01-10-世界の狭間とペレ芋の意思


 アイテムコンプリートボーナスを獲得し、魔法陣から教会に帰還した。


 転移した元の部屋には台座の代わりに、上半分だけ丸みを帯びたゲートが存在している。頂点部分には台座に設置したはずのペレ芋が飾られていた。


 ゲートのなかには不思議な色合いをした宇宙空間のようなものが広がっている。

 そのなかからにゅうっとひとりずつ現れ、こちらへと歩み寄る。

 全員がゲートからこちらへやってきたことを確認し、手をかざしてゲートをかき消した。


 あとには元通り、台座とペレ芋が残った。


「……と、まあ、これがアイテムダンジョンだ」


 黒乃さんは当初の目的が〝アイテムダンジョンがどんなものかを知る〟ことだったのを忘れていたようで、はっと口を開けたあと、


「不思議でした、とても……」


 理解したけど理解できなかったと相反した感情が交ざりあったような顔をした。


 まあそうだよな。

 不思議なことだらけの異世界とはいえ、アイテムのなかに入ることができて、モンスターがいて、採取ができて、コンプリートボーナスとか言われても、意味不明だよな。


 モンスターを倒したのもはじめての俺は、もちろんコンプリートボーナスもはじめてだ。

 たしか、ペレ芋の品質が向上して、ペレ芋ダンジョンに入る際に消費するMPが減って、ペレ芋の意思を獲得したんだったか……。


 『ペレ芋の意思』ってなんだ?

 獲得とか言われても、ダンジョン内には落ちていなかったし、全員の革袋を調べてもそれらしきものはなかった。

 そもそも〝意思〟ってのが物じゃないんだから、当たり前と言われたら当たり前なんだけど。


 ……でも。


 なんとなく、俺の胸のうちに〝そういったもの〟がある気がした。



 コンコンとノックの音がした。

 鍵を開ける音が続き、ギィィと扉が開く。



 ミシェーラさんは俺たちの姿を認めると、にこりと微笑んで、丁寧に頭を下げてくる。


「みなさま、おかえりなさいませ。来客中でしたので、失礼いたしました」

「やめてよ。安全な場所でダンジョンに入ることができるのは、ミシェーラさんのおかげなんだから」


 アイテムダンジョンはどこでも創造することができるが、さっき見た通り、その場にはゲートができる。

 公共の場所でアイテムダンジョンをつくってしまうと、外からゲートを見た人が驚いてしまうかもしれない。

 だからいつも、鍵がかかるこの部屋でダンジョンをつくっている、ってわけだ。


「お見事でしたわ。ダンジョンクリア、おめでとうございます」

「うん。とはいえ、俺はなにもしてないけどね。モンスターを倒したのは黒乃さんと白銀さんがいてくれたからだし、箱を開けてくれたのはアントンだし」

「しかし、レオンさまがいらっしゃらなければ、ダンジョンに入ることすらできませんわ」

「ガハハハハ! レオンどのは暗くていけねえなあ!」


 遠慮から卑屈へと堕ちてゆこうとする俺の感情を、ミシェーラさんの微笑みが繋ぎ止めてくれた。

 アントンの笑い声が、俺の周囲にある闇を吹き飛ばしてゆく。


「あの……どうしてミシェーラさんがご存じなのでしょうか?」


 黒乃さんが首をかしげるのは、ダンジョン外にいて、ダンジョンクリアのことを知らないはずのミシェーラさんが、どうしてそのことを知っているのか、ということだろう。


「レオンさまがダンジョン内にいらっしゃるあいだは、ゲートのなかにはダンジョンの景色が映し出され、外からも見えるようになっているのですわ」


 ようするに、ミシェーラさんからすると、ゲート自体が巨大なモニターになり、ダンジョン内の様子をライヴ中継しているようなものだろう。

 ……俺からは見ることができないけど。


 そこでミシェーラさんはふっと視線を落とす。


「先ほどお部屋を確認して参りましたが、マリアリアさまはしっかり拠点の登録がお済みでした。あと一時間ほどでご快復されると思いますわ」

「そうですか……ありがとうございます」


 黒乃さんがほっと息をついた。

 あの場でそのままむくろにならず緑の光に包まれたということは、白銀さんにはちゃんと拠点があり、魂がそこへ向かっていったという証左なんだけど、やはり不安だったのだろう。


 また、ミシェーラさんが視線を落としてくれたことでも、黒乃さんは安心しているように見えた。


 ここオラトリオの人々と異世界勇者の違いは大まかにわけてふたつある。


 ひとつめは、異世界勇者はユニークスキルと呼ばれる個人特有の特殊能力を持っていること。

 黒乃さんと白銀さんのユニークスキルを俺はまだ知らないが、俺のアイテムダンジョンを創造する【デウス・クレアートル】が俺に与えられたスキルだ。

 異世界勇者は主にこのユニークスキルを利用して、モンスターに立ち向かってゆく。


 ふたつめは、拠点さえあれば、異世界勇者は死んでも復活できること。

 オラトリオの人々がアイテムダンジョン外でモンスターに倒されると、そのまま骸となる。

 だから異世界勇者は不死の兵隊としてモンスターに立ち向かえる……という話なんだが。

 街の人たちのなかには勇者パーティに対し「どれだけやられても死なないんだから頑張れ、頼むよ」という感情を持っている人々が数多く存在する。

 死んでも死んでも何度だって立ち上がれるのは、その痛みを知らないからだ。

 俺だってゲームをしているときは何回やられても再挑戦し、モンスターに立ち向かい、向こう岸へのジャンプに失敗して奈落へと落下していった。


 とまあ、俺たちは「死んでも死なないんだからいいでしょ」と気楽に考えられているが、当の本人たちはそうではない。

 死ぬほどの痛みはどうしても避けたいし、仲間が死ぬほど苦しい思いをして消えていくこともいやなのだ。


 だから、ミシェーラさんの白銀さんへの気遣いは、黒乃さんに大きな安心を与えてくれたことだろう。


 俺も、ミシェーラさんの優しさに、何度も救われた。


「手に入れたアイテムの分配は白銀さんが目を覚ましてからでいいよね。あと一時間、悪いけど休憩させてもらうよ」


 言いながら部屋の奥にあるステータスモノリスに手をかざす。



──────────

要零音

LV1/5 ☆転生数0

EXP1/7

▼─────

HP10/10

SP 3/10

MP 6/10

▼─────ユニークスキル

【デウス・クレアートル】 LV1

アイテムダンジョンを創造することができる

──────────


 三回採取をしただけでこのSPの減り。

 今回のダンジョン創造には5のMPを消費して、時間経過で1回復して6のMPが残っている。


 おっちゃんたちはまだまだ採取がしたいだろうし、SPはともかく、またアイテムダンジョンに潜れるよう、ゆっくり休んでMPを全快させておかないとな……。


「ワシらは教会の掃除をするぞ! なあ皆の衆!」

「おうっ!」

「まあまあ、いつもありがとうございます」


 アントンたちはそれぞれ掃除用具を持って、どべべべべー! と部屋を出ていった。あいつらも採取をしたはずなのに、なんであんなに元気なんだよ……。


「ヒミコさま」

「は、はいっ」


 自分はどうすれば、とあわあわしていた黒乃さんにミシェーラさんが声をかける。


「わたくしの部屋へお招きしたいのですが……お手間をとらせてしまいますが、よろしいでしょうか?」

「だ、大丈夫ですっ」


 黒乃さんは困惑した様子だったが、ミシェーラさんに手を引かれてともに部屋を出ていった。



 俺も台座の部屋を抜け、螺旋階段を上がり二階へ。上がりきったところで左右に分かれた廊下を右折する。

 二階には一〇を超える扉があり、ミシェーラさんは一階に自室を持っているため、今日まで俺の部屋以外は空き室か物置になっていた。

 木製の床を踏みしめながら奥へ。

 石でできた壁にはいくつかのランタンが設置されているが、いまはまだ午前中だから火が灯っていない。

 光源はガラスになっている高い天井からの陽光だった。


「ただいま」


 だれかが待っているわけでもないのに、自室に入るなり勝手に声が出た。


 五畳ほどの四角い部屋。

 簡素なベッドと古ぼけた机、背もたれのない木製の腰掛けがあるだけの殺風景な、俺の部屋だ。

 ベッドは起き抜けでそのままにしてあったのに、いますぐにでも気持ちよく寝られるよう、ベッドクリーニングがされていた。

 高い天井は廊下と同じようにガラスになっていて、眩しいほどの陽射しが真っ白な布団を照らしている。


 革袋を置き、ベッドに腰掛ける。


「……」


『ちょ、ちょっと母さん、俺が学校に行ってるあいだ、勝手に部屋に入ったでしょ』

『入ったわよー。お掃除しておかないとー』

『そういうのやめてくれよ。自分でやるから!』


 俺がどれだけ言っても、母さんは部屋に入り、布団だけは畳んでおいてくれたっけ……。

 結局、掃除は自分でやるって言いながら、最低限の片付けくらいしかしなかったな……。


 あれだけ鬱陶うっとうしいと感じていた母の行動。

 いなくなってはじめて、あれが〝愛〟だったことを知った。


 仕事に厳格らしいが、家族には優しかった父。

 つまらない冗談を言って、俺たちが白けた顔をするとすぐにふてくされる子どもらしいところもあったっけ。

 あのときは、あれだけ面倒くさいと思っていたのに。


 学校では内気でおどおどしているくせに家では内弁慶な妹の愛音あいね

 中学のとき『学校では話しかけて来ないで』なんて言っておいて、下校中に偶然会うと『一緒に帰ろー♪』なんてくっついてきたんだよな……。

 そういや幼いころ、ドラマかアニメの影響で、兄妹なのに将来結婚しよう、みたいな話をしたこともあったな。


「…………」


 茶色の靴を脱いで仰向けに倒れ込み、目を閉じる。

 脳裏に浮かぶのは、家族との思い出ばかりだった。

 友人もいたのに、思い返すのは、家族とのなんてことない日常ばかりだった。


 どういうわけか、異世界では夢をみない。

 すくなくとも俺はみたことがない。


 せめて夢でも、もう一度家族に会いたい。


 そんな女々しい渇求を枕にし、俺は意識を手放した。



─────



『れおんさん……かなめ、れおんさん……』


 どこか懐かしいような女性の声がした。


零音れおんさま……』


 ──誰?


『あっ……お気づきになられましたか。よかった……』


 よかったって……ここはどこだ。

 夢?

 俺、こっちにきてからみたことがないんだけど……


『ここは世界の狭間はざまです。わたくしは夢の力を利用して、あなたの魂に直接語りかけています……』


 世界の狭間?

 夢の力?

 魂に直接?


 全然意味がわからない。

 目を開けようとしても、瞼は一向に開かない。


『あっ、そうですね。視力がないと不便ですよね。……えーい!』


 視界がぼんやりと、やがてはっきりとしてくる。



 俺はたぶん、上も下も右も左もない宇宙のような空間に浮いている。 



 目の前には教会一階の部屋にあった台座のようなものがあり、そのうえには丸いペレ芋が載っていて、たぶん、俺が手に取るのを待ち侘びていた。



 ──これは?



『〝ペレ芋の意思〟です』



 その名前を聞いて、すぐに思い当たった。



 これは、ついさっき攻略したペレ芋ダンジョンのコンプリートボーナスのひとつなのだと。

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