33・天狗一族

 何とか敵の軍勢を退けることができた俺に待っていたのは――説教だった。


「この阿呆が」


 思いっきり頭に拳骨が飛んできて、痛みに悶絶する事になった。正直なところ、あの朱鎧よりも怖い。

 おまけに城門の中に入り込んで第一声がこれなんだから踏んだり蹴ったりというやつだ。


「よくもあのようなことを……」

「だけどあれが普通に野放しになってたらもっと被害が大きかったかもしれないんだぞ?」

「それでも。お主自らが率先して戦場荒らさずともよかろう。敵味方問わずに混乱の渦に陥らせおって……」


 深いため息をつかれる。確かにやりかたはあまりよくはなかったけれど、間違ってはないはずだ。


「味方の愚策で殺された兵士のことを考えると哀れで仕方ないわ」


 頭を抱えてる爺さんが何を考えてるかはわかる。でも……。


「それでもああして全部を巻き込まなかったらもっと死んでた。戦の仕方を気にして友軍の数を減らしたら意味がないだろ」


 俺の言葉に爺さんは呆れた顔をしていたけれど、誰か知らない奴の拍手がそれを打ち消した。


「ははは、全くだ。その愚策のおかげで私たちは助かった。今はそれでいいではないか」

「風早殿……」


 爺さんよりは若くて、焔道のおっさんよりは老けてる。そんな感じの男が兵士たちを引き連れて現れた。


「あんたは?」

「慮外者が! このお方こそ帝様に仕える五将が一人、風早青嵐かざはやせいらん様であるぞ! 図が高いわ!!」


 肩を怒らせて俺に向かって吐き捨てる。よっぽどこの男のことが気に入ってるんだろう。そのお偉いお方は結構大柄な男で、鎧を着ると武装した子熊って感じがする。面は真っ赤で、長い鼻が付けられてる。腰には葉っぱの団扇を挿している。対して吐き捨ててきた奴はそれより一回り位小さくて、似た感じの面を付けてるけれど、大男よりは小さな鼻のやつになってる。


「はっはは、良い。お主が月白殿の弟子か。流石一癖も二癖ありそうな男よな」

「……は、あ」

「まずは私から名乗ろう。我が名は青嵐。風早家の現当主である」

「あ、ああ。俺は出鬼……だ……」


 どんと構えている男が面を外すと、そこには普通の顔があった。格好いい感じの様相だ。


「どうした?」

「いや、そんな面を付けてるもんだからどんないかつい顔をしているのかと思って……」

「ふふ、これは天狗としての位を表すものなのだよ。尤も、この面に相応しい力を持っているかと問われればなんとも言えないがね」

「そんなことはあるまい。大天狗様の面に恥じぬ武勇を上げておるではないか」


 自虐する大男に対して、爺さんは首を横に振ってそれを否定する。


「その通り! 御屋形様ほどの大天狗様はおりませぬ! 我ら風早傘下天狗一同、生涯御屋形様のお側で役目を果たすことが出来ることこそ喜びでございますれば」


 えらい持ち上げるな。俺が大男の立場だったらちょっと……いや結構気持ち悪い。


「良い部下を持っているではないか」

「ははは……こほん。まずは話を戻そう。改めて協力感謝する」

「それを言う為にわざわざ出迎えてくれるなんて実にお主らしいのう」

「決まっておろう。貴殿と私の仲だからではないか」


 にやりと笑う大男につられるように微笑んた。その間にも生き残った兵士全員が城の中に入り、各々休憩を取っていた。


「まずは今後の作戦を立てることにしよう。兵には十分に食糧を与えるように」

「はっ!!」


 びしっと背筋を伸ばして駆け足で去っていった兵を見送り、爺さんは大男と一緒に――


「これ、お主もこい」

「あ、ああ」


 まさか俺も呼ばれるとは思ってなかったから、なんか変な返事をしてしまった。なんか場違いな気もするけれど、呼ばれたからにはしょうがない。初めて入る城の中、せいぜい楽しませてもらおうか。


 ――


 城の外観はかなり立派だったけれど、中の方もそれに見合った感じだ。きしきしと音がする廊下を渡って部屋の一つに案内された。


 俺と爺さんと大男。三人で入ると少し狭いか。


「……本当に俺がいていいのか?」

「お主が真に月白殿の弟子なのであれば、これもまた修行と思えばよい」


 ちらっと爺さんに視線を向ける。


「風早殿がよいと仰っておるのだ。何事も経験よ」

「……あんたら二人がそれでいいんならいいけどよ」


 気にしてる俺の方が悪いみたいな視線を向けられてしまった。


「んじゃ、何の話をするんだ? 今後の戦のことなのか?」

「その前に……」


 大男が数枚取り出したお札を部屋の四隅に貼る。


「【防音結界】」


 どっしりと腰を下ろした大男が二本の指を眼前で立てて横一文字に切るような動作をしたと同時に何か淡い色の箱が広がっていく。それが俺たちを含めて部屋中を覆う。


「……よし、これで誰かに聞かれることはあるまい。間者が入れぬように札も貼った。気兼ねなく話すこともできるな」

「ふむ。流石大天狗。鮮やかな妖術よの」

「これは他の奴らにはできないのか?」

「侵入阻止の札はともかく、【防音結界】のように自らの空間を作り上げる妖術は並みの者ではそうできぬものよ」


 そういうものか。何がどう妖術なのかいまいちわからんが……今はそんなことを気にしている場合じゃなさそうだ。

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