01-02-落ちこぼれたち
ミシェーラさんは
「わたくしはミシェーラと申します。この教会のシスターですわ。……と申しましても、こちらにはわたくししかおりませんが。お見知りおきくださいませ」
柔らかな笑顔を見せ、俺の前の長椅子に自らも腰を下ろした。
祭壇から伸びる通路を挟んだ向こう側の長椅子の端に座るふたりの態度は、どことなく対照的だった。
黒乃さんは申しわけなさそうにぺこぺこと頭を下げている。
対して白銀さんは一度頭を下げたあと、ぬぼーっとしたアイスブルーの視線をミシェーラさんに送り続けていた。
俺はこのふたりの女子について詳しくない。
ふたりとも茶色のシャツに茶色のパンツ──コモンシリーズと呼ばれる、この世界ではルーキー御用達の服装だったため、俺と同じCランクだったのだろうという予想はついた。
ちなみに俺もコモンシャツ、コモンパンツ、コモンブーツというザ・初期装備といった出で立ちだ。
すこし間があいて、黒乃さんがボブカットにした黒のセミショートを揺らしながら立ち上がった。
女子にしては高身長。眼鏡を掛けているからか、若干地味めな印象だが、俺の正面で突き出た胸元はシャツが左右に引っ張られてぱつぱつになっていて、俺が慌てて目を逸らすほど自己主張が強かった。
「
眼鏡越しの俯きがちな瞳が緊張したように揺れている。
黒乃さんは革袋から白い弓を半分だけ取り出し、ちらとこちらに見せ、一礼して着席した。
交代で白銀さんがひょいと立ち上がる。
おそらく140センチメートルに届かないくらいの低身長で、黒乃さんと比べると大人と子どものような印象を受けた。
「マリアリア・ヴェリドヴナ・
白銀さんは入学に伴い、北欧から単身ニホンにやってきたそうで、高校にいるころから印象深かった。
前髪を切り揃えた
宝石のようなアイスブルーの瞳と北欧人形のように整った顔立ちは、明らかにニホン人離れしていた。
また、同い年ながら中学生……どころか、小学生にも見える小柄な体型も印象に残った。
そんな白銀さんは黒乃さんの弓と同じ色──白い両手持ちの杖を掲げ、ふたたび長椅子にぽすっと腰掛けた。
三人の視線が俺に注がれてはじめて、自分の番なのだと気がついた。
俺に自己紹介の必要があるのか、と脳内で首を傾げながら立ち上がる。
「
言っていて自分で情けなくなる。
心中で大きなため息をつき、腰掛けてすぐ「で?」と切り出した。
「黒乃さんと白銀さん、どうしたんだ? もしかしてふたりも先輩に追放されたのか?」
ようやく本題である。
どちらが話すか
「その……追放されたわけじゃない……ん、です、けど、私たち、自分から抜けてきたんです」
「自分から? なんで?」
「カナメがついほうされて、あすはわがみだとおもった。わたしたちも、おちこぼれ、だから」
白銀さんがしゅんと肩を落とす。
ようするに、これ以上の戦いにはついて行けそうにない、ということか。
AランクやBランクのメンバーは日に日に強くなり、それに合わせて攻略するダンジョンは高難易度のものになり、当然、相対するモンスターは強力になってゆく。
そのぶん、報酬金も経験値も分け前の少ないCランクのメンバーがこうなるのは自明の理だった。
「ふたりがパーティを抜けてきたのはわかった。……でも、どうしてよりによって俺についてきたんだ? 俺がうだつがあがらないやつだってことは知ってるだろ?」
「ふたりとも、カナメのことがすきだから」
白銀さんは無表情のままとんでもないことを口にした。
ミシェーラさんは「まああ」と口に手を当て、黒乃さんは仰天した様子で白銀さんを振り返る。
「嘘つくんなら、もうちょっとまともな嘘つけよ」
「ばれた。ごめん」
ぺこりと一礼されたものの、白銀さんに悪びれた様子はまったくない。
ろくに話したこともない俺たちのあいだには、好きも嫌いもない。
ただ同じ学校の同じクラスメイトで、同じパーティに在籍していた、というだけの間柄なのだ。恋愛感情など互いに持つはずがなかった。
「そ、その、先ほど吉田先輩から言われたとき、要さん、なんと言いますか……余裕ありげでしたので」
「もっとすがりつくかとおもった。でもカナメはそうしなかった」
黒乃さんは余裕ありげと言うが、俺はずっと荷物持ちで、もとよりAランクやBランクメンバーの視線は冷たかったから、いつかはこうなるだろうな、とぼんやり思っていただけだった。
冷遇も嘲笑も日常茶飯事だったから、心のどこかで「抜けたい」という気持ちもあった。
それにやはり、家族と暮らせない日常が信じられなくて、自分のことを
なによりミシェーラさんには悪いが、俺は金のかかる宿ではなく、この教会で寝食している。
そんなあれこれが重なって、追放されたら人生終わり、みたいな危機感がなかったのはたしかだった。
「あのパーティは、さらなるモンスターとダンジョンをもとめて、たいりくにわたろうとしていた」
いま俺たちがいる『オラトリオ』は島だ。
船に乗って行ける『アルガロード』という大陸には、ここよりも強大なモンスターがうじゃうじゃいると聞いたことがある。
「平和のためにモンスターを倒す……とても立派なことだとは思うのですが、いろいろとついていけなくて」
黒乃さんの言う〝いろいろ〟には、実力不足でついていけない以外の仄暗いあれこれが凝縮されているように響いた。
Aランクの男どもはBランクやCランクの女子に手を出しているとか、女子同士は陰湿なイジメがあるとか、耳にしたくもない噂が流れたことがあった。
そういった〝いろいろ〟に耐えられず、こうしてパーティを抜けてきたと、黒乃さんの様子からなんとなく察しはついた。
「放っとけない、か」
誰にも聞こえないよう、口のなかで呟いた。
三人の耳目が俺に集まる。
「じゃあ最後の質問。黒乃さんと白銀さんはどうしたい?」
尋ねておいて、ふたりがどうしたいか、なんてわかっていた。
白銀さんは自分たちのことを「おちこぼれ」だと言ったが、俺はそれに輪をかけた落ちこぼれ。
まさか俺を頼ってきたわけではないだろう。
ならば──
「そ、その。もしよろしければ、しばらくのあいだ、私たちもこちらにご厄介にならせていただけませんでしょうか」
「なんでもする。おかねはないけど」
やはり、こういうことか。
ふたりの目当ては、パーティから追い出されても生きていける場所。
そりゃそうだよな、と思いながら、このふたりは俺なんかよりもよっぽど立派だと感じてもいた。
相手の優しさを担保にして計算する……そんな俺なんかよりも、ストレートに頭を下げられるぶん、ずっと立派だ。
「ミシェーラさん、俺からもお願いします。空き部屋が足りないのなら、俺はほかに移ってもいいんで」
俺が頭を下げると、下がったぶん逆側が上がるシーソーのように、視界の上部で黒乃さんと白銀さんが顔を上げた。
ミシェーラさんが俺に柔らかく笑いながら口を開く。
「どうしてレオンさまがそこまでなさるのでしょうか?」
「……」
俺は答えなかった。
俺の答えは、さっき、誰にも聞こえないように口にしてしまったから。
「放っとけない、ですか?」
「……まあ、そんなとこです」
やはり、彼女にはバレていた。
ミシェーラさんは笑みを強くして立ち上がる。
「ヒミコさま、マリアリアさま。二階のお部屋はたくさん空いておりますので、お好きにお使いくださいませ」
黒乃さんが地獄で仏を見たようにぱあっと破顔した。
白銀さんは「おー……」と感嘆の声を漏らし、ぺこりと一礼した。
そのとき、開け放たれた入口から何人もの中年男性が入ってきて、みな俺をみて顔を綻ばせた。
「おお、レオンどのではないか! こんな時間に珍しい」
彼らはみな焦げ茶色のボロギレを纏った──いわゆる貧民だ。
両手にいろんな野菜を持っていて、ミシェーラさんが準備した大きなかごにそれらを放り込んでいく。
「みなさま、いつもありがとうございますわ」
「なんのなんの! ミシェーラさまとレオンどのにはいつもお世話になっとりますからな! ガハハハハ!」
先頭の男が笑うと、後ろの男たちも頷いて、つられたように口を大きく開けて笑う。
彼らの笑いかたに品性こそないものの、独特の陽気と、日々の苦しさを吹き飛ばすような豪放があった。
「あの……いつもお世話になっている、というのは……?」
黒乃さんが戸惑った声をあげる。
「いや、まあちょっとな。……あの程度のことで、俺を持ち上げすぎなんだよ……」
そう、彼らは俺を持ち上げすぎる。
でも──
「レオンさまは──」
ミシェーラさんが黒乃さんと白銀さんに向き直り、まるで己のなにかを誇るように、黒の修道服に隠された豊かな胸を張った。
「レオンさまはいずれ、わたくしたちの統治者になられるおかたですから」
誰よりも俺を持ち上げるのは、ミシェーラさんだった。
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