31・朱将

 男の様相は明らかに一般的な兵士たちとは違った。まず全体的に赤い。なんだっけ……朱色? ってやつだ。兜は被ってなくて、黄土色の髪が見えている。鋭い眼光が突き刺さるみたいだ。


「ちっ、なに雑兵にてこずってやがる。本気で使えねぇな。小島の猿共はよ」


 頭をがしがし掻いて向かってくるこっちの兵士たちを槍を振るって薙ぎ払う。普通の奴なら一人を倒すのでせいぜいだろう。だけどそいつは強引に振り切っていた。相当な腕力の持ち主だ。

 あいつ相手じゃこっちの兵力を悪戯に消費するだけになる。なら……!


「てめぇの相手はこの俺だ!」


 注意を引くために大きな声を出しながら接近する。俺に気づいた男ははん、と鼻で笑いながら槍を構える。

 随分と大きな得物だ。鎧と同じように赤い柄に金色の装飾が施されていて、刃はまるで剣のそれを左右にも取り付けたような見た目してる。派手好きな野郎だ。


「ガキが……俺様の相手が務まると本気で思ってんのか? あぁ!?」


 向かってきた俺のことが気に入らないのか、舌打ちをしながら槍で薙ぎ払ってくる。攻撃範囲が広くて、さっきのを見てたからわかる。こんなもん喰らってたら身体がいくつあっても足りない。


 身を屈めて滑るように前に進む。土を足で擦るような音が聞こえる中、びゅんっと頭上を槍が素通りする音が聞こえる。俺が子供じゃなかったらこうやって避けるのももっと苦労しただろうな。


「小僧だからってなめるんじゃねぇ!!」


 懐に隠すように構えていた刀で内側から外側に抜けるように斬撃を放つ。それを上体を逸らして避けた男は驚いた顔で俺を眺めていた。


「……はっ、やるじゃねぇか。だがな、それで上手くやれたと思うなよ!」


 さっきのように無造作に薙ぎ払う感じじゃない。槍を短く持って踏ん張るように構える。爺さんがしてこなかった型だ。


「はぁぁぁぁぁぁ……!!」


 深く息を吸って吐いたかと思うと、鋭い突きが飛んできた。それを避けると素早い動きで槍が男の方に戻っていって、また同じように俺を狙った攻撃がくる。一回、二回とどんどん加速していく。


「くっ……」

「はっはぁ! 避けてばっかじゃ勝てねぇぞ!!」


 予想以上に速いのと男の槍が特殊なせいで中々こっちの間合いに入り込めない。あの十字になってる部分が余計な動きを強要してくる。なんとか避けてはいるけれど、このままじゃ――


「しねぇぇぇ!!」


 横から飛んできた刺突を避けた時にあることを閃いた。そのまま槍の柄を引いて俺を攻撃してきた足軽を男との間に割り込ませる。


「なっ!?」

「邪魔だ!」


 俺は敵兵の陰に隠れてあまりよく見えないんだけど、お構いなしに連続で刺突してるのはわかる。あの形の槍じゃ肉壁にされた兵士を貫通して届くことはない。目の前で断末魔を上げてる男を持ったままこっちの間合いに入った後、そのまま兵士を突き飛ばしてやる。


「くそっ……! まともに刃を交えることもできん小猿がぁぁっ!!」

「その小猿にいいようにされてる奴が言う台詞じゃねぇよなぁ!?」


 潜り込んだら今度は俺の番だ。横薙ぎの一撃を防がれてすぐに片足を軸にして反転して、今度は逆の方向から袈裟斬りの要領で叩き切る。


「ちっ……!」


 向こうも負けじと応戦してくるのはいいけど、今度は俺の間合いだ。その素早い動きもこれくらい近かったらある程度は封じられるはずだ。


「ふざけ……やがってぇぇぇっ!!」


 段々苛立ってきたのか動きが雑になってきた。他の兵士がまた乱入する前に決めきらないと……!


「はぁぁぁぁぁ……【烈火槍撃】!」


 男が叫んだ瞬間、槍が炎を纏う。妖術とはまた違うもの。驚いている俺に向かってぶん回してくる。嫌な予感がして刀と籠手で顔と身体を防ぐようにしながら飛び退る。

 周囲に放たれる熱波と衝撃。防御に身を固めたはずなのにそれが俺の身体を焼いて吹き飛ばす。

 足で地面をしっかり踏みしめてみたけど、かなり後退してしまった。


「つぅっ……これは……」


 左腕が焼けるように痛い。籠手越しでも焔が入り込んでような熱さがある。男の周りに焼けた円が描かれていて、兵士たちが敵味方問わず焼き切られていた。刀での防御が遅れたら俺もああなっていたんだろう。爺さんが用意してくれたこれに感謝しないとな。


「ああん? なんでてめえ生きてんだ?」


 男は不満そうに俺を見下ろす。今の技に絶対の自信でもあったみたいだな。


「残念だったな」

「ふん……てかてめえ、やけに会話できると思ってたら、本気で俺の言葉がわかるみたいだな。なるほど、神憑きか」


 なんで言葉がわかるだけでそうなるんだ? 神憑きってのは種族を越して言葉が通じるってか?

 ……今はそんなことどうでもいい。奴の……炎の攻撃のせいで俺の間合いからまた離れてしまった。こうなったら――


「は、こんな小僧一人も倒せない男が粋がってんなよ」

「……あ?」

「小猿だなんだと言ってくれてる割に大したことないじゃねえか。松明みたいな炎出すだけの芸当でいい気になりやがって……お山の大将さんよ」

「……そっちこそ調子に乗るなよ。いいぞ。後悔させてやる!!」


 案の定挑発に乗ってくれた。今の俺じゃあれを倒すのには捨て身になる必要がある。そんなことしたら後で爺さんになんて言われるやら……。

 なら、この男の無駄に高い誇りをちょっと刺激してやって、適当に逃げ回ってりゃいいさ。また苛立ってさっきみたいな攻撃してくれりゃ、敵も味方も関係なくぶっ飛ばしてくれるだろう。


 あとは俺の体力が続く限り逃げて……ま、敵陣の近くで暴れまわってりゃいいか。

 さて、鬼ごっこの始まりだ。逃げるのは鬼の方だけどな!

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