第七話




 飛田あやと分かれた俺は、すぐさま例の公園へと駆けて誤解を解きに行った。


「いやいや、わかってるって」


 全然分かっていなさそうな顔で答えるじゅん


「いや、絶対分かってないでしょ。本当に違うんだよ、あの子は別の人と見に行くんだから」


「全く、こうも隅に置けないね。しかも、相手すごい可愛かったし」


 しかし、隼は取り合ってくれない。いい加減こちらもうんざりして、


「彼氏いるんだよっ、あの子にはっ!」


と、つい声を荒げてしまった。


「……ごめん、しつこかった」


「……いや、こちらこそ」


これだけは、言いたくなかったのに


 それは、この悔しさややるせなさの原因を認めてしまうことになるからだ。


 すると、


「……ジュース何飲む?」


隼は、肩にポンと手を置きながら聞いてきた。


「……センス」


 深くは聞くまいとした表情がやけに様になっているのが癪で、面倒な注文をする。了解、と隼が近くの自販機で二本買って戻ってきた。果たして、彼は何を買ってきたのか。


「はい」


「ありがt……なにゆえ夏にあったかいコーヒーなの?」


「心を温めるんだ」


「やかましいわ……そんなことより、隼こそどうなんだよ」


 無性に悔しいので、こちらも攻守交代の一手を打つ。


「俺は何もないよ」


 しかし、隼は余裕のすまし顔。だが、このイケメンにそのようなことはあり得ない。こちらも粘り強く攻めねば。


「ほんとうにぃ?最後にデートしたのはいつだよ?」


「デートしてないよ」


掛かった!


「『は』ってなんだよ!じゃあ女の子と出かけたのは?」


「……三週間前」


あるじゃねえかっ


 くそっ、聞いといて虚しくなってきたがすでに賽は投げられている。最後まで聞かなくてはならないのだ。


「でも、あれは別にデートとかではなくて」「御託はいいからさっさと説明しろ」


「えー、そうだなぁ、あれは――」


 そう言って、隼は語り出した。




「隼くん、


「えっ、いきなり何ですか」


 向かいに座る彼女は、バイト先の先輩だ。唐突に語られた彼女の願望を理解するため、少し冷めたコーヒーを口に入れる。この喫茶店は、学生のお財布に嬉しいショートで250円の優良店だ。


「だから、私はネズミに会いに行きたいって言ったの」


「……3時間はかかりますよ?」


勝手に行けばいいんじゃ


 その言葉を、辛うじて呑み込んだ。


「泊まっちゃおうよ」


 行っておくが、彼女は大学生だ。先週二十歳を迎え、責任ある自由を手にしている。比べて、こちらは高校2年生。未成年だ。


「……お金ないです」


「私が出すよ」


 頬杖をつき、ニヤニヤしながら追い詰めるように少しずつ選択肢をなくしていく先輩。だが、僕はまだそういったことに興味は無かった。


 どうやって断ろうかと思案する。


というか、、、


「――先輩、彼氏いますよね」


「この間分かれた」


 どうだが。日頃から、彼氏の愚痴を聞かされる身としては、信憑性がないこともない。だが、彼女は勝ち気な性格だ。本心は分からない。


「私、くちゃくちゃ食べる人苦手なんだよねー」


 せわしなく走る車を横目に、彼女は語る。思い出しているのか眉をひそめていた。自身の顔の良さを理解した立ち居振る舞いだ。


そう言われてもなぁ、コーヒー啜ってみようかな


「……予定が合えば」


「決まりだねっ」


 うやむやにして先延ばしにする。本当に、あまり異性との交友に興味はなく、むしろそれより僕は――



「……なんか次元が上過ぎて何も言えない」


 あまりの衝撃に、俺は隼の話が終わってもなかなか立ち直れずにいた。思った以上に、アダルトな世界を聞かされて戸惑うばかりだ。


「まあまあ、今言ったとおり別に付き合ってはないんだよ」


「えっ、今のってカップルがよくやるカフェでの一幕じゃなかったの!?」


「まさか。それに僕はさ……」


「ん?」


「いや、何でもない」


「……」


「……」


なんだそれ


 思わせぶりな態度に、少しイラッときたがそもそもこの話題を振ったのは俺だった。なんだか、しんみりした空気になってしまったので、ここはアクティブにぶち壊していこう。



「よしっ、


「えっ、何で?」


 こうして、突如砂場にて七月場所が開催された。結果、双方あちこち砂だらけの痛み分けで幕を閉じたとさ。ちゃんちゃんっ。






「ただいま」


 全身砂まみれなので、玄関で服を脱いでしまう。丁度その時、脱衣所のドアが開き、風呂上がりのなおが出てきた。


「おかえ……って、なんでパンツ一丁なの?」


 訝しげに、理由を問われる。


「隼と相撲してた」


「やることが小学生の頃から変わっとらんなぁ」


 呆れ声で、リビングへと消えた。


 シャワーを浴びた後、風呂場の排水溝と玄関を掃除して食卓へ向かう。今日は直が当番なので、気が楽だ。ちなみに俺より料理上手である。


「「いただきます」」


 二人で手を合わせて、喫食する。今日はカレーだった。


 一口頬張る。


とてもうまい


「直ちゃんって彼氏いないの」


 ふと気になったので聞いてみる。


「いないよー」


「じゃあ好きな人は?」


「いないよー」


「……告られたことある?」


「まあ、何度か」


ないよーじゃないんかいっ


 直は顔立ちが母に似て整っているのだ。俺は父似だった。まあ、逆よりは良いか。いや、よくない。


「いきなりどしたの?」


 キョトンとして、妹が聞いてくる。


「いや、なんか今日隼とそう言う話をしててたら、相撲を取ることになって」


「ん?文脈もっと考えて?」


「だってっ!俺だけそういうのがないんだぞッ!?」


「よーしよし、私がいつでも相手してあげるからねぇ」


「というか、まずクラスにともだち作りたい」


「かわいそうに……」


「おい憐れむな」


くそぅ、俺のエンドロールは登場人物が少なそうだ。


 今日のカレーは、なぜかしょっぱかった。

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