アイテムダンジョン! ~追放された落ちこぼれたちの歩きかた~

かみや@( * ´ ω ` * )

01-芋掘り生活と落ちこぼれたちと希望の種

01-01-追放と貧困街のシスター


かなめ零音れおん、お前は追放だ」


 100人ほどの人間がいままさにダンジョンへ旅立とうとする街の入口。

 リーダーである金髪の男──吉田先輩が唾するように俺に告げた。


「追放って……パーティから抜けろ、ってことですか?」

「そうだ。同じ学校だったよしみでパーティに入れてやっていたが、もううんざりだ」


 心の底から辟易とした声色。

 吉田先輩は俺に対してどれだけうんざりしていたかを、歪んだ表情でも教えてくれていた。


「魔法は使えない、武器の扱いもイマイチ。薄々気づいているとは思うが、他のメンバーからクレームもきてる。お前だけ働いていないのがズルい、ってな」

「返す言葉もないですね」

「仕方なく荷物持ちをさせてやっていたが、今日からは俺たちについてこなくていい」


 先輩はそこまで吐き捨てると、炎が描かれたマントを颯爽とひるがえし、俺に背を向けた。


「みんな、行くぞ!」


 それを合図に、100人近い人間が歩みを進める。

 〝みんな〟のなかには、俺だけが入っていなかった。

 ──かつてのクラスメイトたちが、俺と目を合わせないようにして通り過ぎてゆく。

 目が合った者の表情には、俺に対する嘲笑ちょうしょうが浮かんでいた。


 みんなが街から伸びる橋を渡る。

 その後ろ姿に、約三ヶ月お世話になりましたと頭を下げたあと、はぁとため息をひとつ吐いて街へと引き返した。



 ニホンで若者が急に寝たきりになるという現象が大量発生している、というニュースがお茶の間を騒がせた次の日。

 たしか5月10日くらいだったか──の授業中、俺が通うさざなみ学園高校は紫の光に包まれた。


 目が覚めるとあら不思議、学校中の生徒──約600人が剣と魔法の異世界ここにワープしていた。


 ワープ先の街の広場には統治者らしきじいさまがいて、拳を握りながら熱弁を振るっていた。


 例に漏れず、この世界には人間に害を及ぼす生命体──モンスターがいる。そいつらがこの世界を脅かしているから、どうかこの世界を救ってくれ、みたいな内容だった。

 ぶっちゃけ端のほうにいたから、あんまり聞こえなかったけど。


 みんなは元の世界に帰してだの、なんで俺たちがそんなことだのわめいていたが、吉田先輩がみんなをうまくまとめた。


 彼をはじめとする三年生が舵を取り、600人の生徒はクラス単位で1ーAと2ーAと3ーAはAチームといった具合にFまで6のチームに分けられ、それぞれが100人ほどのチーム──パーティになった。

 1ーAだった俺はAパーティに配属された。


 それから三ヶ月ほど。

 そのあいだに100人のメンバーを有するそれぞれのパーティは、モンスターとの闘いにおける貢献度に応じ、Aランク10人、Bランク20人、Cランク70人といった具合にメンバーが選別され、モンスター討伐やダンジョン攻略の報奨金に格差を持たせた。


 万年荷物持ちの俺はずっとCランク。もしかしたら俺だけこっそり未知のDランクだったのかもしれない。

 で、いまこうして追放されてしまったってわけだ。


「どうするかなー……」


 街なかを歩きながら独りごつ。

 これまで、精算時にお情けといわんばかりに放り投げられた金でなんとかやっていた俺の持ち金は残りわずか。

 ひとりでモンスターを倒して金を稼ぐ? ……それができるなら、いまこんなことになっているわけがない。

 宿賃がわりに支払っていた、教会への寄付金も払えそうにない。


 ……なのに、俺はどこか自分を他人のように見ていた。


 15年、俺をしっかり育ててくれた父さん、母さん。

 生意気だけど俺に懐いてくれていた、ひとつ下の妹。


 異世界が夢だと信じて寝床に入っても、家族のいる朝には戻れない。

 気だるげに食べていた白米も味噌汁も塩鮭も、ちょっと苦手だったほうれん草のおひたしもない。

 いつもそこにあった日常が──なくなってはじめて気づいた日常の幸せが、ここにはない。


 そんな寂寥せきりょうが、異世界での〝こんな俺は俺じゃない〟と心のどこかで逃避させているのかもしれない。


 街なかを北上して10分ほどが経過した。

 人々の活気も石畳もなくなって、むき出しの土と、ごつごつした石で出来た家が立ち並ぶ、いわゆる貧困街に入った。


 さらに進むと、古ぼけた教会の大きな鐘が曇り空に交ざる。

 教会は、赤黒く錆びた鉄柵に囲まれていて、柵が途切れた2メートル幅の入口の頭上には草花のアーチが架けられている。

 それをくぐると、教会の扉の横にある花壇に水をやっている修道服を着た女性がこちらを振り返り、驚いたように口を開けた。


「ミシェーラさん」


 修道服の女性──ミシェーラさんが黒いフードを外すと、白頭巾の下にウェーブがかったショートのブロンドが覗く。


「レオンさま。今日はお早いのですね」


 丁寧にお辞儀をして、柔らかく笑ってくれる。

 今日はそれが、どうにも申しわけなかった。

 〝今日はお早い〟というよりも、ミシェーラさんに「いってきます」と伝えてから、まだ一時間も経っていない。


「元気のないお顔。ごらんになってくださいませ」


 目の前に差し出された、ミシェーラさんが大事にしている手鏡のなかで、ぼさぼさの黒髪に平凡な顔立ちの男が力なく眉尻を下げている。


「それで、どうされたのですか? 本日はダンジョンに向かうとおっしゃっておりましたのに」


 相手が懺悔ざんげを聞き慣れた教会のシスターであったとしても、己の体たらくを吐露とろするには忸怩じくじたるものがあった。

 しかし毎日の寝床を世話になっている相手に話さないわけにもいかなかった。


「じつは、勇者パーティを追放されちゃって」

「まああ」


 ミシェーラさんには自分がパーティのお荷物になっていることを赤裸々に話していた。

 彼女は両手を口に当てて驚きを表現するが、そこには驚天動地きょうてんどうちだとか青天の霹靂へきれきだという感情というよりも、俺への憐憫れんびんの情が大いに含まれている気がした。


「それで……その、教会への寄付金も払えなくなっちゃったんで、部屋を引き払おうかと」

「いいえいいえ。これまで通り使っていただいてかまいませんわ。お部屋はどのみち空いておりますもの」

「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます。恩はいつか必ず返します」


 頭を下げながら、己の醜さにずきりと胸が痛んだ。

 俺がこう言えば、優しいミシェーラさんはきっとこう返してくれるであろう……そんな打算があった。

 ここを追い出されてしまえば、俺は宿なしのホームレス。

 しかもそれだけではなく……


 ともかく俺の立場からすれば、どうかこのままここに住ませてくださいとこちらから頼み込むべきなのに、ちっぽけなプライドが邪魔をして、ミシェーラさんの優しさを手前勝手に方程式に組み込んで、つまらない矜持きょうじを守るための計算をした。


 ……こんな自分が、きらいだ。


 ミシェーラさんは、そんな俺の心中とはほど遠い、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。


「ご恩など、とんでもありませんわ。レオンさまがいらっしゃらないと、みなさまが困りますし──あら?」


 笑顔の彼女は会話を区切り、こてんと首を傾げた。

 不思議そうな視線の先は、俺──ではなく、俺の背の先だった。


「この教会にご用ですかしら? それとも、レオンさまにご用事?」


 教会を囲む鉄柵の四隅にある柱。

 そのひとつに隠れるようにしてこちらに視線を送るふたつの影があった。


黒乃くろのさんと白銀しろがねさん」


 彼女たちは俺を置いていった1ーAのメンバーのはず。

 ふたりはバツが悪そうに姿を現し、こちらへ深々と一礼した。

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