29・北上の鬼
相変わらずうんざりするほどの暗い雲。その下を歩く俺は色んな大人たちに囲まれていた。
戦場に行けるってことに浮かれていた二か月前の自分が浮かれた馬鹿だと思うほど、この現状に不満を持っていた。
まず俺は馬に乗れない。てか、馬が俺を怖がって乗らせてくれさえしない。だから徒歩になるんだけど……なぜか騎兵と同じように歩いてる。爺さんが――
『お主ならいざとなれば馬以上に速く走ることなぞ造作もなかろう』
とか笑いながら言ってくれたおかげだ。馬より速くても図体とか位置取りとかいろいろあんだろ。雑に放り込まれたような気がする。
「……緊張してきたな」
「おらもだよ。いつ襲われてもおかしくないもんな」
「だな。もしかしたら死ぬかも」
「そうなったらお前の骨くらい拾ってやるだよ」
前の方を行く騎兵の奴らが馬に乗りながらそんなことを話していた。今から死ぬとか生きるとか考えても仕方ねぇだろうに。
どうにも緊張感のない二人だ。後ろの奴らなんて知らないのが飛び出して来たら一気に襲い掛かってきそうな程神経尖らせてるやつがいるから他のも釣られて気を引き締めているってのに。
『大丈夫か?』
そんな中、俺に声をかけてくる男がいた。こいつも騎兵で、兜の中にまっさらな顔。今から目でも書き足してやりたくなる……てかこいつはどうやってしゃべってるんだ?
「ああ。てかお前、口ないのにどこから声出てんだよ」
『俺は頭の中に声を送ることが出来るんだよ。ちなみに音波を聞いて何があるか判断もしてる』
「……やけに丁寧に教えてくれるな」
『それを聞いてきた奴が大抵次に聞いてくるものだからな。慣れた』
そらそうだろうな。食べ物とかどうしてんだろう?
『一応は口もあるんだけど、声出ないから喋れないんだよね。ほら』
がぱっと開いたそれは、何にもない顔に突然横線が現れた。なんというか、すげえ不気味だ。一応歯はあるみたいで、眩いぐらい白い。
「はぁぁ……変な奴だな」
『お前ほどじゃないよ。そんな軽装だと死ぬぞ?』
ああ、だから声かけたのか。
俺は籠手と具足以外身に付けてない。陣笠は被らないと悪いらしいからそれぐらいか。
「鎧なんてあっても重たいだけだ。んなもんいらねぇよ」
『はは、面白い奴だな。もし矢や妖術に当たって死んだら笑ってやるよ』
「そうしてくれ」
馬鹿にされてるけどまあいいか。他の奴らに理解されなくても俺はこれでいい。邪魔なもんつけて死んだらそれこそ笑いもんだ。
『そうだ。俺は
「……出鬼。苗字はない。ただの出鬼だ」
『それって月――』
「今日はここの先の川付近で陣を張って野営となった! 一同、前線と合流せよ!」
顔無しが何か言おうとした時、前方から大声が聞こえてきた。
もうそんなに時間経ったか。やっぱ軍として歩くのと一人で歩くのは全く違うな。
「……何か言おうとしたよな?」
『いや、別に。それより早く行こう。遅れたら何を言われるか』
何事もなかったかのように馬を小走りさせてさっさと行ってしまった。
……一体何を言いたかったんだろう? 気にはなるけど、もう答えてくれる事はなさそうだ。仕方ない。俺もさっさと合流して野営の準備をするか。
――
陣幕を張って、むしろと食事が配られる。もう戦場もかなり近いとあって、火を起こさずに簡単な食事をして横になって明日へ備える。
みんなが握り飯を食ってる中、俺一人魔草を食ってると――
「おい、それなんだ?」
見慣れない男が俺が持ってる乾燥して丸めた魔草を見つめて興味本心で聞いて来た。
「何って……魔草の塊だ」
「うえ……わざわざ加工して食うのか。……それ、美味いのか?」
「冗談言うな。とんでもなく不味いっての」
魔草が美味くなる訳ない。どんなに工夫しても味が変わることはない。
まあ、食感が悪くなったら余計に不味く感じるだろうけどな。
「兵糧があるのにそんなもん好き好んで食うなんて変わってんな」
「悪かったな」
「いや、感心してんだよ。俺は十佐。見ての通りの一本足さ」
見ての通りって……と思って改めて見ると確かに足が一本しかない。二本分の大きさはあるけど。
「へぇ、初めて見るな。俺は出鬼だ」
「おう、よろしくな」
「ところでお前のそれ、歩きにくくないか?」
「生まれた時からこうだからな。人魚に水の中、泳ぎにくくないか? とか聞く?」
「聞かねぇな。なるほど」
言われてみりゃそうだな。さっきの顔無しとか昔見た一つ目とかも不便そうにはしてなかったし。
「でさ、なんで魔草なんか食ってんだ?」
「あ? 別に何喰おうがいいだろ」
「そりゃそうだけどよ。普通気になるだろ。そんなくそ不味い草を率先して食べるなんてよ」
知らねえよ。と言ってやりたかったが、普通の奴は食べないだろうし、気になるんだろうな。
「要るか?」
「いや要らねえよ。舌が馬鹿になる」
手をひらひらとさせて一本足はどっかに行ってしまった。
……器用に跳ねていきながら歩く(?)姿はどこか乾いた笑いを誘った。
爺さんのところで修行だけして過ごしていた時はこんな個性的な連中がいるとは知らなかった。一つ目とかそんなん目じゃないほど変な奴が揃っていて、なんでか急に壱太のことを思い出した。
今はどこで何してるんだろうな。弟二人とどうしているのか。ほんの少しだけ、それ
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