01-04-ペレ芋ダンジョン


 礼拝堂の正面にある女神オラトリオの像と向かい合ったとき、左手には俺たちの部屋がある二階へ続く螺旋階段があり、右手には古ぼけたドアがある。


 ドアを開けると教室くらいの広さの部屋で、中央にはベッドほどの大きさの石で出来た台座があり、その奥には上部だけ丸みを帯びた、俺の背丈ほどの石板が屹立している。


 この石板はステータスモノリスという、人間の魔力の量と質を測定して表示してくれるものだ。

 この世界にとっては珍しいものではなく、冒険者ギルドや武具屋、宿のエントランスなどでよく見かける。いい宿だと各部屋に置いてあるらしい。


 ステータスモノリスに手をかざすと──


──────────

要零音

LV 1/5 ☆転生数0

EXP 0/7

▼─────

HP 10/10

SP 10/10

MP 10/10

▼─────ユニークスキル

【デウス・クレアートル】 LV1

アイテムダンジョンを創造することができる

──────────


 ──目の前に、じつにゲームチックなステータスが表示された。


 このステータスモノリスは俺の肉体の状態を表示しているのではなく、あくまで俺のなかに含まれる、あるいは俺が纏っている魔力量を測定しているだけらしい。


 とはいえ、肉体的ダメージを受けるとHPヒットポイントは減るし、0になったら俺は緑の光となって拠点──二階のベッドで目覚める。

 走るなどして疲れるとSPスタミナポイントあるいはSPスキルポイントが減少する。

 MPマジックパワーに関しては魔法を使用すると減るのだろう。魔法使いらしい白銀さんにとっては重要なパラメータに違いない。……もっとも、MPは俺からしてみても結構大事なんだけど。


「アイテムダンジョン……」

「カナメのいうダンジョンって」


 ふたりが俺のステータスを覗き込みながら不思議そうな顔をした。


「ああ。アイテムダンジョンを創造、って書いてるけど、アイテムのなかに入ることができる、って言ったほうがわかりやすいかもな」


 そのとき、遠くからミシェーラさんとおっちゃんたちの声と足音が近づいてきた。


「レオンどの、お待たせしましたぞい!」


 ボロを纏ったおっちゃんたちはうきうきとした笑顔で、らんらんと期待に満ちた瞳を俺に向けてくる。


「おー。何人いる?」

「みんな仕事に行っててな。とりあえず五人だ」

「仕事があるっていいことじゃないか。こちとら無職になりたてほやほやだぞ」


 自虐をひとつ口にすると、おっちゃんたちは揃って「ガハハハハ!」と笑い出す。


「ちぇっ……。あ、そうだ。今日からこのふたりも一緒に行くから」

「ふたりともレオンどのと同じく異世界勇者どのか?」


 黒乃さんと白銀さんに耳目が集まると、ふたりは戸惑った様子で頭を下げた。


「黒乃灯美子です。えっと、その」

「マリアリア・ヴェリドヴナ・白銀。いちおうとよばれてる。……おちこぼれだけど」


 白銀さんの落ちこぼれという言葉に、おっちゃんたちは顔を見合わせる。

 そしてやはり俺に対するときと同じように「ガハハハハ!」と豪快に笑い飛ばす。


 そこからはあざけるようなニュアンスは感じられない。

 ふたりの沈んだ気分を笑い飛ばすような、そんな陽気さがあった。


「なあに心配すんな! 生きてりゃいいことあるからよ! な、レオンどの!」


 言いながら、なぜか俺の肩をばしばしと叩く。痛ぇ。HPが1くらい減ったんじゃないのこれ。


 おっちゃんたちに「どうだかな」と我ながらそっけなく返し、彼らに続いて部屋にやってきたミシェーラさんに視線を移す。

 彼女は芋がたくさん入ったかごを両手で持っていた。


「あの……要さん、いまからなにをするのでしょうか」

「もうちょっと待ってくれ。すぐにわかるから」


 視線を芋に向けたまま、不安げな黒乃さんを手で制する。


 勝手知ったるミシェーラさんはあらかじめ空いたかごも芋のかごに重ねてもってきてくれていて、俺は芋が入ったかごからそれらを選別し、使えそうにない芋を空いたかごに放り込んでいく。


 だめ。

 ……だめ。

 これもだめ。


 選別を重ね、10個目で条件に合う芋を見つけ、それを部屋の中央にある台座の上に載せ、ミシェーラさんを振り返る。


「ミシェーラさんはどうします?」

「お客さまがおいでになるかもしれませんので。わたくしは夜にご一緒させてくださいませ」

「わかりました。……んじゃ、行くか」


 「おうっ!」と威勢よく返すおっちゃんたちと、なにがなんだかわかっていない様子の黒乃さんと白銀さんに手をかざして〝同行者〟として登録する。

 そして台座の上に鎮座する芋に手を伸ばし、目を瞑って精神を集中させる。



 脳内で、芋に含まれる──あるいは芋が纏う魔力が分解され、再構築されてゆく。

 芋から魔力がまろびでて、その魔力の奔流を全身に浴びる。

魔力は俺だけでなく、黒乃さんと白銀さん、おっちゃんたちを──そしてこの部屋を、この教会さえも包み込む。俺は目を瞑っているから見えないけど、そんなイメージを膨らませてゆく。


「な、なにが起きているのですか?」


 黒乃さんの慌てた声が俺のイメージを乱す。

 ここで目を開けてしまえば、俺のスキルは失敗する。

 目を閉じたまま芋に手をかざし、イメージを大胆かつ繊細に拡げてゆく。


 瞼を開くと、そこは教会の小部屋ではなく──



 緑の香り、降り注ぐ陽光。


「うし、成功だな」


 俺たちは草地の上に立っていた。


 周囲は木々にぐるりと囲まれていて、一ヶ所だけまるで通路のように拓けている。


「どういう、こと」

「こ、ここはどこなのでしょうか……! 私たちはたしかに教会にいたはずなのに……!」


 左手で人差し指を立てて黒乃さんと白銀さんに「静かに」と送りながら、ざわめく木々に傾注する。

 木が風に揺れ、さわさわと音を立てた。

 葉の動きを注意深く観察する。


「……よし、こっちが風下だ」


 ふたりに立てた人差し指を仕舞い、代わりに親指を立ててサムズアップしてみせる。

 風が、声を殺して高揚するおっちゃんたちの熱気を運んできた。



 木々に囲まれた、バスケットコートくらいの広さを持つ部屋。

 中央の6坪ほどはむき出しで、素人目にもわかるほど雑に耕され、畑になっている。


 よく見ると、畑の三ヶ所で白い光がぽつぽつと灯っていて、おっちゃんたちはそれらに視線をやってから、俺たちを振り返った。


 手で「お先にどうぞ」とジェスチャーすると、おっちゃんたちは頷きあい、ぼろぼろの革袋から黒ずんだ手袋を取り出し、その光に向かって駆けだした。



 その様子を呆然と見つめる黒乃さんと白銀さんに近づいて声を潜める。



「ここがアイテムダンジョン。さっき台座に載せたアイテム──ペレ芋のダンジョンだ」


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