27・月白家の当主
冴木山の戦いに行かず、ひたすら学問に打ち込んだ結果――爺さんの評価が上がって前以上に厳しい訓練をしてくれるようになった。以前よりも本気の殺気が増えて、命を奪われる一歩手前ってぐらい危険になったか。
それのおかげで俺も何が死に至らしめるか。もしくはそうでないかを察知できるようになってきた。
そうだとしても爺さんの攻撃はどれも死へと繋がる連撃の動作になってるから全部濃密な死の匂いを感じてあまり意味がないんだけどな。それらを搔い潜って成長しろってことなんだろうよ。
当然、腕が斬れようが足が潰れようがお構いなしだ。なんでか傷の回復速度が昔より早くなったせいか、爺さんも更に遠慮がなくなった。そんな感じで余計に痛い思いをしながら力を付けていくことになったわけだ。
結果としては悪くない。擦り切れるまでやるのが今の俺にはちょうど良かったし、伊沙那に言われた悔しさを糧にしていきたかった。
少しずつ変わる日々。だけどそれ以上に爺さんがいて、鍛えられるところがあって……充実していると言えるかもしれない。
ある意味、ずっと変わらない日々があってもいい。そう思わせる程にはこの生活にも慣れてきた。
「出鬼くん」
ある日、朝起きて支度をして稽古場に向かうと、何故か伊沙那の父がいた。
「あー、えっと……」
「忘れたかな。焔道で伊沙那の父親だ。今日は父上の代わりに私が君のことを見ることになった」
物腰が穏やかな男で、俺から見たらどこか弱そうな感じがする。よくこんなんが当主を勤めてるよな。
「爺さんは?」
「帝様や他の四将の方に事の顛末を報告しに、ね」
そんなもん他の奴らにやらせりゃいいだろうに、爺さんは変なところで真面目なんだな。いつも笑っててどこか浮いてる感じなのにな。
「そういうのは当主やその下の仕事じゃないのか?」
「私はあくまで月白家を存続させる為にいる存在だからね。父上のように正式に五将として扱われるのはあの人が亡くなられるか、伊沙那が当主として成長するかのどちらかだよ」
「へぇ……」
複雑なことがあるんだろうな。全く興味はないが、それで爺さんがいないのは大問題だ。
「……教えてくれるって訳だけど、俺はあんたの事、何も知らねぇんだけど?」
「ふふふ、それは稽古の中で確認すればいいんじゃないかい。君も父上とはそうやって来たんだろう? 伊沙那の事が気になるなら心配ない。あの子は今日は書斎で学ぶことに集中したいそうだからね」
一切ぶれない穏やかな微笑み。ここまでやんわりとしていると調子が狂う。
「それとも、私じゃ頼らないかな。父上のように上手くできるか自信ないしね。だけど、手加減するなと言われてるからさ」
その言葉にちょっとかちんときた。自信がないという割には自分の実力を信じてる物言いだ。
「わかった。怪我しても知らねえからな」
「ははは、お手柔らかにね」
改めて向き合う。真剣勝負なことはわかってるみたいだ。俺と同じように抜き身の刀を構えてじっと様子を見てる。上段の構えで刀は一般的なものとそう変わらない。
「どこからでも向かって来ていいよ」
優しげな表情が尚更苛立つ。
「それじゃ遠慮せずに行ってやるよ!」
強く踏み込んで刃を振りかざす。放たれた矢のように素早く動いて突きを放つ。今俺が出来る最速だ。
「なるほど」
まっすぐ喉元に向かう刀を見て頷いたかと思うとゆらりと揺れて流れるように身体を半回転させて、そのまま刀を振るってきた。たった一度の交わし合い。その一回に俺と伊沙那の父親との実力差が見て取れるようだった。
「どうだい?」
首筋に切っ先を突き付けられた俺は思わず顔がにやける。これほど強い相手だったなんて思いもしなかった。
「ああ……悪い。侮ってた」
「だろうね。私もそう感じていたよ。まあ、こんな性格だしね」
楽しそうに笑ってくる目の前の男からは相変わらず殺気というものをあまり感じられない。基本的に薄いというわけか。面白い。
「さあ、改めて本気で打ち込んできなさい。全て受け止めてあげよう」
下がった男――焔道は特に構えているわけでもなく、かなり隙だらけだ。ぱっと見た感じはな。
ぐっと身体を落とし、地面を踏み抜く。刀で薙ぎ払うと、焔道はそれに合わせるように刃を添えて受け流してくる。勢いを殺さずに右斜めからの斬撃を放つ。冷静に受け止められたと同時に軽く力で押して俺と腕力で勝負仕掛けてきた。負けじと押し返した瞬間、焔道は身体を半歩下げて、結果俺は身体を前のめりに傾かせてしまう。まずいと思った俺はそのまま勢いよく前回転。背筋が冷える思いがした。
「ははは、元気がいいね。父上から聞いてはいるけど、まさかここまで訓練を積んでるなんてね」
「よく言うぜ。俺の斬撃は全部流してくるんだからな」
「それが私の戦い方ということで一つよろしく頼むよ」
ちっ、本当に食えない奴だ。
だけど爺さんがどうしてこいつに修行をさせるように任せたか理解できた。
爺さんが焔のように攻めてくるとしたら、焔道は水のように流れている感しだ。
それぞれ戦い方が違うからこそ、気づきや理解がより深くなる……てか。いや、大体予想なんだけどな。
おかげで攻めやすさも相まって、普段攻撃なんて出来る隙がない奴を相手にしているからこそ、こういう攻められる機会ってのは中々ない。
そんな風に感じ、羽目を外してしまった俺は焔道の好意に甘えるように丸一日みっちり修行をしてもらうことになった。修行が終わった時の焔道の「や、やっと終わったのか……」という顔がちょっと笑えてきた。
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