第十二話
その夜、いきなり飛田あやからメッセージが飛んできたと思ったら、明日の放課後会えないかとのことだ。心当たりが全くないが、特に断る理由もなかった。なぜなら、最近公園に行かないからだ。
もしや、、、
あるはずのない期待を込めて、翌日駅近くのカフェで待ち合わせると、その場にはもう一人少女がいた。
ま、だよな、、、
内心、若干がっかりしながらも何食わぬ顔で席に着く。しかし、開口一番告げられたのはなんと感謝の言葉であった。
「ありがとうございます!
「えっ、何のこと?」
いきなり頭を下げた彼女に、目を白黒させる。
「あっ、そうですよね。実は――昨日先輩が拾った財布……」
「財布?ああ、拾ったけど、なんで知って……まさか」
「――私のだったんですっ!」
「えええ!?」
なんてこった。世間はこんなにも狭いのか!?
「財布無くしたの気付いたとき、ほんっっと!絶望したんですけど……拾ったのが先輩で良かったです!」
「どういたしまして。でも、どうして拾ったのが俺だって分かったんだ?」
「それは、この子が」
そう言うと、飛田あやは隣に座る彼女に顔を向けた。
釣られて視線を向ける。眼鏡のおとなしそうな子であった。失礼ながら、飛田あやが付き合うような友達は、何というか、もう少しキャピキャピ感強めだと思っていたので少々意外である。その子は、恥ずかしそうに、下を向きながらおずおずと話し出す。
「わ、私、1年の後藤と申します」
「2年の差波交だ、よろしく」
軽く一礼した彼女は、わたわたしたあと
「そ、そのぉ、昨日私もあの車両におりまして……」
と言った。
え、まさか――
「えっ、じゃあ何で……」
「
「……改札近い方に行こうと」
「それで、私がメッセージ送ったときにはもう……」
「せ、先輩が近くに座っていて……」
お、俺のせいかーーっ!
まさか、あの行動が裏目に出るとは。
「そ、それは誠に申し訳ない……」
「い、いえっ、あの後先輩……その……
「ッ!?」
やっぱり、見られていた!?
あーもう無理、黒歴史確定だよ……
「ぷっ、あはははっ、飛鳥ちゃん、動画取ってくれても良かったのにっ!」
「そ、そんなっ、そんなことしたら悪いし」
いや、すでに大ダメージ与えられているんだが
「そ、それでですね、先輩が拾った後その写真撮ってしまいまして」
そう言って、後藤飛鳥は自身のスマホで俺の後ろ姿が映った写真を見せてきた。
「な、なるほど……」
「いやぁ、それもこれも私が忘れちゃってたわけでですね」
ほんとだよ
「何か、お礼をさせてもらえないかと思った次第でございます」
仰々しい言い方で、彼女は言う。
「別に良いよ、それに後輩を助けるのは先輩の義務だしな」
一度、言ってみたかった台詞だ。
「いやいやっ、私のこの溢れんばかりの感謝を、どうにかして先輩に受け取って欲しいなって」
何だか、押しつけがましい言い方だな
「いやいやいや、本当に良いよ。たいしたことっていうか余計なことしかしてないし」
「いやいやいやいや……」「ああ、私のせいで……」
彼女の動きがうっとうしくて、ちらっと後藤飛鳥の方を見ると、泣きそうな顔で訴えかけてきた。
「……わかった、じゃあ一つ貸しにしておくわ」
「絶対使ってくださいね!でもなぁ、先輩マスターボールとか使わないタイプっぽいしなぁ」
「ほっとけ……でもさ、どうしてそこまでしてお礼しようとするんだ?」
気になったのは、たかが財布を拾ってもらった程度でどうしてここまでするのかという点についてだった。それも、見ず知らずの人ならともかく、相手はある程度見知った間柄の俺だ。すると、飛田あやはキョトンと首をかしげると、ああそれはですね、と語り出した。
「私、
「ん?」
日本語に失礼なほど、文脈と関係ないことを言い出したため固まった。
「それで、何か悩んだり悔やんだりすると、それが気になってご飯の味がしないんです」
「……」
それについては、心当たりがあった。俺も、二人と距離を取ってしまったとき、隼に食い下がれなかったとき、食事が楽しくなくなったのだ。
「それが嫌で……後悔する前に自分からやれることはやっておこうって」
「……その結果、後悔することになっても?」
俺は、いつもネガティブだからそのようなことばかり思ってしまう。つい、意地悪な返しをすると、飛田あやは微笑んで言った。
「そしたら――是非もありません。忘れるしかないですねっ」
「どうして……」
どうして、彼女はここまで前向きに考えられるのだろう
それに、と、彼女は続けた。
「――自分の気持ちを立て直せるのは、自分だけですから」
「……ッ」
雷に打たれたようだった。
ああ、そうか。その通りだ
考えてみれば、俺はいつも
オージと前川の二人から除け者にされているのも、クラスが自分だけ違うから。隼が連絡先を交換してくれない理由を聞けないのも、彼の祖父が亡くなったから。
外に原因を求めているから、解決できないことにウジウジ悩んで浸っているだけなんだ。自分の機嫌は自分で直さなければならない。誰かに頼ってばかりだと何も出来ない人間になってしまう。
こんな簡単なことに気付かないなんて、、、
「……先輩?大丈夫ですか?」
何も言わない俺を心配したのか、飛田あやは気遣わしげに聞いてきた。
「何でもない。それより、『自分の気持ちを立て直せるのは自分だけ』か、良い言葉だな」
「……そ、そうですかっ」
「俺もそう思う」
「ふふっ、一緒ですねっ」
とびきりの笑顔で、彼女は答えた。
ああ、やっぱり、、、
俺は、こうして笑う彼女が――
「……」
「……」
俺が無言で考えているせいで、我が家の食卓は静かだった。
「どうしたの?最近戻ったと思ったらまた闇落ちですか?」
「
直は、目を見開くと「そっか……」と呟いて、目線で話の続きを促した。
「それで、もうここにはこれないらしい」
「えっ、何で?」
「さあ?」
「さあって……聞いてないの?」
「聞いて良いのかな」
「ええぇ……逆に交が聞かなきゃ誰聞くの?」
先ほどとは異なる驚きをみせる直。
「でも……聞いても教えてくれないかもしれないし……」
「あのねぇ……ちょっと待ってて」
一度会話中断し、食事の後片付けを終えた後リビングにて俺達は再開した。
「ずばりっ!交と隼君は――二人とも受け身なんですっ」
ソファに座る俺の隣で、直は人差し指をピンと立て指摘した。
「そう……かも」
「そうなんです!前にも話したけど、普通察してくれるのなんて妹しかいないんだからね。本来、自分から助けを呼ばないと誰も手を差し伸べないんだから」
直は、そこで一旦言葉を切って、俺がちゃんと聞いているか確認した。
「それでね、二人とも内向的だから話が進まないの!察してくれとか、どうせだめとか、勝手に線引きしちゃだめ!言わないと始まらないことだってあるの」
それは、奇しくも飛田あやの言っていたことと似ていた。
「自分から行動しろってことか」
「そうっ!それにね、多分隼君も……いや、これはやめとく」
なぜか、直は途中で言い淀む。
「何だよ、言えよ。面倒くさいかまってちゃんかお前は」
「この間の交に言われたくないですぅ、あの時は傷ついたんだからっ」
頬を膨らませて、怒ったアピールをする直。これに関しては、俺が悪いので何も言えない。
「うぐっ、わ、悪かったよ。でも、コンビニで一番高いアイス買ったじゃん」
「私の心は、その程度じゃ修復しないんです」
「じゃあどうしてほしいわけ?」
「ん」
妹は、そう言って
「……」
「……」
俺は、ゆっくりとその可愛らしい妹の頭を撫でる。
「……ちゃんと言ってくれるようになったんだね」
きっと、この間とは違って相談したことについて言っているのだろう。
「そうだな、自分から近づかなきゃ、誰もそばに寄ってこないことを知ったからな」
「まあ、家族はいつでもそばにいますけどね」
「ああ、愛してるぞ。直」
「はいはい」
隼のやつは、特にそうだ。きっと一人でも生きていける。だからこそなんとしても、あいつと話さないと
――俺は強く決心した。
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