小咄




「帰り、ちゅんちゅん行く?」


「いいね、中華食べたい――」


 近くで、クラスメイトがこのあと何するかについて話している。放課後、堰を切ったように騒ぎ出す生徒達をよそに俺はそそくさと学校を後にした。


 いつもの公園に入ると、何やら一心不乱にスマホを操作している隼がいたので、何事かとのぞき込むと――



――


「……意外だな、じゅんがそういうのやっているのは」


 その声ではじめて気付いたようで、はっとして上を向くと言い訳を並べた。


「あー、別に普段はやらないんだけどね、CM見てたら100連無料ってあったからさ……」


「あるあるだよな――で、なんてアプリ?」


「これこれ」


 そう言って、隼はアプリのアイコンを見せてきた。



 隣に腰掛けて、画面をマジマジとみると、変な怪物の姿が映っている。最近、学校でも流行っているゲームだ。


「……ふーん、今イベント中なんだっけ?」


 ただ、俺は過去の失敗からこのようなゲームを敬遠していた。


「そうそう!今3周年らしくて色々忙しいんだよっ――どうしようかなぁ」


 いきなり頭を抱え出す隼が、普段の冷静さとあまりにもかけ離れているので、少し引いた。


なんかキャラ変してね?


「ど、どうしたんだよ」


「いやぁ――課金……しようか迷ってて」「絶対ダメだっ!」


 俺は、反射的に言う。


「えっ」


 隼はビックリして、交へ振り返った。


「いいか、隼。ガチャは――脱法ドラッグだ」


「ええぇ?」


 唐突に、あまりにもなことを言うこう。続けて、交は言った。


「一回でも……一回でも課金するとなァ――ラインが下がるんだ」


 今度は交が豹変した。隼は、あまり引かなかった。


「ら、ライン?」


「そうっ、二回目はこう思う、『この間、一回使ってるしなぁ、少額だし、大丈夫でしょ』と」


「で、でも今回迷っているのは初心者応援セットみたいな、一回きりのやつで……」


「イケないなァ、イケなーいよ、じゅんくぅん~」


 ただ、いつも以上にキャラが変わる交に、隼はやっぱり少し引いた。


「問題は、用途や金額ではないのだよ、ジュンくん。『ゲームで課金した』この事実が未来の自分を誘惑する悪魔になり得るんだ」


「あ、悪魔って大げさな」


「『100円なら、大丈夫。500円でも、昼食一回分だし。600円はー、まあ前回と100円しか変わらないし』こんな感じで、どんどんどん警戒心が緩んでく」


「……」


「特に、ゲームはインフレ化してくから、前回よりも緊急度や優先度が向上していく。だから、前回よりも高い金額が要求されるんだ」


「な、なるほど……」


「さらに、天井のないガチャや、防具、サポーターなどのサイドガチャまであると最悪だ。保障がないから下手すら大金をつぎ込んだ上テに入らない可能性がある。そして思うんだ、『あれっなんでこんなのに金かけたんだろ?』ってな」


「――えらく実感が伴っているね」


 あまりの迫力に、我に返り始めた隼。


「ふっ、俺にも色々あったんだ」


 どこか遠くを見るように、交は悟り顔で言った。


「あー時間戻したいッ!」


 急に叫びだした交。とても怖かった。


「ち、ちなみに……おいくら万円飛んだの?」


「……」


 夕日に照らされた交の視線の先には――烏がかなしげに羽ばたいていた。



 結局、課金をやめた隼だった。

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