21・成長の道程

爺さんの屋敷にはいくつも部屋があって、その内の一つは書庫のようになっている。俺達が来たのはそこだ。

 読み書きに歴史や数字。はては建国記なんて様々なものが揃ってる。


「出鬼。お主は妖術というものを見た事があるか?」


 思い返す。あれはイシュティが攫われた時だったっけか。それ以前もあったような気がしたけれど……流石に覚えてない。


「幻聴が聞こえてくるやつだったな」

「それは【幻声】と呼ばれる術じゃな。敵に見知っている者の声を聞かせ、惑わす術よ」

「そんなんだったな。後は……なんだっけか。なんか炎の玉のやつ」

「それに関してはわからぬの。狐が出せば【狐火】。鬼やそれに準ずる者が出すのは【鬼火】。他にも【怪火かいか】と呼ばれるものもある」

「それの何が違うんだ?」

「色や威力が変わってくる。特に【鬼火】でも強力なものは青白く、死者や亡霊をも燃やし盛ると言われておるな」


 爺さんの説明からすると……多分最後のやつだろう。威力もそんなになかった気がするし、弱かったからな。


「話を戻そう。妖術とは儂らあやかしがその身に宿す力の一種であり、使う度に疲労する術だ」

「疲れねえもんなんかあるのか?」

「例えば精霊術はこの世界存在する精霊の力を借りて発動させる。内から出てきたものではないから制御に神経を使うが、精霊と良好な仲を構築できていればその分消耗も少ない。だが精霊のいない場所では性能が落ちるがな。気と呼ばれる力を内に溜め、力と変えることで素手でも武器を持った者と互角に渡り合える者もいる。この世界には神秘が満ち溢れているといえるな」


 随分楽しそうに語る。何がそんなに楽しいのかわかんねぇな。


「神秘、ねぇ……」

「神々がこの世界に生きた確かな証。残り香とも言えるな。その最たるは『神憑き』の存在だ」

「前も言ってたな。それはその妖術とかとは違うのか?」

「その素養がないものでも憑いている神次第ではその道の達人以上の力を発揮することができる。ある意味では理不尽の塊と言えるな」


 またちょっと違うってことなんだろうけど、よくわからん。とりあえず剣や弓なんかじゃ語れないもんがあるってこったろうな。


「……ひとまず神憑きの話は今は置いておこう。これもまた長い話になるだろうからな」


 こほんと軽く咳ばらいをした爺さんは改めて本を取り出す。


「よし、まずは魔法の基礎から説明しよう。それから――」


 爺さんの話は延々と続いた。あれだけ真剣に修行した後のこれだ。眠りそうになったらたたき起こされるから全力で耳を傾けるしかない。魔法の次は精霊術。それに近いルー……魔術ってやつ。疲れた体に無理やり詰め込まれるそれは苦痛でしかなかった。夜になって夕食後、さらに座学。

 詰め込めるだけ入れてやれといわんばかりの勉強に、これなら死にそうになりながらでも爺とやり合ってた方がいいと思うのだった。


 ――


 爺から命を守るという一方的な戦闘が終わると、またあの座学か……と思っていたら、誰かがこっちを見ていることに気づいた。そっちに視線を向ける。するとそこにはえー……爺さんの孫娘がいた。


 呆気にとられた顔で俺を見てる。


「なんだ?」

「いえ……まさかここまでの事をやってるとは思ってなかったので……」


 ここまでって……そうか。こいつは俺みたいに腕が斬られても次の日にはくっつくとか、どんなにひどいけがでも治るとか、そういうのには縁が遠い。俺にしかできない修行方法というわけか。


「こんなもん、次の日になりゃ治ってる」

「治ってるって……そんなわけないでしょう!? あなた、今自分がどんな状態かわかっているんですか?」

「あ? 片腕が動かないってところかな」

「それに加えて体中切り傷ばかりなんですよ? なんでそんな平然とした顔をしているんですか!」


 ……と言われてもな。


「痛くないんですか?」

「は、痛いに決まってんだろ」

「じゃあなんで……」


 いまいち何が言いたいのかわからない。俺はただ――


「目的のためにやれることをやる。それだけだ」

「それって……」

「お前には関係ない」


 爺の孫は怒りで眉が吊り上がっていた。俺の理由なんていちいち誰かに聞かせてやれるほど高尚なものじゃない。


「……そうですね。関係ありませんね」


 どこかふてくされた顔で後ろを向いた爺の孫はそのままどこかに去っていった。

 ……一体何がしたかったんだろう?


「全く……伊沙那も素直ではないな」


 爺がのんびり歩いて俺の隣に立っている。この爺のせいであの女に変に絡まれることになったのによ。


「十分休憩は出来たか?」

「なんとかな」

「なら次は座学に移るぞ」

「……またか」


 何しにきたか知らんあの女と会話した後の爺の長話なんてうんざりしてくる。ためになるのが多いというのも事実だけど、それ以上に勉強なんてもんがこんなに面倒くさいとは思ってもみなかった。


「なぁ、もっと修行の時間増やしてくれねぇか?」

「阿呆。これ以上増やしたら死んでしまうわ。それに――」


 何か含みのある言い方をする。こういう時は大抵ろくでもないことに決まってる。この爺さんはそういう奴だ。


「せっかく弟子に決めたのだ。我が主人あるじにお目通しをしておかなくてはな」

「は?」


 なんだそりゃ? 全く聞いてねぇんだけど。


「おい、本気かよ」

「案ずるな。主人あるじは無作法を気になさらん。多少なら剛毅に笑い返してくれるだろう。……他の者はどうか知らんがな」


 その他の奴らが問題なら意味ねぇだろうが。ふざけんな。

 視線で文句を言ってもこの爺にはなしのつぶて。効果なんか微塵もありゃしねぇ。


「お主にとっても悪くない話ではない。気に入られればより強い力を手に入れられるはずじゃ」

「そりゃこの国の一番上ってならそうかもだけどよ……」


 普通に考えてあり得ねぇだろ。そんな風にどこか小馬鹿にした顔でお返ししてやると、何も知らん小童がと言いたげな様子をされた。


「出鬼よ、お主はこの国を治める帝の名前を知らんのか?」

「あ? そりゃあ……」


 知らん。そんな事教えてもらった事もないし、知らなくても生きていけたからな。


翠原朱天みどりばらしゅてん。それが我が主人様の御名前よ。失礼のないように最低限これだけは覚えておきなさい」

「……わかった」


 覚えてなかったら本気で殺すからなって気持ちが物凄く伝わってくる。殺気以上の恐ろしさを感じて忘れられそうにない。

 こんな形で名前を覚えさせられるとは思いもしなかった……。

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