20・地獄の二章

 決闘以降、爺さんの家族もちょくちょく話しかけてくるようになった。まだ当たり障りない事くらいしか喋ってないけど、爺さん以外の奴と話すことなんてなかったからそこは新鮮だった。


 爺さんの息子曰く、戦いに決着がつくまで接触しないようにと言われていたらしい。なんでかは知らん。


 爺さんの孫もまだ棘があるけど、話しかけてはくる。夕食の時なんかはどんな修行をしたか聞いてくるくらいだ。それほど爺さんに剣を教わりたいんだろうが、あいつじゃ難しいだろう。


 なにせ今までの修行が優しく感じるほどの苦行だからな。昼は毒殺を防ぐ為に少量の毒を混ぜた飯を食わされるし、昼も夜もわからなくなるほど奇襲を仕掛けてくる。

 剣の稽古も気を抜けば腕を一本持っていかれた上に命を狙ってきやがる。殺気なんてもんがわかる訳ないと思っていた俺が気圧されて身震いするほどだ。

 その上、終わったら平気な顔で文字の読み方とか食事の作法とか叩き込んでくるんだから本気で気が知れない。


 なまじ黒狼どもとどんな戦いをしたか話しちまったからな。あの日爺さんが付けた傷も一晩で治ったことを確認してるし、いよいよ遠慮がなくなってきた。

 特に最近追加された防御に徹する訓練。あれがすごくきつい。


 普段は攻撃する隙を作ってくれて、そこから俺が上手く攻撃に繋げられそうなところを突いて反撃するって流れだったんだけど、防御の場合は勝手が違う。まず俺が見える隙は基本的に罠だ。

 ちょっとでも攻勢に転じた瞬間、足が斬り落とされたのは本当に冗談かと思った。攻撃した瞬間足なくなるなんて普通想像できねえぞ? あんなもん、俺じゃなかったら逃げ出してたっての。


 ……そもそも俺じゃなかったらそこまで厳しくしてこないか。

 修行なんか名ばかりの実戦だからな。いつ死ぬかわからない分、冷や汗が止まらない時がある。

 死んでも日にちが立てば復活するとはいえ、怖いもんは怖い。狼どもの時も慣れるまで何度も経験したけれど、実際爺さんのような人を相手にするのとはわけが違う。


 ――


 ある日。俺は爺さんの刀を避け、防ぎ、致命傷を避ける訓練……いや、戦闘を続けていた。もう随分時間が経つような気も、あっという間に過ぎた気もする。どれだけ爺さんの刃を防げば終わりが来るのかわからない。そんな猛攻に晒されていた俺は、疲れに大きく息を吐いた。


「ほれ、どうした? そのままでは死ぬぞ?」


 全くわかんねえ場所から軌道を描いて斬撃が飛んでくる。そのうちの幾つかは偽物で、ただ殺気でそう見せているに過ぎない。目線や刀の動き、それと身体を僅かに動かして本当にそこに切り込みに行く想像を相手にさせて、自分はそこを突いた一撃を浴びせる。

 口で言うのは簡単だ。だけどそれを何本も見せるなんて普通は出来ない……と思う。少なくとも爺の孫は無理だった。


「くそっ……相変わらず滅茶苦茶なんだよ!」


 そこから確実に死ぬところを抜いて、機動力を奪おうと腕や足を狙った斬撃を防ぐ。鈍い金属音と衝撃が伝わってくる。


「くぅ……!」

「よく見抜いたな。それ、次はこうじゃ」


 いったん後ろに下がって一気に突っ込んでくる。一つ、二つ、三つ。俺から見たらほとんど変わらない軌道で突きが飛んでくる。首、左肩、右ふとももと狙ってくる場所もばらばらだけど、このくそ爺が考えてることなんざ大体わかるっての。


 姿勢を下げて左肩を後ろに傾けるように倒れ、最後の足の刺突は刀で防ぐ。そのどれもが現実の一撃で、遅れて掠った感覚が伝わってきた。


「ははっ、正解じゃ」

「当たり前だっての。こういう時あんたがどんなことするかなんてよ」


 首を刎ねる軌道で飛んできた斬撃も防いで止まる。内心冷や汗が止まらない。

 最近は毎回こんな思いをしている。鋭い刃が体を、肉を断ち切られる感覚。ぞくぞくと昇ってくる血の喪失感。そのどれもが恐怖というものを教えてくれる。黒狼との戦いで慣れたと思っていた死の恐怖を。


 それがまたたまらなく嬉しかった。何度も苦しくて、痛い思いをした。今でも腕や腹を、首の肉を嚙み千切られる感じを覚えている。血が流れて、身体が冷えていく中、意識が冷たくて暗い場所に落とされるのも。

 それも慣れれば……いや、慣れたと思っていたらどうってことなかった。爺さんとの修行はそれを俺に思い出してくれた。強さを求めて生き死にを繰り返してきた俺に、凍えそうな真冬の水を頭からぶっかけたみたいに心の芯まで冷やしてくれた。


 爺さんの放つ殺気は狼たちのそれとはまた違っていた。あいつらのはなんだかんだいって営みだ。殺し食べることが奴らの生きる術だったからだ。だけど爺さんのは違う。あの先に待っているのは圧倒的な実力差から放たれる逃れようのない『死』の具現だ。待ってるのは何の意味もない死。学ぶことすら許されないその差を最初に突き付けられた。復讐にすら近づけずただただ死ぬだけ……。それがどんなに恐ろしいことか改めて思い知った。


 ぎりぎり寸止めで実際死んだわけではないにしろ、一切手加減のない殺気を浴びせてくれるっていう無慈悲なやり方のおかげでこうしてまた恐怖を感じる。何度も味わった無意味な死の恐ろしさが、薄れていたそれが俺の感覚を鋭敏にさせてくれる。


「また一層鋭い反応を返すようになったな。ここに来た時とは段違いよ」

「俺だって成長してるっての」

「まだまだ小童もいいところじゃがの。しかし、そろそろいいか」

「いいって……何が?」


 爺さんは相変わらず笑顔で意味ありげな言葉を口にする。こういう時は大体嫌な感じがする。もっと面倒な修行が増えるか、今みたいに死ぬ思いをして成長することになるかのどっちかだからだ。


「剣術以外にもこの世界には様々な力がある。前にも言ったであろう?」

「……妖術のことか?」


 こくりと頷いた爺さんの仕草から、次はそっち方面の修行かと思った。以前も幻聴を発生させる妖術を使ってきたやつがいたけど、ああいうのはあまり得意じゃない。


「魔力や精霊術。ルーンに気功。世の中には様々な力がある。儂は妖術しか使えんから他のは全て知識として伝えるのみではあるが、それでも戦いの幅の広がり方。その対処の仕方を学ぶのは決して悪いことではなかろう。ほれ、一度座学をした後にもう一度訓練を行うぞ」

「……はぁー、わかったよ」


 何言っても逃げられないんだし、この爺の言うこともわかる。どうやら地獄にはまだ片足突っ込んでただけのようだ。本格的に中に入っていたと思ったんだがな。ま、より強くなれる機会と思うしかねえか。

 そうじゃないと続けることなんてできないからな。

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