30・ぶつかり合う力
戦場に近づいているうちに気持ちが引き締まるのか、一緒に歩いている兵たちの顔が真面目そのものって感じになっている。必然的に口数も少なく、俺としては楽になった気分だ。
遠くの方で煙が見える。多分、妖術の打ち合いになったんだろう。あそこでは今も命のやり取りが行われている。
『伝令』
いきなり変な声が聞こえて驚いた。これは……顔無しの奴だな。
『我が軍はまもなく風早軍と合流する。陣幕に入り――』
顔無しの声で爺さんの指示が飛んでくる。どうやら俺たちの旅ももうすぐ終わるようだ。
緊張感が一気に高まり、開けた場所が徐々に見えてくる。
この国では珍しい平野での戦闘。坂の勾配もなく、兵力の差がものをいう……らしいけど、俺たちの軍は大体一万。対する敵軍は総勢三万五千。風早軍は二万二千と不利なのは間違いない。数はこちらが劣るが、一騎当千の五将の内の二人がいるからそれで何とかしろってことになるな。
……本当は最初はもっと戦力は多かったらしい。だけど敵側の事前工作や国人領主の取り込みで差がついたんだとか。遠征に出立してしばらくしてからその情報が舞い込んできたってのがまた厄介だった。朱天は先帝を討伐して無理やり座を奪い、都に居座った。それに対する反発もそりゃ大きい。
二ヶ月も準備が必要だったのか疑問だけど、なんか深い理由があるんだろ。知らねぇけどさ。
しかしこれで野宿したり、城を行き来したりしなくて済むのか。
なんて事を考えていたら前の方が急に騒がしくなった。
「……なんだ?」
不穏な感じがする。それはすぐに目に見える形となって現れた。
男が一人息を整えながら他の奴に連れられて爺のいる後方へと向かっている。
それからしばらくして顔無しの声が聞こえて来た。
『伝令。風早軍と敵軍が交戦状態である事を確認。不利である事を鑑み、我々は騎兵を先行させ、足軽隊は疾く追いかけるべし。小荷駄隊の為、少数は留まる事。弓、鉄砲隊は後詰部隊と共に行くべし』
という事は俺たちは今から戦場に行って急襲してこいってことか。伝令の状態からどんだけ切羽詰まってるか判断したって事なんだろうけど……中々難しい。
こういう時、爺さんに直接話が聞きたいもんだが、先行しろって事は俺も行かなきゃなんねぇんだろ。馬に乗ってねぇけど一応騎兵隊に組み込まれてるんだしな。
伝令の言葉に一気に張り詰める。膨れ上がる寸前って感じだ。そこから先は早かった。
まず俺達が駆ける。その後を足軽隊の連中が。何も言わないで黙々と足を動かす。
馬が走る音。草木を踏み込めて駆ける自分の足音。
少しずつ近づいてくる戦場。林に突入して、足元に気を取られながらも開けた場所に辿り着いたと同時に広がったのは兵士たちの怒号。槍や刀が交わる音が響いて、様々な死体が転がっている。
「突撃せよ! 友軍を救え!!」
俺たちと一緒にきた馬廻に囲まれた将の一人が大きな声で宣言して、刀を戦場の方に突き付ける。それが終わると同時に大きな声を出して横っ面をぶっ飛ばすように戦場に加わる。向こうもこちらに気づいたようだけど動揺がかなり大きいようで動きに鈍りが出ていた。
俺は真っ先に切り込んでいく。刀を抜いて振り上げる。
――もらった。
不意打ちの一撃。完全に捉えた俺が見たのは、死ぬ事を悟った兵士の恐怖の顔だった。
迷わず振り下ろした俺の手には肉や骨を断つ感触が伝わってくる。血が流れ、兵士の身体が崩れ落ちる。
……これが人を殺す感触。なんだ――
「結局、狼殺すのと変わらないじゃねぇか」
殴り殺したりしなかった分、黒狼の時よりも楽に感じる。続けて襲い掛かってくる足軽の槍をなんなくいなして前に進み、刀を振るう。血の匂いが鼻について、気持ちが高揚していくのを感じる。
次々と襲い掛かってくる足軽たちの動きはどれも爺さんの足元にも及ばない。騎兵がわざわざ突っ込んできて刀を振るってきても刃を合わせるように防いで手首を返して刀を弾き飛ばした後に馬の腹を蹴り飛ばす。悲鳴を上げながら倒れる馬に振り落とされた兵士が地面に転がる。体勢が整う前にそいつのもとに行って喉を突きさして、引き抜いたと同時に首を狩る。
「うおおおおおおお!!」
大声を上げると周辺の兵士たちが委縮して、余計に俺の得物を握る手の力がこもった。
左右から槍が飛んでくる。避けたところに脇差を抜いた足軽の声。横一文字に切り倒したと同時に隙を突くかのように襲い掛かってくる兵士。振り下ろされた刀と真っ向からぶつかるように刃を合わせると、鋭い音を立てて敵の刀が折れ、呆然としている間に切り捨てる。
矢が飛んできても問題ない。数人が一斉に放つから何本かは当たる軌道をとってくるけど……爺さんとやった弓矢を避ける修行が役に立った。あれよりも全然遅い。
爺さんは正確に矢で身体を射抜いてくるから本当の化け物だと思ったほどだ。あの爺さんは主要の武器は刀でも、いろんな武芸をこなす芸達者な面も強い。そのおかげで武器の数だけ死ぬ思いをしたけれど、今となっては感謝しかない。
あの苦しい修行の日々があったからこそ、この戦場においても他の兵士たちの動きが一つも二つも遅れて見えるってわけだ。
これなら戦える。この戦場を押し切って見せる。そう思っていた時にそいつは現れた。
真っ赤な鎧に身をまとった男。この天津原ではあまり見ない系統の奴だった。
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