第九話
昨日、近所から頂いたわらび餅を片手に、今日も今日とて俺と
「うまっ」
「……この間さ、バイトでミ○クボーイの再現みたいなのやったんだよね」
「何それ興味深っ」
一旦、掬う手を止める。隼の学校はバイトが許されており、彼は洋菓子店でバイトをしていた。
「あるお客さんが、前食べておいしかったことだけ覚えている商品を探してるって言って」
「うん」
「それで、どんな味か?とか、形は?とか聞いて絞っていったんだけど」
「はいはい」
「明らかに、これでしょって商品まで行き着いたんだ」
「解決じゃん」
「それが、
「え?」
「なんか、抹茶味のものを探しているらしくて、抹茶味なんてうちには一つしか無いから迷いようがないんだけど、形が違うって言ってて」
「どんな?」
「紹介したのは丸いんだけど、探しているのは四角いって」
「じゃあ、別のお菓子なんじゃない?」
「でも、抹茶味だったって」
「じゃあそれじゃん」
ここで、隼は一息ついて呼吸を整えた。それから、うんうんと頷いて言った。
「ねっ!これ完全ミ○クボーイだよね?」
「……ああ、今完璧にレールに乗せられたな」
結局、何を買っていったのかは隼も忘れてしまったらしい。
何だったんだ今の時間、、、
呆れた目を向けると、隼は咳払いして口を開いた。
「それでさ、これからもそういうことがあるかもしれないじゃん?」
「あるかな……あるかも」
「だからさ、Yes/Noゲームして鍛えない?」
「それしたかっただけだろ」
「昨日、やってみた動画見ちゃって」
「じゃあちょっと待って、今思い浮かべるから」
そう言って、わらび餅を竹串で掬いながら考える。
「よし、決めた」
隼は、真顔でしばらくその様子を見つめると、静かに言った。
「それじゃあ、一つ目。それは茶色ですか?」
あっこれバレてる?
「……はい」
「わらび餅」
「ごめん、真剣にやるからちょっと待ってて」
面倒くさかったのがすぐ看破されたようだ。隼が拗ねるように一つくれと言ったので、一口大にして食べさせると、それはもう美味しそうに頬を緩ませた。
「隼ってわらび餅好きなの?」
意外だったので尋ねてみると、照れくさそうに答えた。
「まあ、最後の晩餐にしたいくらいには」
「まじかよ……じゃあ、もう一個あげる」
このわらび餅は、意外に噛み応えがあるので、しばらく沈黙が鎮座していた。その隙に考えようと、周りを見渡す。
お題を何にするのか。パッと思いつくものと言っても、人間そう簡単に思いつくものではない。特に、自身に関係のないものは。そこで、この公園に思いを馳せた。公園には、隼との様々な思い出がある。だが、中でも一番印象に残っているのは、、、よしっ、これにしよう。
「お題決めた?」
隼が催促してきた。
「おう」
「じゃあ、5回以内に答えられたらジュース奢って」
「いいけど……俺に有利すぎない?」
あまりやったことがないが、この類いの遊びはもう少し質問数が必要なのでは?
「任せなって。スタート!1つ目、『それは生き物ですか』」
「いいえ」
「2つ目、『それは食べられますか』」
「いいえ」
ここまではテンポ良く進む。質問も定石通りだ。この調子だと到底絞りきれないだろう。しかし、ここで隼が動いた。
「3つ目、『それは
かなり範囲を絞る質問だ。失敗すれば、貴重な一回をドブに捨ててしまうほどの。けれども、、、
「……はい」
俺は、まんまとその賭けに負けてしまった。しかも、俺と隼の考えが同じならば、少し不味いかもしれない。
「……」
「……」
そこで、隼は顎に手を当てて少し黙る。残る質問はあと二つ。この公園にはあまりお題に出来そうなものはない。かといって、ブランコや砂場、シーソー、鉄棒に、うんてい、あとはジャングルジムがあった。二つの質問で絞るのはなかなか難しくもあるだろう。
「4つ目、『それは遊具ですか』」
「はい」
これで、俺や隼が携帯しているものではないことが分かった。
「最後、5つ目。『あの日のあれですか』」
最後の質問は、とても曖昧でYes/Noゲームでは相応しくない質問だった。と同時に、やはり考えていることは同じかもしれない。俺達にとって思い出深い遊具は、あれしかない。
「だな」
だから、俺は肯定せざるを得なかった。
いつだったか、俺と隼が仲良くなって間もない頃、夕焼けに照らされた公園で。
そこには、走り回る子供や、おしゃべりに熱が入る母達、仕事帰りの早歩きな大人達がいて、、、
普段、彼らを見下ろすことなんてなくて。
隣を見れば、隼も同じように目を奪われていた。さっきまで、あんなに登るのを怖がっていたというのに。
――二人が、ジャングルジムに登るのは初めてだった。
そこからの景色は今まで見た者よりずっと壮大で自由だった。正面には沈み行く夕日が全身をオレンジ色に染め上げる。前髪を揺らす風に、少し冷たい温度を感じた。汗も段々引いてきて気持ちよかった。
「たかいな」
思わず口から出た言葉。
「た、たかいね……っ」
その言葉で、ようやく我に返ったのか、隼は落ちないよう力いっぱい鉄の棒を掴んだ。小さな手は、真っ白になっていた。
今日で、隼とはお別れだ。だからこそ、必死に登ることを説得したかいがあるというもの。再開は来年だ。
「らいねんも、ここでしゅーごーだな」
「うん、ぜったいだよ!」
いつしか、ジャングルジムでの集合はしなくなったのだが。
それでも、今もこうして隣に隼がいる。それは、不思議で、だけど何故か安心できた。
「「……」」
またしんみりしてしまった、、、
せっかくだ。俺は、ゆっくり腰を上げてジャングルジムに向かうと、するすると登っていった。隼も追従して登った。二人で天辺までたどり着く。
「「おー」」
もうあの頃の感動はない。傍から見れば、高校生にもなった二人がジャングルジムで遊ぶ変人にしか見えないだろう。
「こうして、年取るにつれて感動することも少なくなっていくんだろうな」
ひとりでに呟くと、隼も頷いた。
「……かもね。今では一人の方が楽だと感じるし」
「そうだな」
「だけど、僕は好きだよ。高いところから見る景色が」
「へぇ」
「何だか、自分がいなくても世界は変わらず廻っていて、そのまま消えてしまいそうになるさみしさが、ちょっと気持ち良いんだ」
以前、隼が見せた展望台での表情はそう言う意味だったのか。やっと、腑に落ちた気がした。
「ポエティックだな」
「ははっ、自分に酔っているのかも」
「誰だってそういう瞬間はあるさ。けど……大丈夫だ、ここに来れば俺がいるし」
「えっ」
隼が、虚を突かれたような顔をした。
「こうして十年以上も一緒にいれば腐れ縁だろ、もはや」
「……ッ」
すると、隼が笑った。
「ははっ、確かに」
「きっとなんだかんだ続いていくよ、きっと」
「そうだね……」
遠くを見つめる隼の表情は、分からなかった。
夜、自室で隼はスマホを開くと、一枚の写真を眺めた。
そこに映っているのはジャングルジムの頂上で黄昏れる交だ。
まるでCDジャケットみたい
「ふふっ」
思わずにやけてしまう。
その時だった。
ドタドタ騒がしい音がしたかと思うと、母が血相を変えて部屋に入ってきた。
「――
「え――」
消灯したロック画面には、呆気にとられた隼の顔が映っていた。
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