42・戦いの鐘
次の日。城から出た俺達は敵の前で陣幕を張って、長期の戦に備える事になった。向こうの援軍が来ればまた乱戦になるだろうから、それまでに決着をつけたいというのがこちらの本音だ。
向こうに遣いを送って降伏勧告をしたんだが、まあ予想通り容易く切り捨てられてしまった。門の外から兵士の首が放り投げられたのを見るに交渉の余地は一切ないと思える。
「随分と怒ってるな」
「そりゃあお前があれだけ大暴れすりゃあな……」
俺の隣で呆れた顔をしたのはご存知鎌鼬の壱太だ。先に帰ってたのを知って驚きと嬉しさで涙目になったとは思えないくらいのしらっとした視線を送ってくれる。
「はは、あれだけであんな風になるなんて器が小せえにも程があるだろ」
「いいや、もしあそこが俺らの城で誰かが暴れたせいでお前が死んだんなら俺も同じようにするな」
驚いてちらりと壱太を見る。軽口を叩いているけど、真剣な目で城を眺めている。
「……そこまで仲良かったか?」
「寂しいこと言うなよ。あの――イシュティだっけ。彼女を一緒に助けた仲だろうが。それに、お前はなんだかんだ面倒見が良かったからな。助けられた恩もある。俺はお前の事、兄弟とおんなじくらい大切に思ってるよ」
「……はは、言ってて恥ずかしくねぇのかよ」
「全くないな。お前はどうよ?」
「俺は……」
言葉に詰まった。壱太とはそんなに長く一緒に馬鹿やったわけじゃない。イシュティを救い出す時くらいなもんだ。
その後はいなくなって、あいつらが襲ってきた。だからそんなに深い仲じゃないと思っていたんだけど――
「ああ、そうだな。お前が誰かのせいで死んだんなら、そいつは俺が報いを受けさせるさ」
昔の俺を知ってる奴。それで仲が良かった奴なんてほとんどいない。数少ない――『友達』と呼べるそんな存在。
気付いたら余計にこの戦い、負けられなくなった。俺は死んでも蘇る。何度でも。だけど壱太はそうじゃない。死んだら終わりなんだ。
そんなことを考えていると、矢が一本だけ空に向かって放たれ、続くように矢がニ本同じように撃たれる。城攻めの合図だ。
「行くぞ」
壱太が頷いて、俺達も動き出す。
軍勢として雪崩れ込むも、門が固く閉められていて中々難しい。前回は暗闇で崖側から登ったんだけど、今回はそうもいかない。矢が降り注ぐ中、動きが制限されるやり方なんかしたらあっという間に串刺しだ。
かといって俺自身は朱鎧のような特殊な武器を持ってる訳でもない。
「破城槌、準備完了しました!」
「よし、兵士達は破城槌を守りつつ警戒せよ! 盾構え!」
振り子の原理で大きな丸太が門を叩く。どしん、と強い音がして地面が揺れる。
「第二射――」
「隊長! 門が!」
破城槌で半壊した門から敵が姿を現した。本来有り得ない光景に驚きと戸惑いが浮かぶ。
そりゃそうだ。どこの世界に籠城してる最中に出て来る阿呆がいると思う?
だけどなんとなく分かってた。そいつは戦いを好んでるって。
「うじゃうじゃと……。東の猿共が」
朱い鎧。あの男は十文字槍を担いでどっしりとした足取りで歩いて来る。三つ目の奴と華の連中の紋様が入った鎧を着込んだ兵士たち。
「我が国は汝らに決して折ること叶わぬ刃! 夜明けを超え、華のように咲き誇る我が国の力、思い知らせてくれるわ!! 全軍――」
「――突撃せよ!!」
三つ目の男の言葉に兵士達が吠える。天津原の兵士が混じってないから、これは完全にこいつらの独断だ。普通なら有り得ない作戦。それを先導するのが朱い鎧の男。
「おおおおお!!」
振り回す槍がこっちの兵士の刀を払い、喉を突き、腹を裂き、首を狩る。一騎当千とも言えるべき進撃。
「はは」
喉が渇いてきた。目の前の光景が焼き付いて離れない。
「……出鬼?」
壱太の声が遠くに聞こえる。近くにいるはずなのに。
「ははは」
気分が高揚してくる。力が漲る。身体が熱くなる。こんなのは初めてだ。
今まで戦ってきて、ここまで昂った事はなかった。復讐さえできればそれで良かったから。そんな生き方に命を捧げてきた。
「はははははははは!!」
気付いたら駆け出していた。兵士達の隙間を縫うように走る。
全てが遅く感じられる。
槍を振り回して兵士たちの命を狩るその瞬間に俺は割り込んでいた。
「お前……!?」
「よう、三度目だな。会いにきてやったぞ」
刀を抜く。奴の十文字槍に合わせて弾いてやると、後ろに下がって警戒心を向けてきた。
「馬鹿な……お前はあの時!」
「悪りぃな。あんなんじゃ死なねぇんだよ。それよりよ」
刀を肩に担いで、指でくいくいっと挑発する。
「続きやろうぜ。俺が相手になってやるよ」
後ろから何かが刺さる音がする。多分、弾き飛ばした十文字槍だろう。驚いた顔の朱鎧の後ろ。兵士達の中にはどこか怯えた顔をしてる奴もいる。
「……いいだろう」
ゆっくり呼吸をして俺を睨む。
「今度こそ塵一つ残さず消し飛ばしてやる。生き返ることのないように、な」
「おう。やれるもんならやってみろ。お前にゃ無理だろうがな」
俺は死んでも蘇る。何度でも。それをわかってるのは俺だけだ。
「【
あの時俺を焼き殺した炎の槍。この朱鎧の切り札。それが再び顕現する。溢れる炎。感じる熱気。周囲の兵士なんか気にする必要ないと言いたいかのような陣。
「――【鬼火】」
無意識に言葉が漏れた。蒼白い炎が周囲を包む。五つのそれはばらばらに動くけど、俺の周りから離れることはない。
「そういえば名乗ってなかったな。俺は李
「出鬼。始道の家に身を置く小僧だ」
復讐に燃えて焦がれたこの身が焼ける。足りないほどに染めて、滾る。身体の熱が赴くまま、奴と刃を合わせる。
今、俺は確かに――
――生きている。
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