第四話




 家の最寄り駅は、巨大な商業施設が隣接していた。大抵の住民がそこで生活のあれこれを購入している。部活に所属していない俺は、休日にやることがないため、暇つぶしに来ていた。


「「あっ」」


 本屋でめぼしい漫画がないか物色していると、じゅんに会った。


「なんか面白いのあった?」


 隼が目の前の本を手に取りながら聞いてきた。


「うーん、コレなんかは面白いって聞いたけど」


 オージから教えてもらったこの漫画は、不死身となった主人公が死ぬ方法を探すため、仲間と共に冒険するというファンタジーモノだった。


「へぇ、今度読んでみようかな……」


 興味深そうに回る隼を見て、ふと思う。


そういえば、隼ってあそこ以外で何してんだろう……


 隼とは、公園以外であまり会うことがない。普段は気にならなかったが、こうしていつもと異なる場所で会うと、隼がどう過ごしているのか非常に気になった。


聞いてみたい……ッ、でもどうやって?それに、本当に聞いても良いのか?


 散々悩んだ挙句、人間ご飯の時が一番口が軽くなると思った。幸い、一階にはフードコートが所在する。ここは、自然に食事へ誘おうと、一冊の本を指さしながら言った。


「そ、そういえばさ、この漫画、飯の描写がマジで上手そうなんだって……ほら」


「へぇ、どれどれ……あっほんとだ、この天ぷらとても美味しそう」


「――というわけで飯いかね?」


「……恐ろしく自然な導入だね」




 フードコートのうどん屋で昼食を取ることにした。


「あっ、あそこあいてる」


 休日でそれなりに混んでいたが、丁度2人席が空いていた。一つのテーブルを2人で囲いながら、うどんをすする。


「隼って、うどん好きなの?」


 七味を入れながら、尋ねる。途中から淹れるのがミソだ。少ない量で、より辛さを感じられる。


「好きだよ、定期的に食べないと手が震える」


「なんでうどんに中毒作用があんだよ」


 隼が、真似するように七味を手に取った。


こうは?好きな食べ物はないのか?」


「マンゴー味のするもの」


「へぇ、じゃあ嫌いなものは?」



 隼は静かに七味をおいた。


「……謎かけかな?」


「……なにが?」


「本当にマンゴー味のするものが好きで、嫌いなものはマンゴーって言った?」


「マンゴー味のするものが好きだけど、マンゴーは嫌いって言ったね」


 隼はうどんと共に疑問を無理矢理呑み込んだ。2人はしばらくの間無言で食事を進める。


ズズズッ、ズズズッ


 向かいで、自分と同じようにうどんを食べる隼をチラリと見た。


どうしてだろう、、、隼とは無言でも気にならないんだよなあ


――むしろ心地良さすらある。恥ずかしいから言わないけど






 数日前を思い出す。


「「かける派だね」」


「うわ、ありえねぇ、そのまま一択だろ」


 回高屋のテーブル席にて。俺たち三人の間には、ネオジムな磁石きずなで結ばれた関係を壊しかねない程の対立が発生してしまった。題して、


『納豆はご飯にかけるか、そのまま食べるか』


である。俺の向かいにはイかれた食べ方をする2人が座っており、奇しくもそのまま派対かける派の配置となった。


というか、今日も2人で並んで座るのか、、、まあ、いいけど


 俺の隣には、3人分の鞄が押し込まれるように積まれているのみだ。孤軍奮闘である。


「だってさ、ご飯に乗っけちゃったら他の惣菜とご飯のマッチが不可能になるんだよ?どうすんの?餃子とかシュウマイとかあったら」


 "先手必勝"という言葉があるように、まずは機先を制した。


「いやいや、餃子とご飯で楽しんだ後最後にかけりゃいいじゃん」


オージが反論すると、


「箸も汚れないし」


前川も追随する。


「なんで納豆ごときに食べる順番指図されなきゃいけないんだよ、あくまで主導権は俺でいたい」


「でもさ、納豆ってそのままだと食べづらくない?かければ、納豆の乗ったご飯をすくえば良いんだよ?」


「箸も汚れるしな」


「箸は味噌汁で洗えば良いでしょうがぁ!」


何なんだ、前川の箸へのこだわりは!?ネバネバな箸に恨みでもあるのか!?


 ここで、オージが穴を見つけたとでも言わんばかりに勢いを増した。


「さっきから、オプションが多いな!シュウマイとか味噌汁とか」


「それに、そのままだと味が濃すぎるんだよな」


 前川も、ついに箸以外の点に触れた。


なんだろう、毎回二人から反論来られるとメンタルにくるなぁ


 だが、負けじと言い返す。


「逆に、ご飯のせいで納豆薄くない?」


 すると、前川はドヤ顔でこう言った。


「知ってるか差波さしなみ、そういうときは2パック入れるんだ――トぶぞっ」


「普通にずるいな」


 やはり、多勢に無勢だ。誰か援軍が欲しいところではある。もしくは、こいつら仲間割れしねえかな


「ん?ちょっとまて」


 その時、俺の切実な祈りが納豆の神に届いたのか、はたまた納豆の悪魔の気まぐれか、前川が切り出した。


「オージに聞きたいんだけどさ。納豆をご飯にかけた後――どうしてる?」


「え?普通にそのまま食べるけど?」


「……かけた後、全体をぐちゃぐちゃに混ぜないのか?」


「するわけないじゃん、絵面汚いし、それもうただの豆ごはんだし」


「オイオイオイ――どうやら久しぶりにキレちまったぜ」


まさかのかける派に派閥があったとは


 こうして納豆の食べ方抗争は三つ巴のカオスな戦場となった。このまま延長戦に持ち込まれるのかと思われたその時、オージが席を立った。


「ごめん、おれちょっとお小水」


 そう言って、いそいそとトイレに向かった。


「「……」」


 その場に沈黙のとばりが降りる。


一人消えて、我に返ってしまった……


「なんか、冷静になるとくだらないよな」


「ああ、そうだな」


「「……」」


気まずい……前川って何考えているのかいまいち分からないんだよな


 この世の誰にも、態度を変えたことがないのではって程すました顔の前川は、この沈黙の中でも我関せずといった表情だ。


昔は、そんなことなかったんだけどな、、、


 実は、1年の頃前川の方がオージより先に仲良くなっていたのだ。新たな歯車の登場で、不必要になった部品になった気分である。


なんか……いやだな


 必至に話題を探すのも、興味を引いているか一々窺うのも窮屈だった。





「……。……ぅ。交っ」


 隼の声で、現実に引き戻される。


「えっ?」


「……そんなに見られると食べづらい」


「あっ、悪い、、、考え事してた」


中性的な顔立ちの隼が女性のように照れると、新しい扉が、、、いや、これ以上はいけない


「そ、そういえば、隼は今日何しに来たんだ?ていうか普段何してんだ?」


 馬鹿馬鹿しい考えを掻き消そうと、慌てて話題を作ろうとすると、つい出てしまった。


 すると、隼はキョトンとした表情を浮かべ、笑いながら言った。


「ははっ、黙り込んだと思ったら今度は質問が多いね……今日は参考書を見に来ていて、いつもは夏休みの宿題してる」


「えっ!?隼のとこってもう夏休み!?早くない?」


「違う違うっ、僕だけ家庭の事情で特別に」


「ああ、おじいちゃんの意向だっけ」


「そうそう」


「へえ、そういう融通って効くんだな、高校は」


「義務学校じゃないしね。まあ、本来ダメなんだろうけどうちの祖父が強引でさ、宿題増やす代わりにって」


「はぇ~知らなかったわ」


聞いちゃ悪いかなって思ってたけど、あまり気にしてなさそうだ

 

 長年の疑問がようやくあっけなく解決した。


それにしても、今日は話題とかあらかじめ決めなかったな


 薄々気付きつつも、交はそっと蓋をした。

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