第十話
今日は、遅れに遅れた期末順位の発表が行われた。我が校では、50位以内の生徒のみが昇降口に貼り出されるシステムだ。いつもならば、特に成績が良いわけではない俺にとってあまり重要なイベントではないのだが、、、
「ッ!?」
――なんと、前川とオージの名前があるではないか!
前川は前から成績が良かった。だが、オージは?彼は俺と同じくらいの成績だったはずだ。それがどうだ、今では二人が上で俺ははるか下。
きっと、二人で勉強しているんだ、、、ッ
学力は、学校内でその人の価値を測るための重要な指標だ。将来のアドバンテージのみならず、アイデンティティにもなり得る。もちろん、指標はそれだけではない。それだけではないが、それがあるだけで一目を置かれるぐらいには大きいのだ。
とどのつまり、俺は、字面以上の衝撃を覚えていた。
何とかしないと、、、ッ
この崩れかけた精神を、何としてでも立て直さなければ。湧き出す焦燥感を、無理矢理押さえつけ、俺は教室に向かった。どうすることも出来ないのに。
さらに昼休み、追い打ちをかけるように食堂に来ていた二人と出会ってしまう。
「おお、
二人は、俺の焦りなどかけらも知らず、笑顔で相対する。
「あれ、二人とも今日は食堂?」
間の悪さに辟易しつつも、二人と偶然で会えたことに少し嬉しさを覚える。
「うん、なんか久しぶりに食べたくね?ってなって」
「……へえ」
「差波も一緒に食べようぜ」
「もちろん」
一々、こんなことで気にしてはいけない。しかし、先ほどのショックから立ち直れない俺は心が掻きむしられたように落ち着かない。
こんなんじゃだめだ
なるべく平静を装って箸を進める。
「昨日の見た?下手すぎて伝わらないものまね選手権」
「見た見た、相変わらず一人も分からなかった」
前川とオージは、いつも通り。至って普通だ。いつものようにくだらないバラエティや動画の話で盛り上がり、なんてことない日常の刺激を共有している。それが、今はたまらなく遠くに感じた。
それに、俺はその番組を見ていない。しかし、そんなことに対してこの二人は考慮しないし、話題を変えない。おかげで俺は、余計に孤立した気分を味わう。あいつらにお門違いなイライラを募らせた。
分かっている、受け身の奴に気を遣ってくれるほど世界は優しくないし、そんなのは小さい頃に学んでいるはずだった。自分から動かなければ、誰も気付いてはくれない、と。
――ご飯の味がしなかった。
「じゃあ、俺いくわ」
かき込むことでいち早く食べ終え、二人を待たずに席を立つ。
「マジ?急ぎの用?」
「そんなとこ、じゃ」
今は、この場から一秒でも早く逃げ出したくて。急いでもないのに早歩きで食堂を後にした。
「どうしたんだろ?」
「さあ」
ああ、どうしてあんな態度を取ってしまったんだろう、、、
しかし、廊下に出るとすぐに後悔に苛まれる。二人に謝らなければならない。俺は、そう決意した。
放課後、先ほどの態度を挽回するべく、教室へ向かう。
自分の機嫌の悪さで人に迷惑をかけてはいけない
そう、心に決めて。
二人の教室に入ると、オージが帰りの支度をしていた。
「よっ」
「おお!
「今日一緒に帰ろうと思って」
「もちろん良いよ、あっ、でも今から卓球するから。帰るのその後になるけど、交もやる?」
「うん……やる」
よかった、、、オージは俺の態度を気にしてない、、、
二人で机を並べ替える。前川は、トイレに行っているらしい。
――そこで、俺は目撃する。
『明日、何時集合にする?』
オージのロック画面に表示された、前川からのメッセージを。
「……」
俺は、見て見ぬふりをして卓球の準備を進めた。
だめだってッ、こんなことでいちいち気にしちゃ
けれど、考えないようにすればするほど気になって仕方なかった。
1年の頃は、外で遊ぶときはいつも皆一緒だったのに
――いつの間にか、
「あのカーブ上手すぎたな」
「いやいや、返されてたじゃん」
ホームの電光掲示板には、あと3分で電車が来ると表示されている。周りには、直立不動のサラリーマンと、数人で一つの画面を見ている高校生達。例に漏れず、俺達三人も待ち時間をおしゃべりで潰していた。
「交ってこの後歯医者だっけ」
「そうそう」
「俺もそろそろ行かなきゃなー」
「最近、駅地下にラーメン出来ただろ?今度行ってみないか?」
「おっ、良いねえ。交も行くでしょ」
「うん……」
「差波、塩派だったよな、そこ塩専門らしいぜ」
「……まじ!?絶対行くしかないじゃん」
「なー」
二人は、以前と変わりなく一緒にいればこうして誘ってくれるのだ。だから、別段嫌われてはいないのだろう。
単に、俺がその場にいなかったから、別のクラスだから、、、
だけど――
俺は、この2人とは同じだけ一緒にいたかった、、、ッ!
こんな距離を感じたくなかった!
なんで、、、っ、なんでこんな気持ちに、、、
どうしようもなく自分が小さく感じる。
ははっ、俺だけが子供だな
自身で帰りを誘っておきながら、一刻も早くあの公園に向かいたかった。
その時、
「ごめん、俺トイレ行ってくる」
オージが突然催した。
「……俺も」
追従する前川。
「えーもう来ちゃうよ」
「俺達のドクターイエローもそろそろ到着する」
言うが早いが、二人は快速で階段を登って行ってしまった。
はあ、今日は歯科検診あるって言ったのに、、、ッ
少しの焦燥感と苛立ちを我慢して、二人を待つ。
あと一分。
二人は帰ってこない。
わずかな地響きとともに電車が駅に到着する。
どうしよう、来てしまった、、、
ドアが開き、人々が一斉に出入りを開始する。
二人の陰は見えない。
あああ、もう、、、ッ!?
彼らを待つか、先に帰るか。
逡巡していると、先ほどのメッセージが頭をよぎる。
――『明日、何時集合にする?』
軽快な音楽が鳴り、ドアが無機質に閉じる。
「あっ」
――ドアの向こうで、階段を駆け下りる二人の姿を発見する。
すぐにそらす。
ゆっくり動き出した電車は、立ち尽くした彼らを置いて駅を出た。
ドア脇に寄りかかる。
スマホの画面には、
『ごめん、間に合わなかった』
の字面。
イヤホンを付けて、そっと目を閉じた。
――翌日、公園に隼が別れを告げに来た。
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