19・祝宴の裏
結局爺さんが止めなかったせいで俺も宴の中に出る羽目になった。
女中が並べる料理の数々。酒。ついでに向かい合うように座る例の孫娘。
てか爺の弟子がそんなにめでたいかね。
すっかり上機嫌の男が爺さんのぐい呑みに酒を注ぐ。
「……食べないのですか」
ちらちらこっちを見ながら食べてるお前が気になって食欲が湧かねーんだよ。そんな風に言えりゃどんなに楽か。
湯気が見える米。脂が乗ってるのか良い香りのする焼き魚。汁になんかの肉の炒め物。どれも俺達が普段口に出来るものじゃなかったな。
箸の使い方は爺に叩き込まれたから問題ない。作法にうるっさいからな。それよりも――
「食べるさ。せっかくだからな」
見た感じは何も変わった事はない。箸を使って米を口に運ぶ。なあに、噛めば変わらないさ。なにもな。
……やってきたのはぶよっとしたような、ねちゃついた感覚。泥が粘ったような感触に、全く味を感じない。
「……うめぇな」
なんとか飲み込む。それだけでも吐きそうになる。魚の身をほぐして一口。ぬるぬると滑る汁と舌に残る身の存在感。味がぼやけてよくわからない。
冷や汗が出そうになる。だけどそれは堪えなきゃなんねえ。いくら俺でもこの席を台無しにしたくなかったからだ。
「良かったです。あなたは全然食事をされませんでしたから」
「はっ、はは……」
何か言おうとしても乾いた笑いしか出てこない。今すぐにでも飛び出して中を全て空っぽにしたい衝動に襲われる。
――俺はいつの間にか……いや、あの夜から食べ物を受け付けなくなっていた。何食べても味がよくわからない。嫌な食感だけが口の中に残る。唯一味がすんのは魔草くらいなもんだ。
「食べておるな」
楽しそうに酒を飲んでるこの能天気な爺がこれほど恨めしく思ったことはない。
「おかげさまでな」
「よい機会じゃ。これからもたまには一緒に食卓を囲もうではないか」
「爺……!」
ぎろりと睨んでも爺はどこ吹く風だ。
「いい案ですね。私たちも出鬼くんについて知らないことが多すぎる。君が食事を共にしてくれるのなら嬉しいのだが……」
男の方がまた面倒なことを言い出した。しかもこの状況で断るなんてしたらまたややこしいことになるのは火を見るよりも明らかだ。
「……夕食だけでいいなら」
「! ああ。ありがとう」
嬉しそうに笑うこのおっさんには俺が今何思ってんのかさっぱりわかってねえんだろうな。
逆に爺の方は手に取るようにわかってるみたいで尚更腹が立つ。
結局この宴とやらは爺たちが満足するまで続けられて……女の方は食事が終わったらさっさと帰ってしまった。俺は主役(?)らしく、最後まで付き合わされる地獄にあったけどな。
――
その日の夜。さんざん付き合わされて酒の代わりに水を腹いっぱい飲まされた俺は気分が悪かった。
宴の件もそうだし、飯のこともだ。あんのくそ爺何考えてんのかさっぱりわかんねえ。
「寝ておるか」
苛立ちが募っていた時に原因の奴の声が聞こえた。
こっちはやっと終わって部屋に戻ってきたって横になってるってのに、これ以上何の用なんだか。
「起きてるよ」
「それは良かった」
遠慮なしに入ってきてどっかりと腰を落ち着かせる爺に向かい合うように座りなおす。ついでに思いっきり睨んでやってんのに、全く効いてない。
「ふふっ、不満か?」
「逆に聞きたいんだけど、不満じゃないと思ってんのか? あ?」
「ははは、素直な奴じゃの。これでもお主のことを思ってあの宴を開いたというのに」
「はあ?」
俺の為だって? 冗談じゃない! 俺はあれのせいで今も気持ち悪い思いしてんだ。あれならより厳しい修行にしてくれた方がまだ優しさを感じる。
「お主は復讐への道、どう行くつもりじゃ?」
「んなもん突っ走るだけに決まってんだろ」
いきなり話を変えてきたけど、何当たり前のこと聞いてんだか。
自信満々に答えたら逆に呆れられてしまった。
「物事はそう簡単ではないわ。国の一つに組み込まれ、兵士として戦い、武士として成り上がり、力や地位を高める。それが己の道を駆け抜ける方法の一つだ」
「あくまで一つってことだろう」
「だが、他のどの道よりも早くはなろう。どうしても成し遂げたいことがあるのだろう? ならばより短く、迅速に辿り着くべきだろう」
爺さんの言うことはわかる。この国で下っ端として働いて、戦果を挙げていけばより高い地位に付ける。権力を使ってイシュティの仇を探すこともできる。そこらへんは理解できる。だけどそれがなんで今の状況につながるのかは全くわからん。
「お主が最短を目指すのであれば、必然上の者との食事の機会が多くなるだろう。誰しも強い者、地位の高い者と関係を持ちたがるものだ。たとえ昔は貧民だったとしてもな」
「そうかよ。で、それがさっきの宴と何の関係があるんだ?」
「決まっておろうが。自身より遥か上の者との食会を断るなぞ、あってはならんことだ。かといって魔草しか口に入れられないのでは、出席しても無礼に値する。今のうちに食べ物の感触なれておけということじゃ」
爺さんがなんでわざわざ宴を開いたかは理解できた。ただ、そんなもん言えばよかっただろうが。
「お主は言っても聞かんところがある。実際体験させ、その上で説明してやった方が覚えも良い」
「ちっ……」
全部爺さんの手のひらの上だった事が気に入らねえ。だけど、何言っても無駄なのは伝わってくる。
「出鬼よ、これからは修行もいつもより厳しくなる。それを乗り換えたなら、お主は儂すら超える力を手に入れるじゃろう。復讐を果たすには十分の、な。ならばその力をどう振るうか? どのように役立てるか? それを決める一手として礼儀作法、学問はある。力だけの粗忽者に未来はない。成し遂げられることも何もない。肝に銘じておけ」
爺さんは立ち上がって戸に手を掛ける。
「復讐以外、俺には必要ねぇよ。だがな、爺さん。あんたが言うなら従ってやる。どんな苛立つ事があっても我慢するさ。それが俺の道を最短で突き進む方法である限りな」
振り返る事なく、戸を引いて爺さんは出て行った。残された俺の気持ちはすっかり良くなっていて、すぐに眠気がやってくる。
これも修行。あれも鍛錬。
なら、その先に辿り着ける為になんでもやるよ。
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