43・恨み骨髄

 槍捌きが冴え渡る。あの火尖鎗かせんそうとか呼んでる槍を持った奴の動きは尋常じゃない。突きの速度が早すぎて熱も相まって残像が見えるくらいだ。

 しかも更に厄介なのが槍の穂先から炎が噴き出して纏うか打ち出すか選べるってところだ。

 戦い方がいくらでもある奴の動きを予測するには俺の経験不足がついて回る。それでも――


「放て!!」


 合図と一緒に【鬼火】で生み出した蒼白い炎の内、三つが光の線になって打ちだされる。


「ぐっううぅぅああ!」


 二つを避けて最後の一つを真正面から受け止めた暁龍シァロンは両足で地面を擦りながら後退する。その間に再度【鬼火】を発動させて五つに戻す。


 ぶん、と槍が空気を裂く音が聞こえて、奴の睨む顔が目に入る。


「やってくれたな! 出鬼ぃぃぃっっ!!」


 暁龍シァロンは槍を構えて突っ込んできた。地面を踏み締める音が聞こえて、刺突が放たれる。速い。


「は、ははは!」


 槍に刀で勝つには三倍の差が必要だって言われてる。間合いや対応の早さ。色んなものが問われるからだと。

 俺と暁龍シァロンならあいつの方が技術も経験も上だ。何度も相対し、打ち合ったからわかる。認めてやるよ。普通じゃまず勝てない。


 それでも俺が負ける事はない。この戦いで勝利を得るのは間違いなく俺だ。


 槍が頬を掠めて過ぎていく。ちりちりと焼ける皮膚。それすら心地良い。奴の槍を通り抜け、自分の間合いに入り込む。即座に引いて迎え撃つ気だろうが、一歩遅え。


「【行け】!」


 俺の周りで待機していた鬼火に指示を送る。二つが飛び出すように弾みたいに飛び出した。


「なっ……!?」


 着弾。暁龍シァロンの槍が手元に戻ると同時に蒼い炎が奴の身体を焼いた。


「ぐああああぁぁぁぁ!!」


 一つが当たった時に全てを叩き込んで鬼火を更に生み出す。止まる事はない。迷わず刀を振り下ろして命を断つ。目の前の男はまだ死んでないのだから。


「ぐっ……くっ」


 刃が合わさる。炎の中にいてもそいつの目は妖しく輝いていた。


「俺に対して炎で対抗してきたやつはてめえが初めてだ」

「そうかよ。俺はあんな風に焼かれた事はなかったな」


 間合いを取ろうとする暁龍シァロンは嫌うように柄で払う。それを受け止めて斬り込み、畳み掛けるように振り上げる。


「くそっ、本当にただの小僧かよ。並の大人でもここまでじゃねぇぞ」

「並と一緒にすんなよ。俺は強くなる。まだまだ。もっと!」


 そうだ。まだこの程度じゃ足りない。仇を取る為には、こんなんじゃ物足りない!!


「【疾風連突】!」


 後ろに飛ぶように踏みしめ、力を入れずに放ってきた突きから風の槍が生まれて俺に襲い掛かる。なるほど、距離を取れないならそう来るか。


 そのうちの一つが右肩に突き刺さる。血が流れ、痛みが膨れ上がる。


「弱い奴が、でけえ事抜かすなよ! 【燃】!」


 身体が吹き飛んで奴の槍が炎を吹き上げて襲いかかる。叩きつけるように振り下ろしたそれは加速して俺に向かって来る。

 咄嗟に右腕を盾にして致命傷を逃れる。痛みが全身に迸って、燃える身体が蝕まれていく。


「がああああああ!?」


 肉の焦げた匂い。薄れそうな意識。


「はあ……はあ……」


 荒い息が聞こえる。それ以外なにも。


 ――勝つ。


 誰よりも。この世の中で一番。俺が渇望してる。

 勝利を。その果てにある復讐を。あいつらの命を掴み取るまでは、勝つと決めたなら成し遂げる! ひたすらに!! 貪欲に!!!


 決して倒れない。寄りかかるところなんてなくても構わない。この二本の足で立てるなら。


「……はっ、嘘だろ。お前……」

「勝つ」


 言葉を乗せる。魂が燃える。


「勝つ】」


 命が滾る。大地を踏みしめ、駆け出す。


「【勝つ】」


 全身を駆け巡る力。言葉にはそれがあった。目の前の男を倒す。刀に魂を込めろ。やる事をやれ。


「この……!」


 がくりと足が崩れる。俺の炎も奴の足を止める程度には効いていたらしい。なら、更に追撃を掛ける。


「【恨み骨髄】」


 あの日の無力を。踏みつけられた屈辱を。何も出来なかった弱さ。そして――奴らへの恨みを乗せた妖術。他人にぶつけるのは身勝手なんだろうな。だけどよ、お前にも一応殺された恨みがあるからな。晴らさせてもらうぞ。


「なっ……なんだ……これ……は……」


 動きの鈍くなった奴の顔が驚愕に滲む。視線が合う。まっすぐと俺を見たそれは、ふっと緩んだ。

 刀を振るう。横薙ぎの一閃が暁龍シァロンの首を斬り裂く……前に止めた。


「……なん、のつもり……だ」


 相変わらず動きにくそうにしてる暁龍シァロン。まあ、奴からしたら不思議なんだろう。


「三度目は俺の勝ちだ。この先ずっと、俺はお前にゃ負けねぇ。なら簡単だろうが」

「情けを掛けるのか! 俺に……生き恥を!! 晒せと!!」


 紅蓮の如く怒り狂う。武人のそれというのは本当に厄介だ。死ぬことが華のように語りやがる。


「生きてこそ為し得るものもある。尤も、お前は捕虜としての生活が待ってるだろうがな」


 笑いながら奴を通り過ぎる。今のこいつが動いても大した事はない。


「よくも……よくも暁龍シァロン様を!」


 むしろ厄介なのはこいつを助けるために襲いかかってくる連中。その全てが俺の領域に片足突っ込んでいく。


暁龍シァロン……!!」


 一人。また一人と動けなくなるのを横目に、三つの目が凄まじい形相で睨んでくる。

 俺の周囲に展開してた軍勢はぴたりと止まって静寂が広がっていた。


「……どういうつもりだ。鬼人きじん。まさか暁龍シァロンを人質にして――」

「ああ? んなもん興味ねぇよ」


 なんとなくこいつを殺すのが惜しい。そう思っただけだ。それをあいつに言うのは癪だったから黙ってるけどよ。


「首級を挙げれば名誉。死んでもそこには誉がある。……反吐が出るな。お前ら武人が何を大切に生きてんのか全くわかんねぇ」

「何が言いたい」

「首を晒されてまで守りたい名誉なんかねぇんだよ。だからこいつを生かす。生きてこそ道が見えてくる」


 じりじりと後退する三つ目。だけどわかってるだろ。逃げても城の中に戻るだけ。いずれ追い詰められる。


「……今回はこちらの負けだ。だが覚えておけ。お前は絶対、殺す!」

「やってみろよ。お前にそこまでの想いがあるならな」


 いくつかの部隊を殿に据えるような形で三つ目は奥に引っ込んだ。沈黙していた戦況はまた動き出して、こっちの兵士が一気呵成に攻め込む。

 いつの間にか槍が消えて疲れるように崩れ落ちてる暁龍シァロンと俺は、その様子をただ眺めていた。

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