第八話




「あっづーい……」


 日差しを抑えながら歩く。並木では蝉のオーケストラが開かれており暑さを助長している。


 放課後、俺とじゅんは散歩をしていた。特に目的地はないが、以前展望台で見つけた区域に向かって歩いている。だが、午後三時を超えているとは言え、暑さは留まることを知らずコンクリートには陽炎が立ち上っていた。


「じゅーん、何か涼しくなること言ってくれー」


 したたる汗を拭って、無茶ぶりをする。すると、隼は言った。


「――今日、家の鍵閉めた?」


 その瞬間、空気が固まった。


「え?どうだったっけ……」


今日、俺が最後に家を出て、それで玄関出た後振りかえって、、、いや、


 一生懸命、鍵を回した記憶を掘り起こそうとするが、全く記憶がない。


やばい、段々不安になってきた。


「あれっ?閉めた……はず、なんだけど……」


 背中から、手から、ヘンな汗が噴き出す。もはや、暑いなどと言っている場合ではなかった。


「おいおい、これはやり過ぎだって」


 恨めしげに隼の方を向くと、あいつはニヤニヤと笑った。


「ごめんごめん……ま、気にせずいこう」


「いけるかっ!」


 急いで、学校帰りのなおにメッセージを送る。


『ごめん、家の鍵ちゃんと閉まっているかどうか確認して』


 しばらくすると、


『ちゃんと閉じてたよー』


との返事が来て、ようやく人心地つく。


「あぁぁ、よかったぁ」


「ずっとそわそわしてたもんね」


「心底びびったわ」


 その後、黙々と歩く。


「なんか、安心したら暑くなってきた」


「僕は、ずっと暑いよー」


 また、振り出しに戻った。


「なあ、隼は暑いのと寒いのどっちがマシ?」


 せっかくなので、質問してみた。


「うーん、寒い方がまだいいかな。暑いのは脱ぐのに限界あるけど、寒いのは服着ればいいし」


「えー、着るのだって限界があるだろ。それに、最近は脱ぐだけじゃなくて冷たいタオルとか手持ちの扇風機あるし」


 そう言うと、隼はぽけーっと空を眺めた後言った。


「確かに。でも、僕虫もあんまり好きじゃないんだよね」


「虫除けすりゃいいだろ」


「むっ、なかなか手強いね」


「あっ、だけど俺も本当は――」


「あっ!もう一個見つけた。冬の寒さに腕を擦りながら『寒いね』って言い合うの好きなんだよね」


「っ……!それは、ちょっとわかる……けど!」


 俺は、なんと返そうと知恵を巡らせる。


「夏だって、手庇してパタパタしながら『暑いね』って言い合うのエモいだろうが」


「そう?それより、こうなんかイライラしてない?」


「暑いからだろうがッ!」


「……交も暑いの苦手だったんだね」


暑いの嫌いなのに、擁護しなくてはならないとはこれ如何に


 暑い暑いと言いながら、話題はいつの間にか行きたい場所へと変わっていた。


「今の季節だったら、北海道がいいのかな」


「どうだろ、今どこも暑いもんね」


「だったら、避暑地として有名な軽井沢とかも良さそうだよな」


「あえて、沖縄とか行ってマリンスポーツとかも楽しそう」


「たしかに」


 あーでもない、こーでもないと言いながら、あてもなく歩くのは楽しかった。


 しかし、、、


「それにしてもこの市は……はあっ……坂が多いな……っ」


「そう……だね……台地と平野の狭間に位置するから……かもっ」


 二人でぜえぜえ言いつつ登っていると、そのうち左右に蛇行した坂に出会した。それに沿って何とか進むと、木箱を積み重ねてつくったベンチが設置されていた。


 そこからは、今まで登ってきたご褒美かのように街が一望できた。


「おー達成感があるな」


「あっ、ここだよ!ほら、この間展望台で撮った写真にあったやつ」


「ほんとだっ」

 

 自販機でジュースを買った二人で座りながら飲んだ。


「はー疲れたー」


「ねー」


 後ろに手を突きながら、空をぼおっとみると、雲一つない晴天が目一杯広がっている。


「今回は結構歩いたね」


「そうだな」


 この散歩に、目的ややりたいことなどない。あてもなく歩き、その時みつけたものに対して、感想や下らない話ができればそれでいい。


――どこだっていいのだ、彼と一緒なら


 結局、どこに行くかより誰と行くのか、それが大事なんだと交は思った。


 ぼちぼち行くか、と二人は立ち上がって歩き出す。


「帰りアイス買ってくか」


「いいねぇ、身体冷やしたい」


「それな……あっ」


 そこで、俺は気付いてしまった。


「どうしたの?」


「最初っから食べれば良かったなって」


「あぁ、そうすれば鍵で冷汗三斗の思いをしなくて良かったのにね」


「ほんとだよ……」


 蝉が呆れたように、飛んでいった。

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