあらぬ方向にいってませんか!?』
……だめ、か。
うーん……。
とりあえず〝浮く〟というよりも、ペレ芋が台座から離れることに意識を集中させたほうがいいのかも。
手を使わずにとなると、道具がいる。
たとえば、ペレ芋にロープをくくりつけて、上から引っ張るとか……いや、引っ張るにしても手がないから……
──そのとき。
『まああ!』
俺が願ったとおり、ペレ芋に謎の光でできたロープのようなものが巻きついた。
余ったロープは天に向かって伸びている。
……でも、それだけ。
結局、ペレ芋を持つ手がないのだから、ロープを引っ張る手もないことになり、事態が好転したわけではない。
せめて滑車とモーターがあれば、ロープを滑車に巻きつけ、モーターで滑車を回転させればペレ芋を持ち上げることができるのに。
俺がそう思ったとき、ロープの上部に虹色に煌めく滑車が現れた。
滑車には思った通りロープが巻きついて、きらきらと眩しい光を放っている。
なんでこんなことが起きるんだ? こんな不思議な……
『零音さま! 疑ってはいけません! 魔法が解けてしまいます!』
謎の声にたしなめられ、俺は疑問を手放した。……というより、驚きで疑問が霧散した。
ロープや滑車を見つめているうちに、それらの光は徐々に薄くなっていた。
謎の声に従ったことで、光は強さを取り戻した。
台座の上に、ペレ芋が載っている。
ペレ芋には淡白い光を放つロープが巻きついていて、ロープは上に伸びている。
ロープは1メートルほど上で七色に輝く滑車に繋がり、滑車の反対側からは1メートルほどのロープがぷらんと垂れ下がっている。
〝そしてこれらは、俺の魔法である〟。
『いい感じです零音さま! 次は……次はどうなさるのですか?』
謎の声はうきうきと弾み、わくわくと期待に満ちている。
次はモーター……!
モーターがあれば、滑車を回転させ、ペレ芋を持ち上げることができる……!
しかしどれだけモーターを思い浮かべても、現れない。
『あの……零音さま。〝もぉたぁ〟とはどのような……?』
えっと、電力エネルギーを物理エネルギーに変換してものを動かすもので……
『でんりょくえねるぎー? ぶつりえねるぎー? それは魔法とは違うのですか?』
えっと……。
この世界には電気がない。
文明は原始的で、しかし利器の役割を魔法が補っている。
電気はなくてもライトの魔法で周囲を照らせるし、ガスコンロがなくてもファイアリィの魔法で点火することができる。
光の魔石、炎の魔石といったアイテムで魔法の代用をすることもできる。
風の魔石と炎の魔石を筒と組み合わせたドライヤーだって存在する。
そんな世界だからこそ、電気エネルギーとか物理エネルギーとか、そういった学習や研究をする必要がなく、文明が止まったままなのだろう。
と、そんなことはいまはどうでもよく、ともかくロープが巻きついた滑車を回さなければならないのだ。
そしていまさら、モーターなんて必要がないことに気がついた。
ロープのもう片方に重りになるものを吊るせばいいだけなのだ。
井戸から水を汲む原理だ。
俺はロープを引っ張ることができないから、ロープや滑車と同じように重りを創造して、ペレ芋を持ち上げる……!
俺の期待通り、ロープの端に石が入ったカゴが出現した。
……でもこれ、石が多すぎるんじゃ……。
ロープは凄まじい勢いで引っ張られ、同時にペレ芋はロープに引っ張られて上昇する。
しかし滑車にひっかかり、ペレ芋は宙高く、真上に飛んでしまった。
『すごいです零音さま! ペレ芋が浮きました! つぎは……』
──え、まだなにかあるのか?
『あなたは魂だけの存在です。足はありませんが、動くことはできます。落ちてくるペレ芋を零音さまの魂で受け止めてください!』
受け止めろ、って……。
というかいまさらだけどこの空間、重力あったんだな。
『零音さま!』
──わかってる。
とはいっても、どうやって動くんだよこれ……。
前に進む、前に進む……!
俺が念じると、台座との距離が縮まった。
たぶんすこしだけど、俺は魂の状態でふよふよと前進している。
あとは真上に飛んだペレ芋を受け止めるだけ……!
視界を上に向け、野球でフライ球を取る感覚でペレ芋の真下へ。
よし、このまま……!
上から迫りくるペレ芋。グローブもないのにどうやって受け止めるんだよ、と思った瞬間、俺の視界はペレ芋に満たされた。
『素敵です、零音さま!』
痛みはなかった。
現実でいうところの顔面キャッチをしてしまったイメージなんだけど、幸いなことに痛みはなかった。
『世界を創造します。零音さま、いまから仮の視力と聴力をお返しいただきますが、驚かないでくださいね。じっとしていてください』
視力と聴力がなくなると聞いてぎょっとする。
『あ、魔法が途切れないよう意識はそのままでお願いします!』
そんな無茶な。
しかし、目には映っていなくても。
俺が見た光の残像が、生んだ魔法の
それを手放さないよう、強く意識する。
『【デウス・クレアートル】。要零音の世界を創造』
デウス・クレアートルとは、妙に強そうな、しかしアイテムダンジョンを創造するだけの、俺のユニークスキルだ。
『【デウス・クレアートル】。要零音のターシャリボディを創造。……零音さま、まだ目を開けないでくださいね』
どうして謎の声がそれを知っていて、この名を紡ぐのか。
目こそ開けないものの、俺は感覚的に自分を取り戻してゆく。
呼吸の仕方をいま思い出したように、大きく息を吸う。緑の香りがした。
風の感触を味わう。すこし肌寒いが、心地いい。
『お待たせしました。瞼を開いても大丈夫ですよ』
目の開けかたもずいぶんと長い間忘れていた気がする。
目の前に広がる景色は、青空だった。
青空と雲があって、足元には4メートル四方ほどの狭い大地があり、背丈の短い緑の草が茂っている。
「ここは……?」
自分の口から声が漏れた。
はっとして自分の身体に目をやる。
「あ……ちゃんとある」
一五年間見慣れた自分の手、足。
残念なのは自分の顔を確認できないことと、身につけている服がコモンシャツ、コモンパンツ、コモンブーツという異世界といっさい変わらない茶色の姿ということだった。
『ここは〝世界の狭間〟……だった場所です』
世界の狭間……?
『なにものでもない場所です。零音さまが目覚めれば消え去る──そんな場所でした』
場所
『はい。零音さまが目覚めたことで、ここは零音さまの世界になりました』
俺の、世界。
視界を埋め尽くすほどの大空。
4メートル四方ほどしかない、芝のような地面。
中央には先ほどと変わらず台座があり、やはりペレ芋が載っている。
緑のフチから恐るおそる下を覗くと、そこにも空と雲が広がっている。
「ひょえ……。俺、高いところあんまり得意じゃないんだけど」
『怖い思いをさせてしまい、申しわけありません』
「で、これでいいのか? いい加減、元の場所に帰りたいんだけど」
俺が言う元の世界とは教会のことだったが、本心は家族のいる世界のことだった。
『…………もうすこしだけおつきあいくださいませ。中央のペレ芋をこんどこそ手にとっていただけますか?』
女性の声には、さまざまな感情が込められているような気がした。
教会に帰るには、まだ自分につきあってもらう必要がある申しわけなさ。
俺の
……ともかくいま、俺には彼女に従う以外の選択肢はない。
言われたとおり、ペレ芋を手に取る。
瞬間、台座がゴゴゴ……と音を立てて沈んでゆく。
その代わり、俺が立つ芝の隣に同サイズの大地がせり上がってきて、いまいる芝と同じ高さで止まり、ドッキングして長方形のひとつの島となった。
ちょうど面積が倍になったようなものだ。
新しく増えた地面は中央が耕されており、畑になっていた。
畑のさらに中央は淡く光っている。
採取ポイントの白とは違う、青い光だった。
『零音さま、畑にペレ芋を植えてください』
そう言われても、スコップなんてない。この世界にはなにもない。
手で畑を掘って芋を植えればいいのか?
なんて思いながらペレ芋を持ったまま畑の上で屈むと──
「あ」
ペレ芋は、青い光に吸い込まれて消えた。
それに反応したのか、畑全体が淡い青色を放ちはじめた。
『零音さま、ありがとうございました。これでこの世界に〝想い〟がうまれました』
想い。
『想いは〝いのち〟の使いかたです。いのちがあっても想いがなければ、互いに争い、奪いあい、潰しあうだけです。〝ペレ芋の意思〟が想いとなり、この世界を豊かにしてくれることでしょう』
「……ごめん、全然意味がわからない」
『やがて、零音さまにもわかります。…………そろそろ、お時間のようです』
世界が淡く消えてゆく。
空も、地面も、畑も──俺の身体も。
「なんだよそれ。手伝うだけ手伝わせておいて、俺の質問タイムはなしかよ」
訊きたいことがたくさんある。
零音の世界ってなんなのか。
俺が手伝うことで、あんたになんの得があったのか。
そもそもあんたは誰なのか。
……そして、あんたは俺の家族がいる世界と異世界、この零音の世界のことを知っているような気がするけど、いったいどうなっているのか。
俺はもう、家族に会えないのか。
『それについてはおいおいと。……零音さまは、ペレ芋の意思を獲得し、零音さまの世界に設置したことで、力を得ました』
力?
『そちらの世界には、ゆうに千を超える数のアイテムが存在します。それらの〝意思〟を零音さまの世界に設置することで、零音さまはさらなる力を得るでしょう』
力って、どんな力なんだ?
『なるべく早く〝木材の意思〟と〝水の意思〟を手に入れてください。この世界にもっとも必要なものですから』
やっぱり無視かよ。
『わたくしの声にお応えくださいまして、本当にありがとうございました。乾いた砂漠に潤いを、凍える大地に温もりを、虚無の世界に意味を得た心地です』
あんたは俺の声に応えてくれてないんだけどな。
『零音さま、またお逢いできるときを心待ちにしております』
「おいちょっと待て、すこしくらい説明を」
『それではまた、次の夢で……』
どれだけ身勝手でわがままな声なのか。
俺の意識はそこで途切れた。
……というより、意識はそのまま、浮遊感を覚え、気づけばガラス製の高い天井を見つめていた。
降り注ぐ陽光に目を細める。
俺はいつのまにか眠ってしまっていたらしい。
いまの不思議な体験は夢としか思えないけど、それにしてはやけに具体的だった。
『次の夢で……』
いったい、なんなんだ。
半身を起こし、がしがしと頭をかいたとき、視界の左下にメッセージウィンドウが出ていることに気がついた。
《〘ペレ芋LV1〙を獲得》
なんだよペレ芋LV1って。
芋のスキルってなんだよ。
あの夢の通りなら、あの声は〝力〟だと言っていた。
この〘ペレ芋LV1〙という不思議な括弧で挟まれた不思議な名前は、俺の力らしい。
ならば、ステータスモノリスを確認すれば、なにかわかるだろうか。
そう思い、ベッドを抜けて部屋を出た──
「きゃっ」
「わっ」
──ところに黒乃さんが立っていて、ずいぶんと驚いた様子で口元と胸に手を当てていた。
「どうしたの?」
「あ、いえ、そ、そのっ……ま、マリアちゃんがそろそろ帰ってきますので、お呼びしようかとっ」
「もうそんな時間なんだ。それにしても、普通にノックしてくれてよかったのに」
もしかすると、俺は怖がられているのかもしれない。
「いえっ、その、男性のかたのお部屋をノックするには、その、ゆ、勇気がいりましてっ……!」
モンスター相手にあれだけの勇気を奮った黒乃さんの言葉とは思えなかった。
ずいぶんと内気というか……前向きに言うと古風というか。
「ありがとう。用事が済んだらすぐに行くよ」
「は、はいっ。お部屋の場所は……」
白銀さんの部屋がどこにあるかを伝えると、黒乃さんはどべべべべー! と走り去ってしまった。
とりあえず白銀さんの部屋に行く前に、ステータスモノリスを確認だな。
〝力〟。
俺になくて、なにもできなくて、ずっとほしかったもの。
それがどんなものなのか、この世界では極めて珍しい〝期待〟というものを胸に抱きながら、階下へと続く螺旋階段を駆け下りた。
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