01-05-芋掘り生活と滅びを運ぶ風
「ここがアイテムダンジョン。さっき台座に載せたアイテム──ペレ芋の世界だ」
バスケットコートほどの広さを持つ緑の部屋。
木々の揺らめきも、大地を照らす陽光も、頬を撫でる風も、つくりものとは思えない。
おっちゃんたちは畑に三つ点在する白い煌めきの手前に膝をついて、手袋を装着し、一生懸命に腕を動かしている。
「あれはなにをしているの」
「採取だよ。……知らないのか?」
まあ勇者パーティは採取なんてしないから当然と言えば当然か。
異世界は剣と魔法の世界。
現実世界ではありえなかったことが次々と起こる。
様々なモンスターが現れる。
ステータスモノリスで自分の魔力量がわかる。
そもそも魔力がある。
杖から魔法陣が現れて、火や氷のつぶてが飛び出す。
──そしてこの採取も、異世界の摩訶不思議、そのひとつだった。
リーダー格のおっちゃん──アントンは膝をつき屈み込んで白い光に手を触れる。
アントンの左手のなかで光は消え、右手のそばに新しい光が現れて、おっちゃんはまたそれに手を伸ばす。
5分間それを繰り返すと、アントンの前に半透明のウィンドウが現れた。
─────
《採取結果》
─────
104回(補正なし)
↓
104ポイント
──
判定→E
ペレ芋を獲得
─────
「よっしゃ……! はぁ、はぁ……!」
小さな声でガッツポーズをするアントンの目の前に、どうみてもジャガイモ──この世界ではペレ芋と呼ばれる──がひとつ、ぽんっ、と現れた。
アントンがペレ芋を革袋に入れて、すこしずれた場所でどかっと尻をつき休憩の体勢に入ると、アントンが採取をしていた場所に別のおっちゃんが膝をつき、あらたに採取を始めた。
「えっ、あのペレ芋は……?」
「採取アイテムだよ。ペレ芋ダンジョンではその名の通り、ペレ芋が採れるんだ」
嬉々として採取に励むおっちゃんたちの目の前に、ペレ芋がぽんぽんと現れる。
「ひとつのペレ芋からいくつものペレ芋。ふしぎ」
白銀さんが首をこてんと傾げて呟いた。
芋は畑に植えれば増えるが、彼女が言うのはそういったことではないだろう。
まあ、俺も不思議だと思う。
でも、この世界じゃ不思議なことなんてありふれている。
魔法。
個人の魔力量を測定するモノリス。
現れては消えてゆく半透明のウィンドウ。
白い光をタッチしつづけると現れる食べもの。
俺のアイテムダンジョンも、そのひとつにすぎない。
「まあそういうことだ。寝床はミシェーラさんの世話になってるし、食材は無限に採れるから、パーティから追放されても飢え死にの心配はない。……答えになったか?」
追放されたとき、俺に悲観した様子がなかったのはどうして、というふたりの問いへの答え。
ふたりはまだ戸惑った様子だったが、やがてこくりと頷いた。
「あの、要さん。先ほどからずっと気にしていらっしゃいますが、あちらにはなにがあるのでしょうか」
彼女は俺がずっとちらちらと視線を投げているのが気になっているようだった。
黒乃さんが指さしたのは、ぐるりと囲む木々のなかで、一ヶ所だけ拓けた、通路のようになっている場所だ。
「あの通路は大抵50メートルくらいあって、その先はここと同じように、木に囲まれた部屋になってる。畑があることも多い」
大抵、とか多い、とか曖昧な表現になってしまうのは、同じペレ芋でも含まれる魔力量に個体差があり、それによってダンジョンの構造にも若干の差異があるからだった。
ダンジョン突入前、俺がペレ芋を選別していたのはこのためだ。採取ポイントが多そうなペレ芋を選んだ。
「で、向こうにはモンスターがいて、畑の野菜を食ってる。モンスターはいまのところ100%の確率でマイナーコボルトだ」
コボルトとは、犬の頭を持つ二足歩行のモンスターだ。
人間よりも鼻が利くため、俺たちの匂いを嗅ぎつけてこちらの部屋までやってくるわけだが、ラッキーなことに今回のダンジョンは風下。
匂いが向こうの部屋まで届いていないのだろう、コボルトがやってくる気配はない。
「モンスターがやってきたら、俺が声をかけてみんなで一斉に逃げる」
俺が指さしたのは、ダンジョンに降り立ったときの初期位置。
「あの場所にみんなで集まって、俺が『脱出する』って宣言すればさっきの教会の部屋に戻ることができる」
指の先には深緑の魔法陣が描かれていて、淡い光を放っている。
「実際にしたことはないですけど、採取ポイントは街の外にいくつもありますよね。どうしてわざわざアイテムダンジョンのなかで……?」
黒乃さんは「モンスターがいないならわかりますけど、いるんですよね……?」と不安げにつけ加えた。
「このダンジョンなら、万が一おっちゃんたちがモンスターにやられてしまっても、アイテムダンジョンの外に放りだされるだけで、復活できるんだよ」
現実世界からこの異世界にやってきた俺たちはモンスターにやられても二時間後にベッドの上で復活するが、現地民であるおっちゃんたちがモンスターにやられてしまうと骸となる。すなわち、死ぬのだ。
しかし理由はわからないが、このアイテムダンジョン内のことならば、俺たちがダンジョンから脱出したタイミングでしれっと一緒にいる。あのとき流した涙を返してほしい。
なお、槍で貫かれた痛みと恐怖は身体が覚えていて、身を焦がす灼熱と、それに反するように冷えゆく身体の感覚は筆舌に尽くしがたい。
俺にも経験があるが、怖いのはもちろんおっちゃんたちも同じで、モンスターにやられたトラウマで引きこもってしまったおっちゃんもいる。
──とはいえ、街の外で採取をするよりも遙かに安全であることには変わりがない。
いまは俺が見張りをしているが、おっちゃんたちと交代で採取をし食料を得て、モンスターが来たら全員で逃げる。
そしてまた違うアイテムの世界に入って、同じことを繰り返す──そうして俺は毎日を食いつないでいる。
「ということは、要さんのためというよりも、みなさんのために……? お優しいんですね」
「そういうんじゃない。……俺のは偽善だよ」
「えっ……」
はっと我に返る。
己の口から飛び出した自虐的な声は、驚くほど暗かった。
「はぁはぁ……交代じゃ! レオンどのもやるかの?」
採取が終わったおっちゃんの声は、俺と黒乃さんのあいだに生まれた変な空気を入れ換えるのにじゅうぶんだった。
……正直、ありがたかった。
「んじゃ俺も採取するかな……ん?」
採取用の手袋を装着しながら年老いたおっちゃんのあご髭を見ると──
「やばい、風向きが変わった」
ふっさりと蓄えられた髭が、こちらから通路のほうに向かって揺れていた。
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