40・炎の魂 下

 二人が俺をにらんでいる間に背後の兵士に斬りかかる。突然のことに対応できなかった兵士は倒れ、周辺にいた奴も何が起こったのかわかっていない。その間に左右の敵を斬り捨て、辛うじて道を開く。


「なっ……てめえ!」


 声を荒げた朱鎧の事なんか知ったこっちゃない。俺に取っちゃこいつは必ず倒さないとならないってわけでもねぇし、まだ機会はある。


「はん、見合いしてんじゃねぇんだよ。そこの弱虫連中も指くわえて眺めてるだけならさっさと帰って母ちゃんの乳でもしゃぶってろよ」

「な、なんだと!? このくそ餓鬼がっ!!」

「本当のことだろ? 悔しかったら掛かってこいよ! ああ、その覚悟もねえか。誰だって怖いもんなぁ!! わかるわかる。命が惜しいんだろ? 目を閉じてやるから消えていいぞ。俺が許してやるよ」

「いい加減にしやがれ!!」


 襲い掛かってきた槍を半回転する要領で避けて、その流れで敵兵の首を狩る。それを皮切りに兵士達も意識が切り替わったのか、俺に襲い掛かってきた。


「ははは! こんな子供に何必死になってんだよ。……ああ、そうでもしないと簡単に首刎ねられるもんな。弱すぎてよぉ! たかだか小僧一匹に大人共がいいようにやられるなんて、生きてて恥ずかしくねぇのか? あぁ?」

「……っ! 死ねぇぇぇぇぇ!!」


 ははは、ぬるい殺気だ。槍の速度も爺さんや朱鎧の奴とは比べられないほど遅い。簡単に返り討ちにできるぐらいだ。ただそれでも一度火が点いた奴らを止めることは出来ない。怒りで続々と兵士達が押し寄せてくる。


「ちっ……【烈火――】」

「おい馬鹿! やめろ!!」


 慌てて止める声が聞こえる。そりゃそうだろう。この状況。下手にさっきの技を使ったら巻き添えになるんだもんな。一応表面上は仲間なんだからむやみに攻撃するわけいかねぇよな!


 暴徒になった兵士達の槍の雨を掻い潜り、隙を見て首を狩る。血油で切れ味が鈍くなったらそのまま捨てて、適当な死体から新しい脇差を回収する。少しずつ傷が増えてきても関係ない。


「こんの化け物がぁぁぁぁっ!」


 槍を避けた瞬間に違う兵士が脇差を抜いて割り込んでくる。そいつを横一文字に切り払うと、お構いなしの刺突が肩に突き刺さる。いよいよ連中も見境なしになってきたな。

 少しずつ壁に寄ってきて、死体の海が出来ていく。連携できない華の奴らは上手く手出しできないようで、見守るしかないってわけだ。


 壁を背にして、延々と戦い続けると、息が上がってくる。当然だ。呼吸も忘れるほど戦いを続けているんだから。刺突を放ってきた兵士の顔面を掴んで壁に押し付けて赤色を付けてやる。


「どけ! 雑魚どもが!! 引っ込んでろ!!」


 そうこうしている内にようやく主役がやってきた。殺気だってる兵士達を威圧して俺の前に躍り出た朱鎧だ。


「はぁ……はぁ……このくそ鬼が……!」

「なんだ。そんなに俺と戦いたいのかよ? 必死すぎて気持ち悪いぞ」

「うるっせえ!」


 刃を交える。やっぱ重たいな。こうでなきゃ困るか。


「どうした? 雑兵に攻撃させて疲れさせて……それでこの程度の攻撃しか出来ねえのか? 貧弱ならどいてろよ」

「あまり調子に乗るなよ。勝てないことぐらいわかってんだろうが」

「少なくともお前を道連れにすることくらい出来るんだよ。たった一人の小僧にかき回されて情けない技しか使えねえ奴と一緒なんて御免だけどな」

「だったら……」


 目に見えて怒りだす。これぐらいがちょうどいいか……いや、それとももっとやった方がいいか?


「喰らえや! 【烈火剣撃】!!」


 炎を纏った剣が振り下ろされる。合わせるように防ぐけれど、炎が俺の皮膚を炙る。


「はは、なんだそりゃ? 今更そんな弱火で俺が怯むと思ってのかよ!」


 今更関係ねえ。皮膚が焼けようが身体が燃えようが、痛みさえどうにか出来りゃ動ける。剣を弾いて刀を振り下ろす。そのまま続けて刃を交わす……のだけど、朱鎧の動きが止まった。

 不気味なほどの静寂。いきなりどうしたんだこいつは?


「お前、名前は?」

「あ?」

「名前を教えろ」

「……出鬼だ」


 なんでいきなり名前になる? 頭の中に疑問が湧く。


「出鬼。てめえみたいなのは初めてだ。わざわざ敵地に乗り込んでここまで派手にやるなんてよ。お前のおかげで俺も奴らも随分してやられた」

「ははは、小僧一人にやられて恥ずかしくねぇのか?」

「並のやつなら、な。どうやらお前はそれ以上らしい。認めてやるよ。だから――」


 背筋が寒くなる。威圧感がすごい。


「――来い。【火尖鎗かせんそう】!!」


 朱鎧の後ろ。何もない空間が歪んで槍が現れる。さっきまで持っていた十字槍とは違う。全体的に赤くて、金色の装飾線なんかがある。しかも目を惹くのは槍の刃の部分。天津原ではまず見ない三日月を象ったような刃がくっついてる。その中央に赤い結晶が嵌っていて、そこから槍の穂の部分が伸びてる。まるで炎を掴んで具現化したみたいだ。


「……なんだ。それは?」

「心して逝け。誉れある神槍を受けて!」


 結晶が輝きだして炎が溢れ出す。穂先にそれが集中して噴き出す。汗が止まらない。近くにいるだけで全身が焼けるほどだ。


 ――面白い。


 気づいたら笑っていた。たかが武器を変えただけ。そう思っていた俺の気持ちを吹き飛ばすほどだ。

 あれがあいつの本来の得物。扱うべき槍だってか。


 まるで枷から解き放たれたとでもいうかのような速さで刺突が繰り出される。穂先が迫るのが辛うじて……いや、ほとんど直感で刃を合わせて身体を傾けた。その瞬間刀が折れて左肩に突き刺さる。勢いあまって壁にはりつけになるくらいの威力だ。


「ぐっ……ぎっ、ぃぃ……!」


 燃える。体中から炎が溢れ出る。突き刺さったばかりなのに内側からどんどん炭になっていってる。


「苦しみは長引かせない。【爆】!」


 炎が膨れ上がって爆発する。周囲の奴らを気遣ってるのか、その威力は俺の身体から漏れ出るくらいにとどまってるけど、命を奪うのには十分だった。

 壁が爆発で壊れ、風圧で俺は外の崖に放り出される。左腕が遅れて落ちてくる。


 あいつの技なら壁くらい壊せるだろうと思ったけれど、まさかここまでとはな。

 なんにせよ、あいつのおかげで目標達成だ。予想以上の痛みを除けば、な。


 でもいい。左半身の感覚がほとんどなくなって、焼けただれた皮膚の臭いといつも以上に全身を支配する痛み。もうすぐ訪れる地面との衝突も全部。こうやっていなくなるのを決めた俺の自業自得だからだ。

 だけどまあ……やっぱ恨めしいな。


 こんな痛みをくれた奴も。こんな情けない方法でしか城を離れることしかできなかった俺の弱さも。


 何もかも全部、その一切合切が……恨めしい。

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