26・論破される者

 結果として、書斎に帰ったのは正解だった。爺さんの持ってる本はいろいろな種類豊富で、俺だったら死んでもまだ読み切れないくらいの量の本があるしな。爺さんは変な所律儀だから学問の書、地理に関する本と大体区切って分けてるからどんな本がどこにあるかぐらいならある程度わかるしな。


 上手く近辺の地図も見つけた。冴木山というのがこの町から北西に向かった先だと言うのもわかった。

 ここからかなり離れたところにあるけれど、決して行けない距離じゃない。


 爺さんは何も言わなかった。そりゃつまり見にいっても問題ないってわけだ。荷物は魔草といつも持ってる刀があれば事足りる。そうと決まったら早速準備だ。


 ――


 自分で思うのも何だが、かなりの軽装になったな。

 元々あまり物を持ってないし、食料も大したものを必要としてない。持ち物といえば地図くらいなもんだ。


「……よし」


 準備は整った。屋敷に奉公してる下人に見られないように出ればいい。……なんて思って意気揚々と出ようとしたが、やはり現実は上手くいかない。例の孫娘が門の前で待っていたからだ。


「お前……」

「やっぱり行くんですね」


 立ち塞がるそいつの腰には脇差しと刀が挿さっている。明らかに俺の邪魔をするつもりだ。


「どけ」

「いいえ」


 ひりついた空気が辺りを染める。一触即発。いつでも抜けるように構えるけど、女の方は刀に手を置くことすらしない。


「あなたはどこに行こうとしているかわかっているのですか?」

「戦場だろ。多くの奴らが死んで、帰って来れなくなる場所だ」

「そうです。そんな場所になぜ?」

「決まってる。俺の全てを奪った奴らと決着をつける為だ」

「ですか、その人達はいないかもしれませんよ?」


 確かにそうだ。あいつらの一人は位が高そうなやつだった。そんな奴がいつまでもこんなところにいるわけがない。


「それに、あなたが行けばお祖父様に迷惑が掛かります。拾った恩人を窮地に陥れることがあなたのやり方ですか?」

「……っ! それは……っ!」


 嫌な言い方をする奴だ。考えなかったわけじゃねえ。もし、爺さんの立場が悪くなるんだとしたら……そんなのは違う。


「感情のまま動くのは仕方がないでしょう。あなたはまだ子供で、自分を抑えるなんて事は難しいみたいですから」

「……俺は!」

「もう一度考えてください。あなたは何故お祖父様の誘いにのって弟子になったのですか? それでも成し遂げたいことがあったからなんでしょう? それを……一時の感情で台無しにするつもりですか?」

「うるせえ!!」


 理詰めで責めてくるのに我慢ならず、武器を抜いた。今は少しでも早くいって、確かめないといけない。それなのに……!


 なんで、足が動かないんだろう? イシュティの仇がいるかもしれない……あの場所に……!!


 睨みつけるだけで何もできない俺を、女はどんな思いで見てるんだろう? 情けないってか? それとも呆れてるのか?


「俺、は……!」


 言葉にできない。息が詰まりそうだ。


「もう一度考え直してください。今この戦場に行くことが本当にあなたが望んでいることなんですか?」


 俺が望んでること……。それは今も昔も変わらない。イシュティや俺を殺したあいつらに復讐すること。

 なら、それは今できることなのか? まだ爺さんにまともに一撃入れることもできない。兵士としては半人前で、俺は――


「――ああああああ!!」


 地面を殴る。何度も、何度も。少し血がにじんできてもひたすら。

 苛立つ。どうしようもなく。

 わかってるさ。本当は足手まといになるかもしれないってよ。俺は自分のことしか考えてなかった。仇が間近にいるかもしれないと思うと焦りが募ってどうしようもなかった。それをこの女に見透かされた。

 わかった瞬間、どうしようもなく恥ずかしかった。嫌な大人たちになった気分だった。


「……なあ」

「はい」

「お前、名前……なんていったっけ」

「……伊沙那です。月白伊沙那」

「覚えておく。ありがとうよ」


 地図や魔草をもって、色々準備をした俺は……結局都から出ていくことはなかった。爺さんのおかげで着実に強くなっていってる。今なら多少は戦えるはずだ。

 でも爺さんが俺に戦のことを教えてくれなかったってことは、要はそういうことなんだろう。


 つまりまだ未熟で、足手まといになるから。


 それを伊沙那のやつに教えられた。相当腹が立つけどな。


「くそっ……」


 こうなったら仕方ない。言われたことをやる。座学だろうが何だろうがやるしかない。今はただ何かに打ち込んでいたかった。

 じゃないとまた戦場に行きたい気持ちが膨れ上がってくるから。ただ無心に何かをしたかった。


 復讐のために。それだけを成し遂げるために。今は静かに耐えるしかなかったから。


 ――


 いつも通りの生活を続けているうちに都には少しずつ活気が戻ってきて、戦勝の吉報が届くと同時に祝いの雰囲気に包まれた。結果は爺さんたちの圧勝。エリュ――は最初は押していたものの、爺さんたちが挟撃した結果、撤退を余儀なくされたとか。


 こうして俺の初めての戦参戦は失敗で終わった。

 自分の焦りを改めて知ることができたいい機会……って言えれば聞こえはいいんだろうけど、結局は女に言いくるめられて、論破された形になっただけだった。


「よく我慢したな。まだまだ小童と思っておったが、成長したようじゃな」


 帰ってきた爺さんが最初に言った言葉がそれで……俺は素直に喜ぶことができなかった。

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