37・華の密談

 なんとか酒樽は料理場に届け、俺は華の奴らが集まっている部屋へと向かった。

 周りの連中も独特の服装というか……明らかに俺が浮いてる。一応こいつらの軍の鎧だから嫌な目で見られるだけで済んでるけど、鎧脱いでるだけで襲ってきそうな勢いがありそうだ。


「これ、部屋に近づけるのか?」

「大丈夫だ。俺が何とかする」


 壱太が陰からそんなことを言っているけど、いまいち信用できない。あまり期待しないでおこう。

 廊下を進んでいくと、奥の部屋の前で兵士が番をしていた。多分、あれがあいつらがいるところなんだろう。

 大体位置がわかったからどうしようかと思っていると、俺から少し離れたところにある天井が外れて、縄が垂れてきた。薄暗く、使ってない部屋の前ってこともあってあまり人目に付きそうにない。誰にも見られないうちに速く登ってこいと言われているような気がする。


「『なんとかする』……ねえ。確かになるけどよ」


 まあいいか。ぐっぐっ、と縄を引っ張ると、力強い感覚が伝わってくる。一応はしっかり登れるようだ。

 少々てこずりつつも屋根裏にまで行き、壱太と一緒におおよそ華の奴の部屋だろうところまでいく。


「動きづらいな」

「仕方ないだろ。それのおかげで今まで楽できたんだしさ」


 小声で話しながら壱太は何かを取り出していた。それを天井裏の板に押し付けて――ああ、あれきりか。穴を開けてそれを広げるって感じなんだろうけど……大丈夫なのか?


「これ、開けてる音とか聞こえないのか?」

「よっぽど静かならともかく、それ以外なら案外気づかれないもんだよ。それより、これから音を立てるなよ」


 言われて納得。確かに今もなんか話し声が聞こえてくるし、会話に夢中で俺たちが立てている小さな音なんて気づかないか。錐であけた穴をある程度広げたら、息をひそめて穴から様子を見る。

 元々天津原の兵士たちを近づけないようにしていたからか、普通に大きな声で話してくれていた。おかげで特別何かする必要はなさそうだ。


暁龍シァロン。今回の行動のツケ、高くつくぞ」

「はん、猿どもは適当に言いくるめておきゃ問題ないだろ。どうせ奴らは自分の神輿一つまともに担げねぇんだからよ」

「それでも、だ。せめてここに拠点を構築するまではじっとしていろ」

「玉鋼の作成技術。鉱脈確保。天津原侵略のための拠点の構築……。やることはいくらでもあるな」


「なんて言ってんだ?」

「……鉱脈、玉鋼の製作技術、拠点構築だってよ」


 可能な限り小声で伝える。壱太の顔が険しい。そりゃ当然か。こいつらはまだ天津原を手中に収めようとしてんだから。


「わかってるなら――!」

「案ずるな。ここの猿どもは気付いてすらいない。頭が良いやつは大体あの鬼の下に付いてるからな。おかげで馬鹿しか残ってねえから扱いが楽だわ」


 話してるのは三人の男。一人は例の朱鎧。次に声から察するにあの時朱鎧を止めに入った奴。こいつは若干赤みがかかった黒って感じの髪してて、相変わらず目が鋭い。最後は……目が三つある。短く刈りそろえた黒髪も合わさって少し幼く見えるけど、身長がどう考えても大人のそれだった。


虎夏フゥーシィアもそう怒らなくて良いだろう。そいつも反省してんだから」

「……わかっている。だからこの程度で済ませているのだろう」


 話が進んでるのが焦ったいのか壱太が通訳しろと訴える目でこっちを見てる。ちょっと待てっての。


「ふぅ……しあ?」

「なんだそりゃ」

「あの赤男の名前っぽいな。隣のがしあろーって言われてる」

「……いまいちわかんねぇな」


 そりゃ俺もだ。多分名前はちゃんとそいつらの国の発音で聞こえてくるんだろう。だから余計に混乱する。


「我らが帝にこの小さな国を捧げ、神憑きを管理する。それを妨げるようなものは看過できん」

「わかったわかった。俺が悪かった。次は気をつける。それで良いだろう?」


 ふん、と鼻を鳴らして赤男はどこかに行ってしまった。残ったのは朱鎧と三つ目の二人だ。

 予想以上に色々な事を知れた。というか、やっぱりこいつら天津原征服が目的だったわけか。そのためにこの戦争を利用しようとは図々しい奴らだな。


 大体聞きたいことは聞けた。撤退しようと壱太と目配せをすると――


「さて、と……いい加減降りてこい」


 息が詰まりそうな程の圧力。全てを見通されているような気さえする。


「気付いていないと思ったか? 甘かったな。十数える間に出てこい。十、九……」


 どうするか壱太と目配せをする……んだけど、肝心のこいつもどうするか迷ってるようだった。


「四、三、二、一……」


 いよいよ俺一人だけでも飛び出すか? といつ攻撃が飛んできてもいいように身構えていると――


「……どうだ? 誰かいたか?」

「いや、いないみたいだ」


 思わず「はあ?」と大きな声が出そうになった。

 いないみたいって……気づいてるんじゃねえのかよ!!


「お前毎回それやるよな。それで間抜けが見つかるときもあるから助かってるけどよ。恥ずかしくないか?」

「いや全く。それで間者が見つかるなら率先してやるべきだろ」


 胸を張った三つ目の男に対して、相当文句を言いたくなってくる。

 こいつのこのふざけた行動で、かかなくてもいい汗をかいてしまった。

 これの余計に腹が立つところが壱太は超えれがわかんないから冷や汗をかかないってところだ。


「いい加減行こうぜ。早く行かねえとまた煩いぞ」

「ああ。そうだな」


 それから奴らの足音が遠ざかる……が、さっきのような一件があるとしばらくの間天井裏から抜け出せずにいるのだった。

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