25・前兆

 朱天との話し合いが終わった俺たちは、爺さんの屋敷に戻ってより一層修行に打ち込むことになった。少しでも早く追いついてやると意気込んでいたしな。最初の数か月は爺さんも付き合ってくれたんだが……。


「今日はここまで」


 剣の打ち合いが終わって爺さんは一息吐いていた。だけど今までの時間からしたら明らかに少ないし、俺もまだ徹底的にぶちのめされたわけじゃない。


「おいおい、爺さん。これじゃ物足りないって」

「すまんな。しかし儂も用事があるのだよ。午後は自ら勉強して学ぶように」


 笑って済ませた挙句、そのまま午後は自習しろと告げてさっさと出て行ってしまった。あとに残されたのは不完全燃焼の俺だけ。


「はぁ……最近はずっとそうじゃねぇか」


 少し前に朱天から呼び出しを受けてからか。あの屋敷じゃなくて城の方だったから俺も留守番してたからよく思い出せる。その時に何を言われたのか知らないけれど、あれから爺さんの様子がおかしい。

 こうやって修行を途中で切り上げることも増えてきた。そりゃあ一日中常にあの爺さんと一緒に住んでいるわけだし、たまには離れて一人でいることも悪くはないだろう。

 ただ、それが多すぎる。おまけに座学は俺一人でやることになったので余計に進まない。


 元々読書なんて柄じゃねえし、どうでもいいしな。それより、爺さんが何してるかの方が気になる。

 それと都も最近異様というか……妙に騒がしい。


 いつもは気持ち悪いくらい平穏な日々を過ごしてる奴らがあちこちにいるはずなのに、最近はぴりぴりしている。

 そういえば前も似たようなことがあったな。あれは……そうだ。イシュティを失った時だ。

 あの時も町が異様な雰囲気に包まれていた。自然とそれを思い出して嫌な気持ちになる。


 飛び出して色々調べたい気持ちはあるけど、勉強してなかったら後々うるせぇからな……。

 なんて悩んでたら書斎の引き戸が開いた。


「あ……」


 現れたのは爺さんの孫娘だ。驚いた顔をしたそいつはすぐに気まずそうな顔をする。


「なんだ?」

「い、いえ……」


 こいつの態度で何かあることを察した。勘ってやつだろうな。


「そういや爺さんが一人で本を読んで学べって言って出ていったんだけどよ、何か知らないか?」

「それを私に聞いてどうするんですか。答えたとして、信じますか?」

「いや、そりゃ信じるだろ。お前が俺に嘘言う意味あんのか?」


 なんでそんな疑られてんだか。まあ、いいけど。


「ない……ですね」

「だろうが。で、どうなんだ?」


 その答えは何とも微妙だった。答えようかどうするか迷っている様子。確実に何か知ってるってわかっただけでも収穫か。


「……言いたくないなら別に――」

「近いうちに戦争が起きます」


 突然と言葉に驚いた。大体予想してたのと、同じだけれどまさかこの女からそれを聞けるなんてな。


「エリュシオンという国について知ってますか?」

「ん? ああ……天津原を――ってか俺たちを目の敵してるやつらだっけか」


 女はこくりと頷く。確か朱天もそのエリュなんとかって国の事を言ってたっけか。


「どうやら近くの武将や大名達が彼らに助命を嘆願しているようで……間諜によって情報を得られた帝様がお祖父様らに出陣のご命令を下されたのです」


 だからあんな風に慌ててたのか。俺に気づかれないように。

 なんかそれがわかると苛立ってきた。


「あの爺……」

「まだ私もあなたも戦場に出られるほどではないというわけですよ」

「それならなんでお前は知ってんだよ」

「私はそれなりに信用がありますから」


 ふふん、としている態度がなんだか偉そうで癇に障る。しかも事実なのが余計にな。

 ま、教えてもらった以上意味ないんだが。


「いくら信用があっても俺に言ってちゃ意味ねぇけどな」

「今日出立したからですよ。それまでは秘密にしておけと言われていましたから」


 ちっ、やっぱそう上手くはいかないか。このままどこが戦場になるか聞いても教えてもらえなさそうだし、どうするか……。


「諦めて勉学に励むといいと思います。あなたには足りないことが多いのですから」

「少なくともお前よりは強いけどな」

「『今は』でしょう?」

「『これからも』だ」


 二人でいがみ合っても仕方ない。とりあえず外に出て何か情報を仕入れるか。


「どこに行くんですか?」


 書斎から外に出ようとすると、わかりきったことを聞いてくる。


「決まってんだろ。町に行けば何か聞けるだろう」

「今更遅いと思いますけど……」

「それでも、だよ」


 話しているうちに一つ思い出したことがある。確かえりゅなんとかって国はイシュティが殺されたあの日、どっかの男どもが話していた。もしそれが今攻めてきている国と同じなら……きっとあいつらもあそこにいる。確かめないといけない。


「ちょっと! まっ……」

「爺さんにはあとで謝っておくよ」


 いてもたってもいられず部屋から飛び出して外に走る。

 屋敷から出て、向かったのは色んな奴らがたむろしている場所。相変わらず話している連中もいるけれど、肝心の軍の話をする奴らはいなかった。どこか焦りが募りつつも、俺は必死に話を集める。あまり奴らと話すこともできないからもっぱら他人の噂話に耳を傾ける程度か。

 それでも何の成果も得られず……結局エリュ……シオンって国が冴木山を攻略してくると聞いただけだ。

 具体的にどんな場所化もわからないし、いよいよ詰まったか……そう思ったとき、書斎に地図があることを思い出した。


 急いで書斎に戻る。遅々として進まず、もやもやするけれど、それでも俺はいかなきゃいけない。あいつらがいる戦場に。俺の仇がいる場所に。


 ……俺自身も前に進むために。

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