24・頂の先

 軽くあしらわれた俺はまた爺さんの後ろで座ることになっていた。


「出鬼よ。どうだったか?」

「どうって……見たらわかるだろ」


 あんまりに酷い結果で自分が情けなくなる。結局何一つ、朱天には届かなかったんだから。


「くっくっ、何を考えておるかわかるが……あそこまで喰らいつくなど中々出来ぬぞ。並以上でも帝様に触れることすら叶わぬよ」


 それでも悔しいもんは悔しいんだよ。……って言っても無駄か。

 爺さんや朱天からしてみたら上出来なのかもしれない。俺はまだ子供で、二人とも大人で、今まで積み重ねてきたものが違うから。


「そう腐ることはない。お前には光るものがある。それはこの先成長すればより顕著に現れるだろう。その時には俺の下についてもらいたいもんだ」

「……帝様の?」

「そうだ。復讐以外何をしたらいいかわからぬのだろう? ならばお前に道を示してやる。お前のように大切な何かを失わぬような国を。より強く、豊かになった姿をな」


 馬鹿らしい。そんなこと出来たら今頃俺はこんなところにいなかった。豊かになったって俺たちみたいなのはどうせ出てくる。他の奴らはそれを見下しながら笑う。それか何も見えない振りをする。結局何にも――


「想像できないか」

「え?」


 何を言われたのか一瞬わからなかった。ばっと顔を上げると、笑ったままの朱天がいた。


「そりゃそうだろうな。俺だってお前の立場だったら信じらんねぇもんな」


 はっはっはっ、と豪快に笑う朱天に向かってぽかんと口を開けて見ていたと思う。それほど信じられなかったから。


「帝様」

「いいさ。……なあ、出鬼よ。俺は言ったろ? 鬼の村はもうないって」

「あ、ああ」

「考えてみろよ。たかだか村で暮らしてた男がなんでここまで上り詰めたと思う?」


 そんなん知らねぇよ。というのは簡単だった。でもよく考えたら確かに朱天の言ってることはおかしい。それはつまり、平民が帝を名乗ってるってことだ。


「帝様は一昨年の今頃に先帝を討たれ、自らの武を世に示した。それから地方の武家大名を取り込み、力でねじ伏せ、ようやくこの都市を築き上げられたのだ」

「俺も泥の味は知ってる。口ん中がじゃりじゃりする感触も、魔草の死ぬほど不味い味もな」


 にやりと笑う朱天からは想像もつかなかった。見るからに天下人然していて、泥臭い様子なんて全くない。

 盃に酒を注いでその水面に映る景色を楽しんでいるようだった。


「そんな話、信じられると思うか?」

「ははは、思わねぇよ。だけどよ、今の世の中をどう思う? 一部の連中だけが富を享受し、それを分け与えることすらせず独占しているこの国を」


 そんなもん決まってる。許せないさ。それと同時に滅びても構いやしない。どうせこんな国に未練も何もないからな。


「俺は許せねぇんだよ。たった一握りの連中が美味しい思いする為に搾取され続けるのがよ。外の神々の力で雲に覆われ、太陽を隠された。土も痩せ、辛うじて命を繋ぎとめることができる魔草はまずすぎて食えない奴は死ぬしかない。なんで俺たちがこんな目に遭う? あやかしなのが悪いのか? 聖なる国とかのたまってるエリュシオンに悪しき者たちが住まう国だとか宣言されてるからか?」


 さっきまで笑っていた朱天はしかめっ面をしていた。真面目な話をしているからか、爺さんすら真剣な顔をしている。俺にはよくわからなかった。最初から底辺に生まれてきたからな。そこが違いなのかもしれない。だから答えられなかった。


「俺たちはただ奪われただけ。愛した人を。大切な物を搾取されて黙ったままでいるなんて俺はごめんだ。だから立ち上がった。失ったものを手に入れるために。武家の足軽に志願して武勲を立てて、大名の一人に名を連ね、思想を共有できる者たちに根回しを行って先帝を打ち取った。それでもようやく最初の段階に立ったに過ぎない。まだこれからだ」


 ぐっと拳を握りしめ、盃の中身を飲み干す。夢を見ているような顔の朱天は、とても楽し気に笑っていた。まるでそういう未来が見えているみたいだ。


「この国に太陽を――月を取り戻す。そしてその光の元で新たな一歩を踏み出すのだ。土を豊かにし、畑を拡張する。兵士達を鍛え上げ、何人にも奪わせない。『富国強兵』。それが俺が築き上げる天津原よ」

「でもそれは……」

「まあ、俺の代では難しいかもしれんな。やる事は山積みだ。未だ諸大名どもの中には抵抗を続ける愚か者もいる。広く大きな領土は雲に覆われ、外の国々は力を付けており、このままではいずれ滅びるというのに、な。外国の者共に金で釣られ、従う者すらな」


 どこか遠くを見る目をしている。正直朱天が言ってること全部が理解できたわけじゃない。俺みたいに泥をすすって生きてきた割に、結局夢みたいなこと言ってんのか……と今も思う。

 だけど不思議と笑って済ませることはできなかった。誰よりも本気なんだと訴えかけてくる目が。自身に満ち溢れたその態度が、決して妄想なんかじゃない。実現可能な『夢』を目指しているに過ぎないと伝えてくるから。


「子供のお前にはまだわからんかもしれん。だがな、いつかはわかる日が来る。今はまだ復讐以外の道が見えぬかもしれぬが、な」


 そんなもんなのかな。俺には復讐以外ない。もし本当にそれ以外の道見つかるのなら……いや、やっぱり考えられないな。


「今日は実に良きものが見られた。いずれは他の四人の将にも相まみえる時が来るだろう。その時はもう少し礼儀をしっかりしておけ」

「……はい」


 そう簡単に変えられるなら苦労しない。……まあ、もう少し頑張ってみっか。


「始道。この度はご苦労だった。お前の見つけた若い芽。しっかりと育ててやるのだな」

「有難きお言葉」


 最後に爺さんがねぎらいの言葉をもらって、朱天との会話は終わった。

 色々と疲れることが起こったけれど、まだ自分の未熟さを思い知ることができた。


 もっと強くなって……いつかはあの朱天に一撃を食らわせる。そういう新しい目標もできたし、訪れてよかったと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る