35・どこかで見た顔

 密談が終わった次の日。俺は再び大男に呼ばれて大広間に来ていた。どっかりと座ってる大男に向かい合う形で腰を下ろしているけど……やっぱ睨まれてる。礼儀に欠けるらしいが、そう言われてもなぁ……。


「まず、お主を呼んだのは他でもない。今回の作戦について顔合わせをしておこうと思うてな」

「はっ」


 作戦――あの時話したそれじゃなくて、相手方に気づかれないように近場の村に兵を集結させて、一気呵成に叩き潰す。

 それの為の下見をするのが俺の役割……って事になってる。


 そうする事で本当の情報を知ってる奴を絞って偽の作戦を間者に渡そうって事だ。

 もちろん嘘だと発覚したらいけないから今の作戦も三つぐらいに分けて行われるらしい。えらい慎重だけど、それぐらいしないと欺けないって事だろう。


「それで俺と行く奴は――」

「既に側に待機させてある。面をあげよ」


 言われて今まで頭を下げて待機していた三人が顔を上げる。

 一人は女。狐だな。二人は男で……いたちと狸だ。どっちも俺達より獣寄りの顔してる。……なんか一人見たことがある気がする。


「どうした?」

「いいや……なんでもない」

「うむ。ではまずは――」


 ちらりと女の方に視線を向けると、女がこくりと頷いて改めて俺の方を見た。


「私は葉桜ようおう。そっちの二人が――」

「油之介」

「……壱太だ」


 狸、いたちの順でって――


「壱太? あの弟が二人いて、俺と暴れた?」

「その壱太だよ」


 驚いた。まさかあいつとこんな場所で再会するなんてな。


「知り合いか?」

「はい。乞食時代に何かと面倒を見てくれた男です」


 そんな風に言われるのはむず痒い。こいつらが俺に寄ってきただけって感じだからな。


「ほう、ならば此度は出会えて良かったな。互いに積もる話もあろう」

「それは――」

「いや、俺にはない」


 壱太が何か聞きたそうにしていたのを遮る。こいつは何も知らない。あの日、俺に何があったのかを。


「しかし」

「ありがとうございます。ですが、今は作戦に集中したいので。お互いにいつ死ぬかわからぬ身ならばこそ」


 怪訝そうな顔をする大男に言葉を述べて頭を下げる。

 普段使わない言葉遣いに何かを察したのか、大男はそれ以上何も言わなかった。


 ――


 それから俺自身の自己紹介をきて、今回の仲間と二言三言会話をした俺は大広間から出る。懐かしい顔にあって嬉しい気持ちはある。だけど――


「鬼!」


 壱太の声がした。振り向くとすぐに追いかけてきたのか、慌てた様子だった。


「今は出鬼だって言ったろ」

「ああ、悪りぃ。慣れなくてな」


 ははは、と笑った壱太は頭を軽く掻いた後、首を振った。


「そうじゃなくて! 随分冷てぇじゃねぇか。あん時は一緒に暴れたのによ」

「あの時だけだろ。しかしまあ、お前がこんなところにいるとは思わなかった。弟達は元気か?」

「ああ。なんとかな。風早様に拾われてなかったら遅かれ早かれ死んでいたかもしれんが」


 色々と聞いて欲しかったんだろう。壱太はあの後戦乱に巻き込まれて、ぼろ家の屋根の下で弟達と肩を寄せ合って生きてきたところを大男に拾われて、それからは乱破らっぱ――間者として生きる道を選んだそうだ。草の者とか忍びの者とか呼び方が一々違うから面倒だけど、どれも同じ意味らしい。


「最初の二年は師匠の元でみっちり修行の日々に明け暮れたけれど、その後は風早様の元で仕事をこなしてるってことだ」

「そうか……。なんにせよ、お前らも無事でよかった」

「俺もさ。死んだなんて思わなかったけれど、今どうしてんだろうってずっと心配してたんだぜ」


 久しぶりに会ったこいつの名前を憶えているなんて自分でも驚きだ。昔のことをいろいろと思い出す。いいことも……悪いことも。


「そういや、お前がイシュティって呼んでた子は今どこにいるんだ? 一緒にいるんだろう?」


 壱太は思い出したと言いたげな顔でそれを聞いてきた。

 悪気があったわけじゃない。それに長い間疎遠になっていたわけだしな。


「ちょっと、な」

「……もしかしてはぐれちまったのか?」


 言葉を濁すと勘違いをしてくれた。訂正する気は……なかった。


「そっか。なら、この戦が終わったら一緒に探すのを手伝ってやるよ」

「いや、大丈夫だ。ありがとう」


 俺は胸がいっぱいになりながら、壱太の提案をやんわりと断った。


 ……もうこの世にはいない相手を探すなんて無理なんだよ。


 正直、壱太のおかげで懐かしい気持ちに浸れた。あの日の心暖かくなる思い出が蘇ったような。だけど……それ以上に昔よりも暗い感情に支配されることに気づいた。暖かければ余計に寒く。明るければ……どうしようもなく黒く。


 俺の復讐に壱太を巻き添えにするつもりはさらさらなかった。これは俺だけのものだ。必要なら手も借りるし、相談もする。どんな無茶な戦いもするつもりだ。

 だけどそれは俺一人だけが背負えばいい業だ。俺だけが、そのために戦い続ける。それだけでいい。昔っから貧困で苦しんで、それでも兄弟のために頑張って……ようやく這い上がろうとしているような男なんて、俺みたいなやつが送ろうとする人生とは無縁であってほしかった。


「壱太。城に潜入するときは頼りにしているぞ」

「ああ! 任せておけよ」


 だから俺からは何も言わないだろう。例えあいつが俺よりも偉くなって、強くなったとしても。


 それが今してやれる……精一杯の事だった。

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