28・三年の時

 月白の家での修行の日々。それに焔道のおっさんが偶に加わって、伊沙那がお小言を口にして……そんな毎日が過ぎて三年。その間俺はひたすら己を鍛えるために尽力していた。


 ……てかそれだけ経ってもやっとこさ爺さんの足元に追いすがってるような差って感じだ。あれはどんだけ規格外の力を持ってんだか。焔道の方もまだまだ道は長い気がする。こっちはなんていうか、読めないんだよな。

 人となりが良いのが戦っている最中にも伝わってきて、その割に剣の冴えが鋭い。刃を交える度に苦手な奴だと思えてきた。爺さんの方がまだわかりやすい。あの人は偶に孫でも見るような視線を向けてくるし、教えるときはかなり厳しい。駄目な部分を徹底的についてくる上、挑発してきて多少の悪いやり方も平気でやってくる。そこら辺、二人の違いがよく出てる。


 ――


 爺さんと刃を交えても怪我をしなくなってきたからその分素振りや走り込みの時間を大幅に増やしていたある日のこと。


「出鬼」


 爺さんが神妙な面持ちで俺に話しかけてきた。珍しく大真面目な顔してるもんだから俺もつい気を引き締めてしまう。素振りを止めようとするとしかめっ面をしてきたから続けながら話を聞くことにした。


「爺さん、どうしたんだ?」

「諸国で争いが激しくなっていることはお主も知っておろう」


 三年前からそうだったけど、ここ最近は帝である朱天……様に対し、大名どもの反発が強いのだとか。

 ま、先帝は神々の血を引く混血児で、最も天に近い象徴として君臨していたらしいから当然か。


 反対派の意見としては天に遣わされた先帝を葬った罪は贖いようがないほど大きく、新たに帝を名乗るなど盗人猛々しいということだ。

 賛成派は朱天は傍系の血を受け継いでおり、他国との戦に消極的な先帝ではいずれ天津原は飲み込まれてしまい、妖が虐げられる時代がやってくる……っていうのが大まかな言い分だ。


 正直こんなくだらない争いなんかどっちでもいいんだが、月白の家が現帝に使える五将の一角を担ってるから、必然的に俺も賛成派ってわけだ。

 以前は武力、名分ともに立たず、劣勢だったからか反対派の大名どもは大人しくしていた。ただ一年半前くらいからどこからか見つけ出した先帝の子供とやらを担ぎ出して、こいつこそが真に天津原を統べる正当な血筋であると訴え攻勢に転ずるようになったのだ。おまけに外国の連中の力も借りて。


 確か黄土の国の……赤土? みょう? だっけか。海を渡った先にある大陸の一国で、遥か昔島国だった天津原を侵略するために神憑きの力を使って地続きにした面倒なところらしい。

 その当時の大戦は正体不明の敵が突如攻めてきたことで帝の元団結した将達が見事撃退することに成功したとか。


 それが今じゃ得体のしれない帝の子供を担いで敵国と手を組んで攻めてきてるんだから笑える話だけどな。


「お主もここにきて既に三年は経った。そろそろ肌で戦場を感じてもよい頃合いだろう」

「なら……!」


 爺さんが深く頷いたことで俺の気持ちは自然と高まっていった。それはつまり、これからは一兵卒として戦えるってことだ。


「三年前エリュシオンの連中が冴木山に張っていた転送陣の破壊も成功した。それからもこちらに訪れる間者共は見つけ次第始末しているおかげか、現在は侵略の兆しも見られない。今のうちに天津原を平定したいというのが帝様の御意思じゃ。故に――」

「早急に決着をつける必要がある。そういう訳だろ」

「先に言うな」


 頭を小突かれるけど、痛くはない。全部言わせても良かったけれど、このまま話をさせてたら延々と続きそうな気がした。素振りしながら爺の長話を聞くなんて拷問以上の何物でもない。


「それで、いつになるんだ?」

「うむ。二か月後、部隊を編成して北上する。戦場となっている白根川の近くで友軍と合流し、撤退支援を行う」

「撤退? 進軍じゃなくて?」

「戦いを続けている者達も疲弊する。彼らの撤退と戦場の引継ぎを済ませることが今回の儂らの役目というわけじゃ」


 あー、だから撤退支援という訳か。それを含むってことね。


「今回は伊沙那、焔道は屋敷に残り、儂とお主の二人で軍勢を伴って進軍する」

「焔道のおっさんも留守番なのか」

「あやつは月白家の当主。儂がいなくなったときは五将の一人に昇格される。対処が急がれる場合以外は極力同じ戦場いくさばにいるべきではないのじゃよ」


 そう聞くと納得できる部分がある。冴木山の時は二人が軍勢を率いて攻めに行った。それは転送陣を破壊して都に雪崩れ込んでくる敵を食い止めることが急務だったからだろう。今回は長い目で見る必要があるから万が一を防がないといけないってわけか。


「考えてんだな」

「猪武者さながらのお主とは違うのじゃよ」

「へいへい。それで、二か月間俺は何をしてればいいんだ?」


 猪呼ばわりされたことは気に入らないが、どうせ言っても面倒なことになるだけだ。話を切り替えた方がいいに決まってる。そう思って今後しないといけないことを聞いてみたけど、きょとんとした表情を返された。『お前は何を言っているんだ?』って感じだ。


「なにもいらんよ。強いて言えば覚悟かのう」

「覚悟?」

「敵にも家族がおる。農民兵ならば死ねばその分人出が減り、畑の収穫量が落ちる。飢える者も現れ、更に死ぬ者も出てくるだろう。それを頭の中に入れておけということよ」

「はっ、ならとっくにできてるさ」


 そんなことを気にしていたら何もできやしねえ。復讐すると誓ったんだ。どんなに苦しくても、喉が焼き付くほどの痛みが襲っても、俺は前に進み続ける。そう決めている。

 今更覚悟の是非なんて問われるまでもない。


「爺さん、ちょっと走ってくるぞ」

「……うむ。気をつけてな」


 素振りにも飽きてきたところで外に出ることにした。いよいよ戦場に行く。そんな逸る気持ちを押さえつけるように――。

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