01-08-木箱と一双の手袋、あと、すごい


 警戒しながら北の部屋に入る。

 幸い、もうモンスターはおらず、畑のど真ん中に食い散らかしたペレ芋がそのままに打ち捨てられていた。


「おーい。モンスターはもういない。こっちに採取ポイントが二ヶ所残ってるぞー」


 南に向かって慣れない大声をあげると、おっちゃんたちの「おう!」というじつに男臭い声がいくつも返ってきた。


「じゃあ開錠だな」

「ぅ……あの……じつは私……」


 黒乃さんの弱々しい声を背に、木箱に触れる。



──────────

《開錠》

マイナーコボルト

罠:不明

─────

開錠可能者:2名

要零音→41%

黒乃灯美子→1%

──────────



 木箱の正面にウィンドウが表示され、肩を落とした。


「ごめんなさい、私、開錠が苦手みたいで……」 

「いや、謝らなくていい。……はぁ、はじめて開錠前の箱に触れたけど、こっちも適性なしか……」


 ずっと荷物持ちだった俺は指示を受けて箱に触れることはあったけど、あくまで開錠要員による凄腕開錠が終わってから。

 戦闘ではポンコツでもじつはこっちは得意なんじゃないか、なんてうっすらと期待していたが、そんなみみっちい希望も打ち砕かれた。


「どうするかな……41%じゃ怖いよな。諦めるか……」


 勇者パーティは開錠成功率が100%じゃない場合、魔法で開錠成功率を上昇させる。

 それでも100%に届かない場合、魔法でどんな罠がかかっているか調べ、致命傷を負う可能性があるような危険な罠ならば諦め、比較的安全な罠ならば80%以上なら開ける、それ以下なら諦める、みたいなルールが決められていた。


 致命傷を負う罠というのは、落雷や爆発だ。

 開錠に失敗して一瞬で灰になった先輩や、爆発して身体の前半分が吹き飛んだクラスメイトを何人も見てきた。

 それ以来、彼らは開錠成功率が99%でも絶対に開錠しようとしない。吉田先輩が「レアアイテムが入っている可能性があるから」と粘っても、金輪際開けない。

 そりゃそうだ。復活できるとはいえ、死に至る痛みや恐怖は簡単に忘れられるものじゃない。


 俺はこの木箱にかかっている罠を調べる魔法や開錠率を上昇させる魔法を知らない。黒乃さんの様子を見るに、彼女も同じだろう。


「私がこんなことを言うのもはばかられるのですが……。念のため、みなさんにも開錠成功率を確認してもらってはどうでしょうか?」

「とはいえ、開錠可能者は黒乃さんと俺しか……。あ」


 基本的に木箱というのは、モンスターと戦ったパーティしか開けることができない。

 今回の場合は白銀さん、黒乃さん、俺になるんだが、白銀さんがいないから俺たちふたりだけ。ウィンドウにも俺たちの名前しか表示されていない。


 しかしどういうわけか、木箱は時間が経てば誰でも開けられるようになる。

 勇者パーティでダンジョンアタックをしているとき、奥のほうに開錠されていない木箱が転がっていてラッキー、みたいなこともままあった。

 

「どれくらいの時間が必要なんだろうな。……とりあえず俺たちも採取しながら待つか」


 北側の部屋に戻り、白い光──採取ポイントの手前で膝を曲げる。

 採取用手袋を装着し、白い光にタッチしようとしたところで、近くにあるもうひとつの採取ポイントの前に膝をつく黒乃さんの姿が視界の端に映った。


 黒乃さんは俺が真正面になるように自身の身体を調整し、じいっと俺の手元を見つめてくる。

 どうやら採取のやりかたを見て理解しようとしているようだった。


「……黒乃さん」

「は、はいっ」

「手袋、ないのか?」


 黒乃さんは素手のまま白い光と向き合っている。

 そのこと自体が、黒乃さんは採取をしたことがないと雄弁に語りかけてくる。


「だ、大丈夫です。あとで洗いますから」


 黒乃さんは、俺が手の汚れや荒れを気にしてそう言ったように感じたようだが、俺が言いたいのはそういうことではなかった。


「採取用手袋がないと、採取はできないぞ」

「えっ」


 黒乃さんは半信半疑な様子で白い光に手を伸ばす。


「ぁぅ……」


 そしてすぐ残念そうに視線を落とした。


 黒乃さんの視界──その左下には、このようなメッセージウィンドウが表示されていることだろう。


《採取には採取用手袋が必要です》


 ……と。


 いや俺だって最初は疑問に感じた。

 白い光をタッチするのに、どうして手袋が必要なんだとか、そもそも芋ならそのまま掘ればいいじゃん、とか。


 不思議なことに、ペレ芋が採取できる白い光──採取ポイントの下にある土を掘っても、そこにペレ芋はない。


 あくまで〝採取〟というモグラ叩きのようなミニゲームじみた作業をしないと、すくなくともこのアイテムダンジョンにおいてペレ芋を採取することはできない。


 それは、採取ポイントから採取できるものが〝魔力物質〟であるかそうでないか、ということらしいんだが……いまは割愛する。


 ともかく、採取用手袋を持たない黒乃さんは、採取をすることができない。


「ぅ……ごめんなさい……」


 彼女は眼鏡越しの黒い瞳を寒々しく揺らした。


『居場所が、ほしかったんです』


 そう目を伏せた黒乃さんは、いま不安で仕方ないだろう。

 さっきは黒乃さんの言葉をさえぎったが、居場所を得るというのは結局、自分の仕事を見つけることなのだ。

 そして、自分にはこういう役割があるから、メリットがあるからと居てもいい理由を知ってもらわなければならない。


 黒乃さんははじめてなんだから仕方がないことだと思う。

 しかし俺がそう言ったとしても、彼女はさらに気落ちするだけだろう。



 ……放っとけない、か。



「ほら、これ」

「えっ」


 目を丸くする黒乃さんの視線の先には、俺が革袋から取り出した──


「採取用手袋。これ、使ってくれ。新品だから、安心していい」


 真っ白な手袋が、受け取る相手を待ちわびてゆっくりと揺れていた。


「いえ、そんな……頂ける理由がありません。それに私、その……持ち合わせがあまり……」


 遠慮するだろうな、とは思っていた。

 だから俺は手袋を突き出したまま、準備した言葉を重ねる。


「いいよ、持っていって。住む場所はミシェーラさんに用意してもらっても、食べものはなかなかそうもいかないから。……このままじゃ、黒乃さんも白銀さんも餓え死にしちゃうぞ」


 これは俺の本心でありながら、そのすべてではなかった。


 現実では親が温かい食事を用意してくれていたが、こちらでは食料の調達を自分でする──そんなの、当然のことだ。

 もっとも俺は寝床を世話になっているから、いつもミシェーラさんの食料も採取して帰っているわけだが。

 だから、採取をしないと死んじゃうぞ、と。


 同時に、俺のつまらない脳が、


 ──この、偽善者め。


 そう、俺をさいなむのだ。


 いままで同じパーティにいて、俺が殴られているときも蹴られているときも、唾を吐きかけられたときも、救いの手を差し伸べてくれなかったような相手に、なにをしているんだと。


 「いいよ、持っていって」なんて笑顔をつくっておきながら「この手袋は20カッパーもしたんだぞ」とつまらない金の計算をしているくせに、と俺のなかにある悪魔のような感情が、じくじくと俺を責めるのだ。


 ……いつから俺は、こんなつまらないやつになってしまったのだろうか。


 家族といるときは、こうじゃなかった。

 たぶん、この世界に来てから。


 役立たずなのだから当然とはいえ、奴隷や虫螻むしけらのような扱いをされ続けたこの三ヶ月が、俺をこんなにも卑屈にしてしまったのだろうと思う。


「いいから。……ほら」


 そんな感情を押し殺し、己のうちに閉じ込めて、黒乃さんに手袋を無理やり押しつけた。


「あ……ありがとうございます。このご恩は必ずお返しします」

「いいよ、気にしないで。困ったときはお互いさまだから」


 自ら生み出した小さな棘が、ちくりと己の胸を刺す。

 歯の浮くようなセリフ。

 ろくでもない自分がすこしでもマトモに見えるように装着した仮面。


「あの……すみません。私、採取をするのがはじめてで……要さん、教えていただけないでしょうか」


 仮面が功を奏したのか、黒乃さんが素直に頭を下げてくる。


「いいよ。一回やるから見ていて」


 ……仮面の内側はきっと、血まみれに違いない。



────



──────────

《採取結果》

─────

131回(補正なし)

131ポイント

──

判定→E

ペレ芋を獲得

──────────


「はぁっ……はぁっ……! こんな感じで、五分間でタッチできた回数で、報酬が……はぁっ、おえっ……」

「か、要さん、大丈夫ですか?」


 なにもないところにポンッと現れたペレ芋。

 黒乃さんが心配そうに顔を覗き込んできて、それが恥ずかしかったから、肩で息をしながらいそいそとペレ芋を革袋に仕舞った。


「習うより慣れろ、ってやつだから、黒乃さんも一度やってみると、いい。はぁ、はぁ……」


 たった五分間の作業でこれだけ疲れるのは、誰かに見られているから一生懸命励んでしまったこともあるが、たぶん、採取という行動によるSP──パラメータの減少によるところが大きいように感じる。

 採取という摩訶不思議な行動で、SPという摩訶不思議な数値が減る。

 LV1の俺もレベルが上がればSPの上限も上昇し、すこしは楽になるとは思うんだが、勇者パーティにおいて経験値の振り分けから除外されていた俺にはよくわからない。


「が、頑張りますっ……!」


 黒乃さんは新品の手袋を装備して俺のように跪き、白い光に手を伸ばした。


「……! っ……!」


 最初は白い光に翻弄されていた黒乃さんだったが、二分ほど経過すると白い光についていけるようになり、タッチするスピードもすこしずつ速くなってゆく。


 ……わりと上手いな。

 この調子でいけば成功しそうだ、なんて思っていると──


「はっ……! はぁっ……!」


 ……すごい。


 なにがすごいって、黒乃さんが左右に手を伸ばすと同時、ばるんばるんと盛大に揺れるおっぱいがやばい。

 それに気づいたとき、コモンシャツの首元から覗く深い谷間が目に入り、俺は慌てて視線をそらした。


「はっ、はっ……! んっ……!」


 それでも扇情的な掛け声は防ぐことができず、この場を立ち去って黒乃さんの意識を乱すこともできない俺は、悶々とした感情を抱えたまま、顔を背けることしかできなかった。

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