44・尋問

 開城した後に華の連中の姿はなく、残っていたのは降伏した天津原の兵士と将だけだった。くまなく探索していると華の連中がいたと思われる辺りに転移陣が張られた跡を見つけたそうだ。主要な奴らはそれで逃げてしまったのだろう。


 俺は暁龍シァロンを見張っていたから端的な情報しか得られなかったけど、大体そんな感じだ。

 離れたらこいつも危ないし、騒動を起こされて俺が吊し上げられるのも勘弁だったからな。


「出鬼。始道様が呼んでるぞ」


 最前線から戻った俺に壱太は声を掛けてきた。じろりと暁龍シァロンを睨むのも忘れてない。


「そいつも一緒に連れてこいとの事だ」


 暁龍シァロンも一緒に……?

 多分色々聞きたいんだろうけど、わざわざ俺と一緒というのがよくわからん。まあいいか。


「わかった」


 あれから頑なに言葉を話さない暁龍シァロンは今にも襲いかかって首を噛みちぎりそうな顔をしてるんだが、爺さん達が遅れをとるわけがない。言われた通りにしておこう。


 ――


「来たか」


 部屋に入っての第一声がそれだった。

 真剣な顔をする二人は険しく眉根を寄せている。天狗の大男と月白の爺さん。前も見た光景だ。

 そして二人の前に俺が座り、後ろに暁龍シァロンに座ってもらう。ずっと立ってるよりはましだろう。


「まずは此度の作戦、ご苦労であった。お主のお陰で反乱軍の拠点の一つを抑えることができた。今後の足がかりに使えよう。しかし――」


 鋭い目が尚更強くなり、矢になって射殺しそうなくらいだ。


「何故明華の者の首を獲らなかった? その者の首級があれば、より士気も高まったろう。慎重に答えよ」


 肌にひりつく程の威圧を感じる。少しでも言葉を間違えたら死ぬかもしれない。


「……この男が俺を殺したから、と言っても納得しないか」

「殺した? 何を――」

「俺はこいつに二度も負けた。多分地力じゃまだ勝てない。それが生かして連れてきた理由だ」

「随分と自分勝手を言うな。此奴は我が兵を数多に殺した強者。なれば首級を取って英霊達に報いるのが生きた我らが務めであろう」

「はは、なんだよそれ。報いる? それが出来るのはいつの時代だってそいつの縁者だ。外様で大仰に語るもんじゃねぇ」


 ここで死んでも俺はまた生き返る。なら、この命すら惜しくない。その覚悟を見せる必要がある。俺が強くなるにはこいつがいた方が都合が良い。


「仇討ちってのはもっと泥臭いもんだろ。地べた這いずり回っても。誰に蔑まされても必ず果たす。そんな昏く燃える感情に動かされるもんだ。それも出来ねぇ奴に文句を言われる筋はない」


 風切音が聞こえた。首に刃が添えられる。冷や汗が流れそうなほど重たい空気。爺さんも動かなかった。


「それを我が軍の前で言えるか?」

「言える」

「貴様が奴を手にかけねば仇すら取れぬ弱者だと罵るか?」

「やれと言うならやってやるよ。こいつは俺の獲物だ。それをどうするか、決めるのは俺だ。違うか?」


 お互い一歩も譲らない視線が交わる。


「出鬼」

「爺さんは黙っててくれ」


「よかろう。貴殿の獲物だと言うのであれば、それが何かした時、どう責任を取る?」

「こいつを殺して俺が一人で華の連中を出来る限り殺す」

「首を刎ねられる覚悟はないと?」

「満足するならそっちでもいいさ。だけど俺は生憎死んでも意味がないからな」

「……どういう意味だ?」

「言葉通りだ」


 俺は死んでも生き返る。なら、そんな簡単なものより延々と死地に赴く事こそ罰になるはずだ。


「……負けたわ。好きにするがいい。ただし、其奴の情報は貴重だ。尋問をする際は必ず立ち会い、全てを伝えよ。よいな?」


 こくりと頷いた俺に納得してくれたのか、この話はこれで終わりとなった。


「其奴は僅かでも天津語は話せるか?」


 ……どうだろうか? 俺には誰も同じように聞こえる。


「おい暁龍シァロン。お前、こっちの国の言葉は話せるのか?」

「話せるわけねぇだろ。俺と話せんのはお前だけだ」


 そのことをそのまま伝えると、爺さんも大男も眉をひそめていた。


「わかった。今日は下がれ」


 結局それ以上質問されることもなく、俺は暁龍シァロンを牢に戻すことになった。


「ほら、早く入れ」


 舌打ちをして入った奴の後ろで扉を閉めて鍵をかける。

 どっかりと腰を下ろしてこっちを向くこともしない。


「なあ」


 それを見届けた俺が帰ろうとした時、ぼそっと声を掛けられる。


「なんだ?」

「お前、なんでそうまでして俺を助ける? お前に何の得がある?」

「答えはあの時に答えたと思うが」

「あれが本心だって? あの二人に真正面から言ったことが? そんな理由で本当に納得すると思ってんのかよ」


 やけに疑ってくんな。まあ、当然か。俺でも信用できないだろうしよ。


「一つ。聞きてえことがある」

「……国の事を教える気はない」

「安心しろよ。そんなもんどうでもいい。お前、リンブルスとホーグズって名前、聞いた事ねぇか?」

「はあ? 何を……」

「答えろ」


 まっすぐ見つめる。互いの視線が行き交って、暁龍シァロンが先に根を上げることになった。


「……始明華国よりも遠くにある国に近い名前のやつがいる。以前、門を使って侵攻した時の話だ。送った兵士達は数人を残して殺され、そいつらも恐怖で兵士としての価値を失った。そいつらの伝言で聞いた事がある」

「今その門は?」

「二度と使えないように壊した。奴らに使われても厄介だからな」


 情報としてはあまりいいとは言えない。結局遠いところにあるぐらいしかわかってねぇんだからな。


「国の名前は?」

「ヴァイクルヘイムって名前の国だ。冬は厳しい寒さに閉ざされている」

「なんでそこまで知ってる?」

「侵攻したのがちょうどその時期だったからだ」


 ここにきてようやく前進した気がした。

 まだまだ抱えている事は多いけれど、それでも……復讐するべき相手の国がわかれば、まだ調べようがあるからな。

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