第六話
俺、
若干暗い雰囲気と、音のしないカーペットの感触は緊張感とワクワクを演出する。また、ポップコーンの香りや、立体感のある反響は日常とは異なる特別感を感じさせてくれる。邦画も洋画も、どちらも好きだが特に好きなのはミステリーものだ。正直、全然推理などはできないが、見終わった後に誰かの解説を見て『あの時のよくわからない描写はそう言う意味だったのか』などと、反芻するのがたまらない。
、、、長々と語ったが、詰まるところ――今日は、映画の前売り券を買いに来ていた。
何でも、アガサクリスティのリメイク映画が上映されるとのことで、にわかミステリーマニアの俺が観ないわけにはいかないのだ。わくわくしながら並んでいると、三つ前に並ぶ後ろ姿に見覚えがあった。というか、うちの制服だった。
人の視線に気付いたのか、その人物が後ろを振り返った。
「あっ先輩」
「ッ……おお」
後ろ姿からでも分かる圧倒的美少女感。薄々気付いていたが、俺の前に並んでいたのは、一年後輩の飛田あやだった。あれ以来、彼女とは話していない。なぜなら、会うのを避けていたからだ。とはいえ、学年も教室も下なのだから、元々会う機会も会う理由もない。
「……」
「……」
、、、気まずい。
不意に現れたものだから、なんというか心の準備不足だった。それに、知らない二人を挟んだ位置関係の俺と彼女は、人越しに会話するわけにもいかなかった。
けど、この方が良かったかもしれない、話さない理由ができて
自分に言い聞かせて携帯をいじっていると、
――なんかチラチラこっちを見てきた。
さらに、真剣な表情で顔を右に左に振って辺りを見回し、手でちょいちょいと小さく招いてくる。おそらく順番を抜かしてこいという意味だろう。
それはルールというかマナー違反だろう、、、あとバレバレだ
彼女がこちらに来るならともかく、横入りはいらぬ怒りを買ってしまう。彼女を無視して画面を眺めていると、バナーに飛田あやからのメッセージが表示された。
『ちょっとちょっとっ』
非常に煩わしいスタンプと共に。
『なんだ?』
『なんで無視するんですか!!??』
『そっちが来い』
そう返すと、彼女はやれやれとでも言わんばかりに首を振ってこちらへ向かってきた。
「やあワトソン君」「それ違うやつ」
「こんにちは先輩」
「よお、飛田あや」
「ふふっ、なんでフルネームなんですか」
楽しげに笑いながら、隣に立った。
「なんだか順番遅らせちゃって悪いな」
結局、後ろに来てくれる彼女は優しかった。
「いえいえ、別に即刻売り切れるようなチケットでもないですし」
「そっか」
交と飛田あやは、少しずつ進む列に行儀良く待つ。彼女が沈黙を破った。
「ところで、先輩はどなたと行くんですか?」
「一人だけど」
「おお、大人ですねぇ」
馬鹿にしているのか、感心しているのか。おそらく前者だろうが、飛田あやは三日月に上げた口元を抑えながらそんなことを言った。
ただ、、、
飛田は?なんて聞いても余計に傷つくだけなので、代わりに、
「こういう映画好きなのか?」
質問すると、
「私は付き添いです」
と、答えてきた。
結局傷つくのは変わらんのかい
現実は非情であった。
「……」
「それよりっ、先輩も
心の中で意気消沈していると、飛田あやがあるバンド名をテンション高めに聞いてきた。
「えっ」
突拍子もない質問に面食らう。
「あっすいません、さっきロック画面見えちゃって……」
どうやら、隣に来た際、ロック画面に表示されたバンドの曲名がチラッと見えたらしい。俺が、並ぶ間聞いていたためだ。
「あーそういうことね、好きだよ」
すると、彼女は目をキラキラ輝かせ、
「私もなんです!あのベースの重低音がたまんなくて!」
若干興奮気味に答えた。
彼女の姿勢が少し前屈みになり、思わず仰け反る。
顔近っ、、、
「その……好きって言っても、メジャーな曲知っているくらいで……」
「大丈夫です!私が布教しますっ、まず聞いて欲しいのは――」
グイグイ来る。そこからは、彼女の熱弁をひたすら聞かされた。
「――というわけです!それ聞いたら一緒にライブ行きましょ、らいぶっ!」
彼女は滔々と語り終えると、締めくくるように誘ってきた。
「あーはいはい」
だが、勘違いしてはしてはいけいない。これは、社交辞令だ。浮かれて『いいよー』などと答えようものなら、『えっ』と、聞き返されて地獄の空気へと早変わりだ。
ただ、、、
やっぱ可愛いんだよなぁ
先ほど、彼女の顔を至近距離で見たときもそうだが、どうしても勘違いしたくなる美貌なのだ。失恋したばかりだというのに、浮かれた自分がいやになり、そんな自分を隠したくて。
「別に、行く相手ならいるだろ。この映画一緒に行く奴とか」
照れ隠しに出た言葉は、鋭い刃となって自身に突き刺さる。
「ああ、なんか大きい音苦手らしいんですよね」
映画も音大きいだろ、、、
案の定、返ってきたのは知りたくもない相手の情報。やぶ蛇過ぎて、モヤモヤが止まらない。たまらず後ろを振り返る。
「あっ」
間の悪いことに、偶然通りかかった隼と目が合ってしまう。彼は、非常に勘違いしていそうな相貌でこちらを見つめていた。それは、青狸のあたたかい目のようだった。
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