45・勧誘

 あれから俺は暁龍シァロンの尋問の度に呼び出されることになった。主に通訳の仕事みたいなもんだが予想以上に面倒だ。

 何度も同じことを確認させられるし、何故か俺が不満を言ったように捉えられる時もある。それ以上に歯がゆいのが鍛錬の時間が減っている事だ。

 一刻すら惜しい。もっと鍛えて強くならなきゃなんねぇのに、これじゃあそれも叶わない。


 いつも通り連日の尋問が終わって牢屋に戻す時。すっかり奴と一緒に歩くのも慣れていたけれど、それが好機に思えた。


「なあ、久しぶりに身体動かしたくないか?」

「なんだよ急に」

「いいから、どうなんだよ」

「……そりゃずっと動いてねえから思うけどよ」


 やっぱりな。こいつは策を弄さなければ俺より強い。真っ向勝負なら全然違うはずだ。


「よし、んじゃ模擬戦でもしようぜ。木刀取ってくるわ」

「はあ? お前本気で言ってんのかよ?」

「なんか問題あるか?」


 驚きと呆れた顔で俺を見る。今はちょうど夜だし、牢屋近辺は人がほとんど通らない。見張りも俺が報告してから戻ってくるし、まだ十分に時間はあるはずだ。


「敵国の将を捕らえてやる事が模擬戦とか馬鹿なのか?」

「はん、それで結構だ。こっちとらお前に付き合わされて鍛錬不足なんだよ。ちょっとぐらい付き合え」

「自由にしたら逃げ出すとは思わねぇのかよ」

「そうなりゃ俺がお前の国に乗り込んで暴れまわってやるよ。そういう約束だしな」

「は、無理言うなよ。お前一人でどうにかなるほど、俺たちの国は小さくねぇよ」

「かもな。だが――」


 暁龍シァロンは俺のことを知らない。誰もが不可能と思っていても、俺はやり遂げる。それこそ何度死んでも必ず、だ。


「俺は必ずする。出来るかそうじゃないかなんて問題じゃねえ。どんな大きくてもやると決めたらとことんやる。それだけだ」


 暁龍シァロンを連れて適当なところから木刀を拝借して戻る。いつも持ち歩いている短刀で縄を切って離れたところで構える。


「ほら、お前もしろよ」

「ちっ……どうなっても知らねぇからな」


 ゆっくりと木刀を構えて飛び出す。まるで弓矢みたいだ。

 下から振り上げる斬撃を受け止めて間髪入れずに一回転しながら片手で放たれた上からの一撃を防ぐ。

 弾いて顔に向かって突きを繰り出すと顔を倒して逸らされる。その間に脇腹に重たい衝撃が走った。気付いたら木刀で強かに打ちのめされたようだ。


「くっ……」


 離れてもすぐに詰められてしまう。それなら――!

 思考中に横薙ぎの一撃が飛んできて、受け止めると同時に片手を話して暁龍シァロンの頭を掴んで膝蹴りを放つ。


「がっ、ぐっ……!」


 たまらず後ろに数歩下がった好機を逃さず、喉元に刀先を突きつける。それと同時に奴の目に火がついた。乱暴に木刀を振り上げて俺の得物は空に舞い上がる。そっちに意識が向いた瞬間に胸ぐらを掴まれて引き倒され、木刀の刃部分を首筋に当てられる。


「はっ、はぁ……」


 荒い息が聞こえてくる。焼けるような目をして、獰猛な狼のようだ。それが最高に心地良い。


暁龍シァロン

「あぁ?」

「お前、俺に降れ」

「はあ?」

「このままお前を腐らせんのは惜しい。だから俺の下で働けよ」


 今にも噛みつきそうな顔で俺を見てる。気持ちはわかるさ。いきなりこんな話、あり得ねぇからな。


「……ふざけてる訳じゃねぇよな。その意味、分かってんのか? お前、間者だと疑われても文句言えねぇぞ」

「んなもん、最初からどうでもいいんだよ。俺に必要なもんをお前が持ってる。なら、答えは一つだろうが」


 沈黙が支配する。目の前のこいつは怒ってるのか戸惑ってるのか……よくわからない。ただ、嫌がってるようには不思議と見えなかった。


「……俺は華の将を任せられていた。今頃は死んだ扱いにでもされてんだろうけどな。それでも祖国の奴らに穂先を向ける気は無い」

「それでいい。お前が戦いたくないならそれでもな」

「なんでそこまで俺を欲しがる? 何が目的だ?」

「一々言う必要ないだろ。……まあ、配下になるなら教えてやる。少なくとも今よりは自由に過ごせると思うが……どうなんだ?」


 木刀が首筋から離れる。よろよろと離れて俺に背中を向けた。


「……考えさせてくれ」


 それだけ呟いて木刀を置いた。今はまだそれだけで十分だ。こいつには俺の鍛錬の相手になってもらわないとな。

 爺さんだけじゃねえ。もっと色んな強い奴と戦って、それ全部を力に取り込む。

 復讐が果たせるなら、俺はそれでいい。それ以上は望んでない。


 だから必要なんだ。暁龍シァロンが。他の働きなんか期待してねぇしな。

 いつものように牢に入れて見張りに鍵を渡す。その間もずっと、あいつは難しい顔をしていた。


 ――それから数日。絶えず行われる尋問に、それが終わった後の軽い運動。次第に動きに精彩さを取り戻してきた暁龍シァロンに勝つことが難しくなってきて、負けが続いたある日。


 その時もまた互いに木刀を振っていた。迫り来る刃をかわして斬撃を放つ。身体を捻って半回転で避けられ、その勢いで横殴りに振り回されて、強かに腕を打たれる。


「くっ……!」


 ここ連日痛みには慣れてきた。木刀を片手で持って振り回して反撃すると、奴は距離を取って間合いを測る。


「は、やっぱあん時俺に勝てたのはまぐれかよ」

「減らず口叩くなよ。まだ十五戦十敗なだけだ」

「五勝しか出来てない時点でお察しなんだよ!」


 飛び込んでくるのに合わせて木刀を構える。最近は腕を打ちつけられたら、残った片腕で戦うようにしてるからか、今は若干不利って感じだ。

 暁龍シァロンと違って俺の身体は小さい。その分を鬼の力で補ってるけど、単純な地力はあいつの方がある。

 突き、薙ぎ、振り下ろし。それらをかわして潜り抜けて、乱暴に木刀を地を走るように振り上げる。防御に回った暁龍シァロンの木刀とぶつかり合ってみしみしと音を立てる。構わず振り切って、一歩接近しながら返すように振り下ろす。

 首元まで近づいたところで寸前で止める。少し離れたところに木刀が落ちる音がして、決着がついた。


「俺の負けかよ。相変わらず恐ろしい膂力りょりょくだな」

「そう何度も負けるわけにはいかねぇからな」

「はっ、だとしても自信無くすぜ。武勇には自信があったのによ」


 ため息混じりにおどけた感じで木刀を拾いに行った暁龍シァロンの動きが止まる。


「なあ」

「あん?」

「前に聞いてきただろ。軍門に降れってよ」

「ああ、あれか」


 未だに返事がもらえていない。というか、俺も考えなしに言葉にしたもんだな。


「お前は正直何考えてんのかわかるようでわからん。馬鹿まっすぐかと思ったら、なんでそんな答えになるのか不思議でしょうがない」

「悪かったな」

「はは。……だから、お前が何を成すのか見届けてやるよ。あれ、受けるぜ」


 一瞬こいつが何を言ったのか理解できなかった。頭の中がぐちゃぐちゃになってる俺を怪訝そうな顔で見てる。


「お前から話を振っておいてそれはないだろうが」

「まさか本当に受けるとは思わなかったんだよ。あれは口からついでたというかだな――」

「なんでもいいさ。ある意味きっかけになったしな。俺はお前の――出鬼殿の下につく。それ以上言わせんなよ」


 呆然としたままだけど、身体はいつも通りに動いて、なんとか奴を牢に戻して部屋に戻る。横になると同時にさっきまでの出来事が頭の中に蘇る。


「……そうか」


 天井を見ながら呟く。また一歩近づいた気持ちになった。

 あいつがまさか俺につくとも思わなかったし、敵のままで終わると思ってた。それだけにこの変わり身は意外だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る