36・潜入、明水須城
顔合わせも終わり、久しぶりに会った仲間との会話を楽しんでから二日。俺たちは予定通り敵の城を攻める為に崖の方に向かった。大体日暮れぐらいには辿り着くことが出来て、息をひそめて夜を待った。
その間の俺たちは口数も少なく、警戒をしながら雲のおかげで余計に暗く、あまり目に付きそうにない頃合いを見計らって崖を登り始める。専用の道具を狐女にもらって登るけれど、緩やかに傾いてるから結構きつい。いや、もっと急な感じだったらそもそも無理だったか。
黙々と。可能な限り素早く手足を動かす。ここからは時間との勝負で、万が一話し声が他の奴らに聞こえたら困る。そこら辺は俺もわかってるさ。
ただ、こいつらと違って俺はこの手の訓練は受けてこなかった。だから三人よりは登るのに時間もかかるし苦労する。
軽く片足を踏み外したときは体勢が崩れてそのまま転げ落ちそうになったことだって多かった。
四苦八苦しながらなんとか登り切ったそこには、兵士たちの姿が見えない。かがり火は焚いてるからあまりここでじっとしていたら見つかってしまうだろう。
建物の陰に隠れて、全員が揃っていることを確認する。
「よし。なんとか無事に辿り着いたな」
「まだまだ。これからが本番よ。気を抜かないで」
頷いた俺たちはまず二手に分かれて行動することになった。
片方は城の内情や出入り口。それと脱出経路の確保。もう一つは見張りの隙を掻い潜りながら華の連中の目的と脱出前に混乱を起こし、その後は速やかに城から出て本隊に合流するってところか。
俺はもちろん華の連中の偵察に行く以外選択肢はなかった。仲間は予想通り壱太だ。他の奴らは結局名前を覚えられなかったしな。
俺は万が一見つかっても言い訳が出来るように敵軍の鎧を身につけている。胴も兜も付けなきゃならないってのは重たすぎる。
「はあ……早く済ませようか」
「大丈夫か?」
「問題ない」
あまり気乗りしないのを心配されたけど、そもそもこんなもん身に纏わなきゃならんとか聞いてない。こうなったら手早く終わらせるのが一番だ。
「俺は堂々と動くから壱太は見つからないようにしとけよ」
「おいおい、見つかっちゃ不味いだろ。お前の顔を知ってる奴だっているんだろうが」
「阿呆。例え知ってる奴がいても、こそこそやってる男がいたらそれだけで怪しいだろうが。ただでさえ身長足りなくて大人に見えないってのによ」
元々俺はまだ子供で、着込んでるのは大人のもの。足りない分は無理やり詰めたりして埋めてるけど、どうしてもそれには限界がある。身長の差はどうにもなんねぇしな。
「おい! そこのやつ!」
壱太と話しながら人の多いところに入ると、大きな声で俺を呼ぶ男がいた。不味い時に会ったな……と思ったけど、どうやらさっきの会話は聞こえてなかったみたいだ。
「へぇ」
「ん……なんか小さいな」
「いつも言われてやす」
「ちっ、まあいい。今から華の者達に酒を振る舞うらしい。蔵からとってから来い」
「すんませんが、おらはつい最近合流したばかりでして……」
「そこをまっすぐ行ったら左に曲がれ。後はそのまま進めばつく」
「へえ、わかりやした」
「頼むぞ」
慌ただしく去っていく奴を見送る。そのまま言われた通り進んで左に曲がると、また暗がりについた。
「……よくもあんな喋り方が出来るもんだ」
「城に来た日もこってり絞られたからな。それに……敵なら騙しても痛くもなんともねえからな」
「改めてお前を敵に回したくないと思ったよ」
「そりゃ光栄だな」
実は顔合わせが終わった後、作戦開始日までひたすら今さっきのしゃべり方を叩き込まれたことは言わないでおこう。今回の作戦で素が出たら間違いなく怪しまれるってんでな。おかげでまだ夢に見る……気がする。
しばらく進むと確かに蔵があった。鍵は……かんぬき式だな。門番とかは特にいない。意外と不用心なんだな。
横板を外して中に入ると、酒蔵特有のむわっとした匂いが鼻をついた。
「うえっ、ここにいるだけで酔いそうだな」
後ろで鼻をつまんでそうな声を出してる壱太は放っておいて……一つずつ酒樽の匂いを確かめて、一番香りが良いものを選ぶ。中身を俺がまたそうな樽にある程度移し替えて栓をする。
「お前それ本当に持てるのか?」
「当たり前だ」
「大人でも一人で持とうとはしないと思うんだが……」
そんなもんは知ったこっちゃねえ。ひょいっと肩に担いでいつも通り歩く。こんなもん持ち歩けないなんて非力な奴だな。
酒樽を担いで行こうとして……そのまま止まる。また陰に潜んで様子を見ようとしていた壱太も俺の行動が理解できなかったのか、不審そうにしている。
「どうした?」
「……その華の奴らがいる場所ってどこだ?」
「……さあ」
しばらくの間立往生する羽目になった。
あの時についでに聞いてくればよかった。
結局この後、別の男に華の奴らがいる場所を聞くことになった。ついでに酒を置くために料理場の方も一緒に。我ながら情けないことだけど、どうにか奴らのいる場所に向かえそうだ。
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