39・炎の魂 上
朱色の鎧と三つ目の男。どうやらもう一人は出てきてないみたいだ。
「お前、あの時の神憑きか……!」
憎々しげにこっちを見てる朱鎧は今にも飛び出してきそうだ。
「よう、今度はきっちり殺しにきてやったぜ」
「ふざけるな! 逃げてばっかりの野郎が!」
「かもな……だけどよ」
襲い掛かってくる刀が見える。遅い。欠伸が出るくらいゆっくりだ。それが届く前に潜り込み、鎧の隙間を縫うように刃を突き立て、蹴り飛ばすと同時にそれを抜く。血が飛び散って臭いが蔓延する。
それだけで時が止まったかのように静まり返った。
死体の山。むせかえるほどの血の臭い。そして返り血でずぶ濡れな俺自身。その全てに飲み込まれているようだ。
「お前……本当にあの時の男なのか?」
「ははは、試してみるか?」
気分が高まる。あの時は爺さんの目もあった。やらなきゃならないこともあったし、朱鎧一人にだけかまけてられなかった。捨て身に近いことをやろうと思っても状況が許さなかった。だけど今は違う。
あいつらを逃がさないといけないって理由はあるけれど、この戦場において俺は一人っきり。孤独な闘争。誰に遠慮する必要もない。
「
「止めるなよ。こいつは俺が殺す」
「ははは、殺す? 俺を? 笑わせんなよ」
使えなくなってきた刀を適当に捨て、死んでる奴のを勝手に拝借する。自分の得物は最初の一回に使ったきりだけど、案外悪くない。使い捨ての道具にはちょうどいい。
「何がおかしい?」
「は、はは、本当に殺せると思ってるみたいだからよ。現実が見えてない奴の言葉ってのはこれほど笑えるもんなんだなってよ」
「……なんだと? あまり調子にのるなよ……!」
「だったら来いよ。てめえの力、俺に見せてみろ!!」
啖呵を切った瞬間、朱鎧ははじけるように飛び込んできた。間合いに入ったと同時に繰り出される槍撃。ちょっと前までは避け方に四苦八苦していたけれど、十文字槍にはもう慣れた。
一度、二度と続けて飛んでくる刺突を避けて、槍の柄を掴んで引き寄せ――ようとした瞬間、朱鎧の手から得物が離れ、槍を引いた俺の姿勢が崩れる。
「ちっ……」
「はっ、馬鹿が。槍だけじゃねぇんだよ! 俺はぁ!」
懐に迫ってきた朱鎧は腰に差していた剣を抜いて斬りかかってきた。体勢が整わないまま迎え撃つと、何度も刃を重ね続けることになり、少しずつ不利に傾いていく。
重たそうな鎧を着こんでいるくせに動きが素早い。後ろに引いても間髪いれず追撃を入れてくる。
「そら! どうしたぁ!! 【烈火剣撃】!」
勢いづいた朱鎧は止まらない。剣に炎を纏わせて振り下ろしてくる。あれに刀を合わせたら間違いなく折れてしまうな。槍で使っていた技の剣版ってことか。色々多彩に使えることだな。
だけどこれは好機だ。防御も回避も諸共に粉砕しようと大振りになっている。それでも避けられないってふんだんだろうけど、それは今の俺には悪手だ。
身体が焼けるのも厭わず、最小限の動きでそれを避ける。激しく燃える炎が肌を焼く。一瞬だけど熱が与える激痛が頭を支配する。
「ば、かな……!」
強引に突破してくると思ってなかったのか。奇襲したときに似た技(多分魔法)を使ってきたのが運の付きだ。間合いを詰めた俺は奪った刀を振り上げ――ようとした瞬間、何かに吹っ飛ばされる。
「――――っ!?」
一瞬何が起こったのか全く分からなかった。いきなり横っ腹をぶん殴られた感じだ。
「かった……なんだよあれ」
やったのが三つ目だということは奴が手をひらひらさせて痛がってる素振りを見せたからわかった。素手であれってことは……気功? かな。
「余計なことしやがって……」
「そういうなよ。あのまま言ってたら、お前死んでたかもしれないだろ」
飄々としている三つ目が朱鎧と並んでいる。他の兵士たちは……まだ委縮してる奴もいるけど、目が血走ってるのも見かける。死体の山に怯えてたけれど、朱鎧の戦いにあてられて戦意が湧いてきたってところか。
こうなったら今の流れが変わるのも時間の問題だ。ま、元々不利だったんだし、ここまでやれば奴らも逃げることが出来ただろう。俺の役目は晴れて終了ということだ。
「ふふふ」
「……なんだ?」
思わず笑いが漏れる。こいつらは俺がなんでここで大暴れしてたか結局わからずじまいだったからだ。功を焦った小僧程度にしか思ってないかもな。
これであとは……生きるか死ぬか、だな。ま、前者は不可能だろう――とまで行き着いていいことを思いついた。
それには今の状態じゃだめだ。怒りがいる。それと壁を壊す程の力が。
後者は問題ない。朱鎧を焚き付ければいくらでもやってくれるだろう。子供の俺にいいように言われるのは我慢ならないだろうしな。
それだと周りの奴らもそうだ。いくら俺が恐ろしくても虚仮にされれば感情が先立つ。そうなったら……ああ、考えるだけで面白くなってきた。多分上手くいく。俺なら出来る。
目先しか見えてない奴らになんか負けねえ。俺は……もっと。もっと先に行かなきゃなんないんだから。
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