32・逆鬼ごっこ
走る。とにかく戦場を駆け巡る。出会い頭に攻撃してきた足軽兵を斬り捨てて、近づいてきた馬鹿を盾にして追いかけてくる奴に向かって蹴り飛ばす。
「この……くそがきがぁぁぁぁぁぁっ!!」
そして俺の後ろには怒り狂って扱いやすい馬鹿一人。俺がこんな策を弄するなんてよ。絶対爺さんの影響を受けたんだろうな。
昔ならどんなに苦境でも力任せな解決をしようとしてただろうからな。
「はっ、扱いが楽で助かるな」
ぼそっと奴には聞こえないくらいの小声で笑う。もちろんこっちの戦力を減らさないように……というのが難しいけど、後ろの男が馬鹿みたいに槍を振り回してくれてるからどうしようもないか。
「臆病者が! 逃げるな!!」
「ははは、そんな弱い奴に振り回されてんのはどこのどいつだよ。槍の間合いで粋がってんだからちょうどいいだろう? 俺が近づいたらその炎の技で引きはがそうとしやがってよ!」
「ぐっ……こ、このぉぉぉ……!!」
もう何度も男の炎の槍に振り回されてて疲れてきた。一番困ったのは風を槍に纏わせた攻撃をしてきた時だ。俺には当たらない距離で構えだしたから不穏な感じがして軌道から逸れるために思いっきり避けたら、前方の兵士の身体に穴が開いていきなり吹き飛んだんだからな。あんなもの連発されて、炎の槍も振り回されたらたまったもんじゃない。ま、それでも適当に馬鹿にしてやって戦場をかき乱してやんないとな。
最悪死ぬならそれでいいさ。それで敵に壊滅的な痛手を与えられるんならな。
「ちっ、おい! 誰か華の奴を止めろ! 無茶苦茶だ!!」
周りで戦ってる兵士が大声で怒鳴り散らしていた。
「やめろ!! この頭花畑が!」
「どけ!!」
いい加減敵側もあの男を放っておけなくなったのか、何人かの足軽兵が奴を止めようとしてきたけど、逆に奴の槍で全員薙ぎ倒されてしまった。多分、こいつら互いに話が通じてないな。じゃなきゃ止まるだろ。普通。
「お前さ、少しは考えた方がいいぞ?」
「何!?」
「味方の兵士殺してでも俺を追いかけてきやがって、頭どうかしてんのか?」
「はっ、こんな奴ら最初から仲間じゃねぇんだよ! ただの猿! いても邪魔なだけなんだよ!!」
ははは、どっちが猿なんだか。
「あの小僧だ! 奴を殺せば華の奴も止まる!! やれ!」
足軽隊長みたいなのが俺を指さして叫んでいた。気づかれたところでどうすることもできないだろう。
槍を構えた奴らが待ってるけれど、そんな風にしてたら――
「喰らえ! 【疾風連突】!」
またさっきの風の槍を放ってきた。流石に悠長に避けてる時間がないから地面に飛び込むように右に避けて、地面に手をついて一回転して着地。そのままの勢いで立ち上がって適当な奴をつかんで男に向けて突き飛ばす。それを十文字槍で首を狩って追いかけてくる奴の形相は何とも言えない。
「この……!」
怒りに顔を歪めて俺に襲い掛かろうとしていた時、俺と男の間に馬が割り込んできた。
乗ってる男は天津原風の鎧を着ているけど、どう見ても味方じゃなさそう。
「
「ああ?」
「こちらの兵士も構わず暴れまわるなど……返答次第ではその命、ないものと思え」
殺気が溢れてて、威圧感がある。目の前の男が現れてから明らかに場が変わった。そんな殺気をまともに受けても全く気にしてないようだ。
「そこの小僧。そいつを殺すために動いてたんだよ。敵の神憑きは一人でも殺した方がいい。そうだろう?」
ちらりとこっちを見たそいつは兜と
「この小僧が……か?」
「俺の言葉を完全に理解してやがる。ただのガキがあり得るか?」
戦場でのんきに話してる二人だけど、襲い掛かってくる兵士達を排除しながら周囲を警戒している。元々あの男が無闇矢鱈に攻撃してたから、だんだん近づいてくる奴も減ってきてたって事もあるか。
それを横目に見ながら、俺の方も自分に襲い掛かってくる足軽たちの対処をせざるを得なかった。
大体が三体一って感じで襲い掛かかってくるから、必然こっちが不利になる。
二方向から襲い掛かってくる槍をいなして、その隙を突くように最後の一人が攻撃を仕掛けてくる。それを避けるとまた同じように二人が……って感じの流れで途切れない連撃を続けて来ている。
明らかに他の足軽よりも練度が高くて、あの武将が連れてきたことがわかる。
「いい加減に……しろ!」
一人が刺突を仕掛けてきた時に槍の柄を掴んで無理やり引き寄せる。大人より力がないと思い込んでた男共は驚き焦り、普通に引き寄せられる。そのまま何の変哲もなく刀を振り上げて、無造作に下す。それだけで一人仕留める。
後は動きが止まった一人に向かって刀を突き立て、引き抜くと同時に蹴り飛ばす。
そこまでして残りの一人がようやく動く……が、遅い。
三人で渡り合ってこれた奴らが単独でなんとか出来るわけもなく、あっさり返り討ちにした。
その間にも奴らが襲いかかってこないかと冷や冷やしたもんだが、予想外にも何も起きなかった。いや、むしろ兵士の数が一気に減り出した。
「撤退……?」
思い当たる節を口にすると、すとんと納得するように心に落ちた。
どうやらこれ以上被害を出さないように本格的に撤退していたみたいだ。
すっかりあいつらの姿も見えなくなってて、俺は心の底から安堵することになった。
緊張の糸が解けたように足が震える。それでも無様に座りたくはなかったから意地でも立ち続けた。
撤退戦には参加できなかったし、ただ強がりをしただけなんだけどな。
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