01-07-偽善と居場所


 コボルトの胴体から緑の光が溢れる。

 光が青空に消えたとき、仰向けだったコボルトの代わりに木箱が残された。


 この中身がいわゆるモンスター撃破時の報酬──ドロップ品なわけだが、いまは箱を開ける余裕なんてなかった。

 同じく、はじめてモンスターの命を奪ったことに対する手足の震えでへたりこむことも許されなかった。


「黒乃さん、大丈夫か」

「ぅ……は、はい、私よりマリアちゃんを……っ」


 ふらつく足で黒乃さんに駆け寄る。

 すこし迷って手を差し伸べるが、黒乃さんの手は俺を掴まず、南方を指さした。


 黒乃さん。白銀さんは──


 その言葉を呑み込んで、南の部屋へと足を向ける。

 黒乃さんは白銀さんがいた方を向いていた。

 白銀さんがどうなってしまったのか知っていてなお、俺にそう告げたのだと気づいた。


「レオンどの……」


 アントンが首を横に振る。

 彼の腕に抱かれていたはずの彼女は、もういなかった。


 俺も首を横に振って黒乃さんに応える。

 白銀さんが緑の光に連れ去られたことを理解していただろうに、彼女はがくりと肩を落とした。


 おっちゃんたちは微妙な表情を浮かべている。


 アイテムダンジョンではじめてモンスターを撃破した喜びと、しかし白銀さんという犠牲者が出てしまい、手放しで喜べない二律背反にりつはいはんに苛まれている様子だった。


「申しわけ、ありませんでした」


 黒乃さんが片手で胸を押さえながらよろよろと近づいてきた。


「私たち、要さんの指示を無視して……」


 たしかに俺は退却の指示を出し、ふたりはそれに従わず、モンスターへの応戦を開始した。


 とはいえ、このアイテムダンジョンには、口頭での説明を面倒くさがった俺が、なかば無理やり連れてきたようなものだ。

 急に従えってのが無理な話だし、俺は勇者パーティの〝リーダーの指示は絶対〟って軍律じみたルールも苦手だったし、なにより俺は自分のことをリーダーだなんて思っちゃいなかった。


「いや、白銀さんには悪いけど結果オーライだろ」


 自分で言いながら、胸が締めつけられる思いだった。


 異世界勇者は拠点があれば死んでも二時間後に復活する。

 しかし、死に至る痛みは筆舌に尽くしがたい。

 コボルトの槍が口内に入り、後ろ首を突き破ったときの灼熱と恐怖を俺はいまだに覚えている。

 肉体は復活しても、煮えたぎるような灼熱と、それなのに身体が凍えてゆく恐怖を忘れられない。


 白銀さんは小さな身体を地面に何度も打ちつけ、きっと身体の骨を折り、死んでいった。

 その痛みと恐怖を思えば、こんなことを軽々しく言えるわけがない。


 ……それでも。


「白銀さんを心配していますぐ戻っても、結局二時間は復活しないんだ。木箱を開けて、残ったポイントで芋を採取してから帰ろう。モンスターに怯えず採取できるなんて、なかなかできることじゃない」

「わ、わかった……!」

「皆の衆! 勇者さまがもたらしてくれた平穏じゃ! ありがたく採取するぞい!」


 こう言わなければ、おっちゃんたちに笑顔は戻らない。


「黒乃さんは戻ってミシェーラさんに手当てしてもらうといい。転移陣に乗ってくれ。俺が転送させるから──」

「い、いえっ、大丈夫、です」


 黒乃さんは胸から手を離す。

 どんな傷を負ったのか心配だったが、負傷箇所が負傷箇所だけにじっくりと確認することもできず、俺は視線をそらすことしかできない。


「じゃあ俺たちは木箱を開けるか。念のため、向こうの部屋にコボルトが残ってないか確認もしておかないと」

「はいっ」


 北の部屋に向かう俺に、黒乃さんはついてきてくれた。



「どうして戦おうと思ったんだ?」


 首だけで振り返って問うと、黒乃さんは気まずそうに目を伏せる。


「怒ってるわけじゃないんだ。失礼な言いかただけど、戦う覚悟はあるのに、戦いに慣れてない感じだったから……まあ、ろくに戦ったことのない俺が言うのもあれなんだけど」


 とくに白銀さんは──


『わたしたちの、ういじん・・・・


 ──そう言って杖を握り、死んだ。

 戦うのがはじめてなら、未知の相手に対する恐怖があるはずだ。


 ……俺がそうだったように。

 瀕死のモンスターにトドメをさすことにすら勇気が必要だった、俺がそうだったように。


 黒乃さんは言葉を選んでいるのか、視線を彷徨わせる。

 彼女が応えやすくなるように、こちらから口を開く。


勇者・・、だからか?」

「……いえ、それもありますが……あれは自分の勇気を奮い立たせるための言葉でした」


 どうやら違うらしい。

 黒乃さんは胸元でぎゅっと拳を握り、俺に視線をぶつける。


「私も、きっとマリアちゃんも……居場所が、ほしかったんです」


 〝どうして戦おうと思ったのか〟という質問に対する答えとしてはずいぶん遠回りで漠然としたものだと思ったが、


「そっか……腑に落ちた」


 俺が黒乃さんたちの戦おうとした理由を理解するには、それだけでじゅうぶんだった。

 ふたりは今日、ミシェーラさんから教会という〝居場所〟を与えられたが、居場所というのは、それだけではだめなんだ。



『やっぱカメレオン・・・・・はダメだなぁ! だっはっはっは!』

『あははははは!』



 ……俺も、そうだったから。


 生きるということは、死なないことではない。

 きっと、自分の役割を見つけることだ。


 さっき黒乃さんは、俺がアイテムダンジョンに来る理由を〝みなさんのため〟と言い、俺は偽善だと返した。


 たしかにアイテムダンジョンならおっちゃんたちは死なず、少ないリスクで採取ができ、喜んでくれる。

 ミシェーラさんだって喜んでくれる。


 俺はそれで、俺はここにいてもいいよ、って。

 自分が生きていてもいいよ、って気になっている。


 おっちゃんたちのためじゃない。

 ミシェーラさんのためじゃない。



 結局、俺がここにいていいという理由づけ。

 結局、誰のためでもない、俺のため。



 それが、俺がアイテムダンジョンを使う理由。



 …………ほら。偽善だろ?

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