第五話




 昼食後、2人は特に使えるお金もないので、遊ぶこともせずモールを後にした。そこからほど近い場所にある展望台へと向かう。町の名所として、市主体が推しているこの展望台は、無料で街を一望できる眺めを提供していた。


「「おお」」


 二人は感嘆して声を上げる。とは言っても、この市を知らない者にとっては別段見るものはない。しかし、馴染みある場所が見えるのは、下手をしたら東京スカイツリーより面白いかも知れない。それぞれの家が見えるだの、あの場所に言ったことないだの、二人はそれなりに盛り上がった。


「おっ、あそこが俺の家だな」


「へえ、自分の家って、遠くからでも分かるもんだね」


「なー」


「そういえば、あの辺まだ歩いたことないよね」


「今度言ってみるか」


「うん……」


 じゅんがやけに静かだった。チラッと隣を見る。隼は、物憂げに街を眺めていて、なぜだか、彼が遠くに行ってしまいそうで不安になる。


「隼?」


 つい、名前を呼んでしまった。


「……ん?」


 しかし、振り向いた隼はいつもの彼に戻っていて、その心の内を見せてくれることはなかった。


 15分ほどで外に出ると、曇り空が広がり生暖かな風が2人の間を通り抜けた。


「なんか一雨降りそうだな」


「早めに帰ろうか」


「隼の家は公園の近くって言ってたよな」


「そうだね、ここから15分くらい」


 気持ち早足で帰る2人だったが、一足遅かったようだ。ポツポツと手の甲に冷たさを感じるかと思えば、すぐに豪雨に変わった。


「うわっ!?いきなりだな!」


「とりあえずどっかで雨宿りする……っ?」


「いやっ、ここまで来たら家近いから走ろうぜっ?シャワー浴びてけよ」


 あっという間に服はずぶ濡れとなり、靴も水が染みこんで気持ちの悪い状態だ。


「えっ……い、いや、それは流石に申し訳ないよ」


「言ってる場合かっ」


「あっ」


 妙に引き気味の隼の手首を掴み、急いで交宅へと向かった。



「ただいま」「お、おじゃまします」


 恐る恐る入ってくる隼を微笑ましく思いつつ、玄関で待たせている彼のためテキパキとシャワーの準備を進めた。


「じゃ、浴室はここだから先入ってて。後でタオルとか持ってくる。服は俺ので良いよな?」


 幸い、浴室は玄関ドアから一番近い場所にある。


「うん……なんか申し訳ないな」


 心底済まなそうな顔で謝る隼。



「こちらこそ、狭い家で悪かったな」


「ちがうちがうっ……あー、


「よろしい」


 2人でクスクス笑い合っていると、バタバタと音がした。音だけで、うるさい奴と分かるような足音で妹がやってきた。


こうおかえ……ってぁああ!?隼君だー!」


「久しぶり、なおちゃん」


「うそ、やだイケメンっ。コレが本当の水もしたたるいい男ってやつっ」


 ハイテンションでまくし立てる直は、アイドルに遭遇したファンのようだった。


「そんなことないよ、直ちゃんも、一段と可愛くなったね」


「もぉ、お上手~、あっ早く入らないと風邪引いちゃうよね。また後で話そっ」


「直、お茶頼む」


「はいよ~」


 お菓子あったかなぁ、といそいそリビングへ消えていく直を見送り、二人は順々にシャワーを浴びた。二人掛けのソファに俺と隼が座り、妹は椅子を持ってきてテーブルを挟んだ向かい側に座った。


 膝ほどのテーブルには、妹の好物であるチーズケーキとコーヒーが並べられている。


「丁度頂き物あったんだった。それにしても……」


 妹が嬉しそうに口を開いた。


「久しぶりだね!何年ぶりだろ?3年ぐらい?」


「そうだね、前は公園であったっけ」


 矢継ぎ早に質問する直に、隼はゆっくり答える。こうして談笑する2人を見ると、美男美女が久方ぶりの再会を果たしたような、まるで織り姫と彦星である。


俺マジで牛じゃん、、、い、いやいやっ、せめてデネブであってほしい


 しばらく話し合った後、隼の服が乾くまで時間があった。三人は、家にあるゲーム機で遊ぶことにした。


「ヨシッ、妹よ!徹底的にこのアホ鳥どもを下へ叩き落としてやるのだッ!!」


「サー!奴らに地獄を見せてやりますっ!」


「2人とも人格変わりすぎ…」


 今やっているのは、フラミンゴ同士で相手を場外へ吹っ飛ばし合う対戦ゲーム、通称『スマフラ』だ。最大8人までプレイできるこのゲームはチーム戦が行えるため、3人のチームと、コンピュータ操るNPC5体で対戦している。



 この回は、黄色いフラミンゴを操作する直が相手の復帰タイミングで、一定時間動けなくさせるしびれる羽をお見舞いし、終了した。


「それにしても、――直ちゃん上手だね」


 一方、普段あまりゲームをしない隼はNPCにボコボコにされていた。一番強い設定でやっているのだから当たり前なのだが。


「練習したからね~、交も今ではただのサンドバッグ」


「オイオイオイ、次――やるか」


「来な――まとめて相手してあげる」


 その後も、ワイワイプレイしていた。飲み込みが早いのか、隼も後半になってくると段々戦えるようになってきて、最終的には俺と隼の二人がかりで妹と互角の勝負を繰り広げた。時間はあっという間に過ぎ、そろそろ帰りの時間がやってくる。


「また、いつでも来てね」


「……ありがとう、直ちゃん」


 名残惜しくて、駅までついて行くことにした。





 帰り道、隼がぽつりとこぼす。


「俺さ、友達の家に遊びに行ったのってほとんど無いんだよね」


「……」


 安易に触れて良いか悩んだ末、俺は無言を選択した。


「正直、他人の家に入るのって緊張するし抵抗があったんだけど――今日は楽しかった」


 そう言った隼の横顔は自然な笑顔で、嘘ではないことが伺えた。


「それはよかった」


「あんなふうに友達と遊ぶことなんて初めてだったから、なおさら」


「妹も楽しそうだったよ、もちろん俺も」


 友達と家で遊ぶのが初めてとは、何か事情がありそうだが隼は触れて欲しくないような雰囲気だったので掘り下げることはしなかった。実際、俺も他人を家にあげることは滅多にしない。


「そっか、それにしても仲良いんだな兄妹」


「どうだろう……他の家の兄弟事情を聞いたことがないしな……でもまあ、仲は悪くないんじゃないか。親が共働きで2人で過ごすこと多かったし、妹も社交的な性格だしな」


「ははっ、たしかに直ちゃんモテそう」


「実際モテるらしい、母に似て美形だから」


「ははっ、俺は一人っ子だから……


 蛍光灯に照らされる隼の横顔は、あまりにも儚かったものだから、思わず声が出た。


「また、家に来ればいいよ。まだやってないゲームもあるからさ」


「――ありがとう、交」



 ここまででいい、と言ったので隼とは公園で分かれた。陰を歩く隼の背中は、少し小さく見えた。

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