第十一話




 昨日のことを引きずりつつ公園に寄ると、いつも座っているじゅんが、何故か立っていた。


なにかおかしい


「……隼。どうした、何かあったのか」


 彼の様子が何となく変に感じたので、ついそのように問いかけると、


「祖父が死んだ」


彼は、表情の分からない様子で言った。


「えっ」


 あまりのタイミングで、あまりなことを言うものだから、脳の処理が遅れた。


「もう、この町にくる理由がなくなった」


 しかし、彼はそう続けた。


「え……」


 二の句が継げない。


こういうとき、どうすれば良いんだっけ、、、そうだっ、まず聞かないといけないことは――


「隼は大丈夫か?その、今はキツい時期だと思うんだが」


「身近な人の死は初めてだから……まだちょっと実感がない」


「……そうか」


 しばらく、二人して黙り込む。次は、なんと言えばいいのか。軽はずみに慰めの言葉など言えないし、かといって黙り続けるのも余計に空気を悪くしている気がしてならない。


「そ、それでその……町に来ないっていうのは、どういうことだよ?」


「今まで、僕がこの町に来ていたのは、祖父が親戚をこの町に呼び出したからだ。家はそういう方針だから。でも、祖父が死んだからもう誰もこの町に来る必要がなくなった」


「それは……」


「だから、この町に来るのは今年が最後になる」


 そこだ。おかしいと思ったのは。


「別に、来年も隼だけ遊びに来れば良いだろ、ほら、連絡取り合ってさ」


「それは……できない」


「どう……ッ」


 理由を聞いても良いのだろうか。


 これ以上、踏み込んでも良いのだろうか。


 迷惑なんじゃないか。


そうだ、隼は今それどころじゃないんだ。だから、追い詰めない方が良いに違いない、、、


「……」


「……そっか」


 俺は何も言えなかった。いつもなら、簡単に言えることなのに。


「それじゃ、あと数日しかいられないから……」


 隼が、こちらに背を向けて歩き出す。


「あ……」


 追い縋ろうと挙げた手は、何も掴むことはなかった。




差波さしなみってさ、いっつも受け身でだよな。そのくせ、何か起こるとぐ人のせい」


 ある日の教室、四人で世間話をしていると突然前川に言われた。


「そんなことは……っ」


 慌てて否定しようとするが、ここ最近の自分を振り返ると言葉に詰まった。


こうから何かしたことあったっけ」


 オージに核心を突かれた。


「……」


 俺は黙るしか他なかった。


「悲劇の主人公面して、酔ってるだけでしょ」


「え……」


 いよいよ、隼にまで心の内を暴かれる。


「「「おまえなんて誰も――」」」




「ッ!?」


 


 部屋着は、汗で蒸れていた。


気持ち悪い


 そして、気付く、今のは夢だ。よく考えれば、会ったことがないはずの隼とあの二人が一緒にいるのはおかしい。それに、夢で言われたことも、自己嫌悪で出てくる言葉ばかりだ。


「はあぁ~」


良かった、夢で。あんなこと直に言われたら精神崩壊を起こしてしまう、、、


 だが、気分は最悪だった。



「……なみ、差波!」


「……ッ!?は、はいっ」


 教壇に立つ教師が、再三俺の名を呼んだらしい。慌てて返事をした。


「おまえのこと指したんだけど、大丈夫か?」


「あっ、はい。すいません、ぼおっとしてました」


 クスクスと忍び笑いが漏れる。


 何をやっても手に付かなかった。気付けば、自己嫌悪と不安の繰り返しだ。自分が、こんなにももろいなんて。自分を傷つけて、落ち込んで。また、自己嫌悪。何をしても楽しいと感じられなかった。


 あれから、二人とは会っていない。別に、意図的に避けているわけではない。きっかけを自分で作らなければ、あちらから気にかけられることがないだけだ。そんなものだ、所詮。


 それだけではない。あれから、公園にいても隼と会話をすることはなく、お互いが黙って座っているだけだった。話そうとしても、続かない。今までどうやって会話してきたのか、分からなくなっていた。当然、公園に行く気も失せ、真っ直ぐ家へ帰るようになった。隼は、あと何日この街にいるのだろうか。


 次第に、自分が社会から取り残されているような、存在を否定されている気分に陥る。俺は、誰からも必要とされていない、、、


 こんな自分にうんざりだった。


「最近元気ないけど、何かあった?」


「……別に」


 夕食時、ついにはなおにもそんなことを言われた。しかし、自身に余裕がない今、素っ気ない返しをしてしまう。


「ふーん。ま、何でも良いけど……言わなきゃ分かってあげられないんだからね」


うるせぇな、分かってんだよそんなこと


「察して欲しいなんて子供のすること……」


パチンッ


「ッ!?」


 箸を置くことで、続きを言わせないようにする。


「……ごちそうさま」


 手早く、食器を片付け、自室に向かう。


「……」


 挙げ句の果てには、妹に図星突かれて逆ギレ。また、自分が嫌いになる。


 もう――どうしていいか分からなくなった。



 そんなときだった。放課後、電車の座席に座っていると、


「ん?」


 向かいの座席に何か置いてある。だ。


届けないとッ!


 だが、気付いたときにはもう遅い。ドアが閉まり、駅を出発してしまった。


 とりあえず、財布の隣に座る。他に気付いた人はいない。それも当然、今日は放課後直ぐに学校を出たため、乗客自体が少なかったからだ。うちの学生と、お年寄り、妊婦さんがちらほら見える程度だった。


どうしよう、これ


 座ってみたはいいものの、どうすれば良いか分からなかった。とりあえず、他人に見えないようにしたのは、自分だけは財布を盗むつもりがないことが分かっていたからだ。


 だが、手に取ることもしない。そんなことをすれば、瞬間盗んだと思われるかも知れない。何せ、この財布は、男子高校生がもつようなデザインではないからだ。かといって、認知してしまった以上、このまま放置もできない。


いや、このまま見なかったことにするのはどうだろう


 面倒毎に巻き込まれるのはいやだ。たとえば、もし俺が財布を取った瞬間、周りの乗客が一斉に動き出して、、、


「確保ー!現行犯で逮捕する!」「警部!発砲許可を願います!」「よし、許可する!」


パンッパンッ


なんてことに、、、流石に、ならないか


 迷ったその時、思い出したのはある日の遊んだ帰りのことだ。家の前で、鍵をなくしたことに気付いた時の絶望感。思い出しただけで、全身の血の気が引いた。


やはり、俺がやるしかないのか、、、っ


『まもなく――。お出口は左側』


 アナウンスが鳴り、もうまもなくして電車は次の駅に到着する。徐々に、電車のスピードが落ちて周りの景色のピントが合ってくる。


 覚悟を決めなければならない。バクバクと激しい心臓を落ち着かせ拳を握る。


ええい、ままよ!


 扉が開くと同時に、俺は財布を手に取った。


 ひんやりと硬い無機質な感覚が、自分の所有物ではないことを実感させる。


俺は、今爆弾を持っている


 気分は、テロリストだった。


どうしよう、バッグにいれるべきか、、、いやいや、それこそ言い逃れできないだろう


 盗んだ財布を堂々持ち歩く馬鹿はいないんだから、自信を持っていればよいのだ。


 俺は、キョロキョロビクビクしながら駅員室に向かった。


 それから、いくつかの手続きを済ませた後、俺は軽やかなステップを踏んで歩いていた。


よかったー、何事もなく渡せて!

 

 いざ、終えてみると普通に善行をなしただけだ。社会から存在を許されているようで心が軽かった。

結局、財布を渡したのも、こうして認められたかったからかも知れない。つまりは、自分のためだ。


 だが、それでもよかった。今日は機嫌が良いので、帰ったら妹の肩でも揉んでやろう。


 日頃の、鬱憤が少し解消されたようだ。俺の足は、飛ぶように軽やかだった。


――カメラを構えた少女に気付かぬまま。

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