22・天津原の頂点

 爺さんとの修行を続ける毎日。そんなときになぜかこの国で一番偉い奴と会うことになってからというもの、俺の座学の時間は礼儀作法が中心になり、そこから戦術や武器の種類、対処法なんかを加えることになった。後半はありがたいことでもあるんだが前半が……。

 興味も湧かんものに時間を費やすくらいなら剣を振りたいんだが、あんまり強くそれを申し出た結果、割と本気で殺されるかと思った。いや、死んでも想像を絶する苦痛が襲い掛かってくるだけだがな。


 黒狼と生活していた頃はほぼ自暴自棄で死にながら鍛えてきたが、爺さんの元に来てからはそれもめっきりなくなってしまった。

 爺さんが俺の限界を見極めて稽古づけてくれるからすっかり死なずに済むようになったお陰だろうな。


 そんな訳で死ぬことに対して多少臆病になった俺は、爺さんの話を素直に聞くしかなかった。


 目まぐるしく時間に追われる日々を過ごして、今は爺さんに連れられて件の王様の屋敷の前にいた。

 赤と黒が映える立派な場所だ。これを建てるのにどれだけ掛かってんのかわかったもんじゃない。


「緊張してきたか?」

「全く」

「はは、だろうな」


 後ろで乗ってきた人力車が去っていく音を聞きながら、爺さんが門番の男と話していた。


「門の守りご苦労。みかど様は入らせられるか?」

「月白様がおいでになるのを今か今かと待たれておられました。どうぞお通りください」


 門番が二人がかりで扉を開ける。目の前に広がるのは門と同じようにこちらを圧倒する屋敷の姿だった。


 中に入っても落ち着かない。爺さんのところよりも息苦しさを感じる。


「月白様!」


 ぱたぱたとやってきたのは若い女。着物が崩れない程度に急いでいた。

 爺さんの目の前で止まると音もほとんどなく座って頭を下げた。


「お待ちしておりました。天子様の所へ案内するよう仰せつかっております。こちらへどうぞ」


 女の流れるような所作に思わずよくできるもんだと感心した。こんな下手に出ることなんぞ、俺ができる訳がない。

 大体呼び方が複数あって、それ全部覚えないといけないってのも面倒なのによ。

 女中に連れられて進むと、庭が目に入る。そこは何というか……戦場のように見えた。

 色んな武器が地面に刺さってる。折れてるのとかも含めて。


 争った形跡をわざわざ庭に仕立て上げるなんて相当変わってる。どんな歌舞かぶいた男なんだと思いながら進むと、縁側でかなり朱色が鮮やかな着物を着崩してる男がいた。片膝を立てて座っていて、隣には酒壺。手には大きな盃をもってのんきに呑んでいる。


「あれは……」


 普段ならどんな偉い奴でも気にならないのが俺なんだが、目の前の男には惹かれるものを感じた。

 それは俺とは違うけれど確かにある二本の赤い角。同じ鬼の証だった。


「ん……よう。ようやく来やがったか」


 黒い髪がその角をより強く主張させている。俺が呆然と突っ立っている間に女中が星座をして言葉を交わして去っていくのが見えて、爺さんもあぐらをかいて両こぶしを床にあわせて深く頭を下げた。


「帝様。お久しぶりでございます」

「おう、始道。当主を息子に渡してからめっきり姿を見せなくなったな。すでにこと切れていたかと思ったがその齢でよく弟子を取る気になったもんだ。まずは頭を上げて腰据えて話そうや」


 軽い調子で話してる男の視線が俺に移る。そこで俺も爺さんを真似た。目の前のこの人にそうしなければならない。それを心に刻みつけられたようだ。


「この年になり、ようやく我が剣を継ぐ者を見つけましたゆえ」

「そうだな。あいつは当主としての実力は確かに兼ね備えていた。が、お前の全てを受け継ぐには役者不足だろう。それはこの小童も同じように思えるがな」


 品定めするような視線を感じる。不躾にそんなことをされたら、普段の俺なら腹が立つ。間違いなく。

 そうならなかったのは、それだけこの男のことを認めている……。そういうことだろう。


「しかし光るものはありまする。いずれ儂を超え、より高みへ昇ってくれることでしょう」

「だから紹介する気になった……と」

「御意」

「弟子をとったと聞いたときは耳を疑ったものだがなるほど」


 頭を下げたままだからどんな顔をしているのかはわからない。まあ、嫌な感じはしないし悪印象ってわけじゃないだろうけど。


「小僧。名は」

「……出鬼」

「変わった名だな。自ら『鬼』を冠するとは」


 あんまりじろじろ見られると居心地が悪い。元々この屋敷自体戦場跡みたいな感じがして落ち着かないのによ。


「俺は翠原朱天。この天津原の頂点だ。その俺が命じる。面を上げろ」


 顔を上げ、改めて向かい合った男――朱天は鋭い目で俺を射抜いていた。


「同じ鬼は初めて見るか?」

「あ……ああ」

「だろうな。昔は鬼だけが住む村もあったが、それも失われて久しい」


 それは知らなかった。俺は自分以外の鬼を他に見たことないしな。


「さて出鬼よ。お前はなぜ始道の弟子になった?」

「なぜって……」

「こう見えてこの月白始道という男はこの俺の五本指の一人に入るほどの実力の持ち主だ。そんな男がただの情や才能程度で迎え入れるわけがない。何かあるのだろう?」


 その目はどこまで見透かしているんだろうか? 少なくともここで嘘は言えないと思った。


「……復讐のため」

「ん?」

「俺の大事なもんを奪った奴らに復讐するためだ」


 まっすぐ見据える。あいつら二人……いや、奴らの主人も合わせたら三人か。イシュティを殺したこいつらの命を俺の手で奪う。それは例え他のどんな出来事よりも優先することだ。

 何か探るような目を向けられる。長い沈黙。どれだけ時間が経ったかわからない。


「昏いものを感じるな。復讐、か……その先は?」

「先?」

「おいおい、復讐してそれで終わりかよ」


 朱天が非難するように爺さんに視線を向けても飄々としていてなんか苛立った。


「仕方ねぇな。おい」


 朱天は酒壺を腰に。盃を片手に庭に出て中指で俺に来るように指示してきた。


「同じ鬼のよしみだ。お前の意思ってのがどれほどのものか試してやるよ」

「は……はあ!?」


 なんでいきなりそんなことになったんだ? こいつは帝様……なんだろう? それがなぜ俺を試すなんてことになるんだ?


「おお、帝様が直々にされるとは。よかったな出鬼よ。存分に胸を借りると良い」


 爺が愉快そうに笑っているところを見てようやく悟った。こうなることがわかってたからわざわざ俺をここに連れてきやがったんだな。


 ……いいだろう。やってやろうじゃねぇか。この国の一番上ってのがどれほどのもんか確かめてやるよ!!

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