16・地獄の日々

 最初の修行以降、毎日木刀を振っては攻撃を読んでぎりぎり避ける事を続けていた。

 他にも爺さんとの軽い手合わせや、読み書き。重りを身体に付けて、そのまま走ったり、殺気を交えた攻撃を突然飛ばしてきたり、本当に色々な事をさせられて一月ひとつき


 強くなってんのか正直実感がない。いっつも爺さんとばっかやってっから他に比べる相手がいねぇんだもんな。

 あの爺も一日で治るからって本当に動けなくなる寸前までぼこぼこにしてくれるからな。

 あの女と勝負するまでもう一月。会わないようにって離れの小屋にいるもんだからあれの父親にも会ったことはない。


 あの女は偶にこっちの様子を見てくるから顔は合わせるんだがな。問題は知らん顔される事くらいか。


 ――



「それなりに仕上がってきたな」


 素振り直後に襲ってくる目を狙ってきた切先を避けて柄を掴む。最近は真剣を使ってくるから命懸けだ。この前までは木刀だったのによ。


「そうか?」

「わからんのも無理はない。主はいまだに儂に勝てんのだからな」

「はいはい」


 相変わらずのくそ爺だが、ずっと戦い続けてきたからわかる。

 爺さんを抜くにはまだまだ何もかも足りなすぎるってよ。それは当然、あの二人にも届かないって事を意味してる。


「ふふ、ははは」

「……何がおかしいんだよ」

「いやなに。やはり儂の目に狂いはない。強いて言うならば暗い感情が目立つ。それだけか」


 やっぱ爺さんは気づいてたか。ま、当たり前だな。


「復讐、か」

「悪いか?」

「はっはっはっ、復讐が悪いならそもそも人を殺すこの剣自体、悪しきと斬り捨てられるであろうな」


 意外だった。この爺さんのような奴は少しなりとも嫌がると思っていたからだ。


「なんだ。そんなにおかしいか?」

「……まあな」

「はっはっは、道があるというのは良いことよ。しかし、途切れさせてはいかん」


 はあ? 何が言いたいんだ? やっぱこの爺さん、よくわかんねぇわ。


「復讐を遂げた先を見据えろ……というわけだ。これから先の長い人生。様々なことがお主を待ち受けているだろう。そこから本当になりたいものを自身の手で選び取れ」

「選び取れって言われてもよ」

「まあ、すぐにはわからんだろう。覚えておくだけでもいい」

「……わかった」


 とりあえず頷いておくことにした。別にいますぐわからなくていいのなら必要なさそうだしな。


「ほれ、話はそろそろにして修行の続きをするぞ」

「おう」


 なんだかわかんねぇ話をされたけど、まあいいや。

 それからも同じように爺さん相手に切り結んで、真剣が頰を掠める感触を味わう。ひやりとする一方で、物足りなさを覚える。


 そうすると刃が激しくなってくる。わざと当たらない場所を狙って放たれるそれは次々と俺の身体に傷を付ける。


「くっ」

「遅い。もっと早く動けんなら死ぬだけぞ」


 簡単に言ってくれる。爺の動きはもうあの男共をとっくに超えてやがる。必死に食らいついていくだけでやっとだってのに……!!


 下から刃が襲いかかってくる。それを防ごうと刀を構えた瞬間、伝わってきたのは金属のぶつかりじゃなくて右肩がばっくりと斬られた痛みだった。


「ぐぅぅぅぅっっ……」

「そうじゃ。痛みは我慢せよ。その分相手を殺さんばかりに睨め。歩みを止めるな」


 熱が飛んでいくような感覚。それすら断ち切るように刃を振るう。


「剣筋が素直すぎる。殺気を向けて放ちながら軌道を変えよ。己が刃を必ず届かせると強い意志を込め、実行すべく思考せよ」

「はっ……はっ……」


 軽くあしらわれても構わず向かい続ける。左足。脇腹。次々と斬られて血が流れる。避けようとしても身体がついていかない。


「はぁっ、くっ」


 刀を地面に突き刺して息を整える。前の修行が生ぬるく感じるくらい今のが楽しい。

 この流した一滴が俺を前に進ませてくれる。弱い自分が零れ落ちていく気がする。


「……ここまで、か」


 動けなくなってた俺を見下ろして呟いた爺の言葉を掻き消すように薙ぎ払う。


「は、ぼけっとしてんじゃねぇぞ……。俺はまだ……」


 爺さんの顔から逸れた切先は微かに掠めるだけだった。

 そのまま力が無くなるように地面に崩れ落ちる。


「戯けめ。根性だけは一人前よ」


 にやりと心底楽しそうな顔を見上げながら、まぶたが下がっていくのを感じて……そのまま暗い闇に飲み込まれてしまった。


 ――


 気付いたのは日も落ちた夜。毎回の曇り空でも日が出ている事がわかるのは唯一の救いだろう。


「っつ、あんの爺……」


 起きたからか痛みが襲ってくる。身体中怪我して、痛くないのは左腕ぐらいなもんだ。

 一応手当はしてくれているようで、全身が包帯だらけになってる。


「目が覚めましたか」


 戸を開けて入ってきたのは……えっと……誰だっけ。爺さんの孫娘だったはずだ。あのなりでこれが娘な訳ねぇしな。


「……なんであんたがここにいるんだ?」

「離れとはいえここは私の家です。どこにいても不思議ではないのでは?」


 別にそういう事が言いたい訳じゃねぇんだが。皮肉言ってる暇あったら違うことすりゃいいのに。


「……食事が出来たので呼ぶようにと」

「いらねぇ」

「――っ、わかりました」


 そのまま強く戸を閉めてさっさと出て行っちまった。俺の態度が気に食わない。そんなのが簡単にわかる。

 別に俺だって嫌だから食べない訳じゃないんだが……ま、あいつに理解されようなんて思ってねぇし、どうでもいいか。


 棚の中に入れておいた魔草を出して食べる。慣れ親しんだえぐみやら苦味やら渋くてきつい味が口の中を蹂躙する。

 何度食べても不味い。この世で一番だろうな。これの隣に腐った握り飯置かれてもそっちの方がましに思えるだろう。


「……イシュティ」


 ぽつりと呟いて取り出したのはいつかあいつに貰った首飾り。爺さんとこの町に行く前に無理を言ってあのおんぼろ小屋に寄って掘り起こしたもんだ。

 途中で戻る羽目になったから余計に走る事になったけれど、こいつを忘れるわけにはいかないからな。


「……大丈夫だ。強くなってる。俺は、近づいてる」


 イシュティの首を刎ねた奴らに。少しだけぎゅっと首飾りを握る。それだけであいつの笑顔を思い出す。もうずっと見ることができないそれに、黒い感情が渦巻いていく。


 ……もう寝よう。明日もまたあの爺にしごかれるだろうしな。一刻も早く強くならなきゃなんねぇ。

 それで他の奴らを踏み台にすることになっても、な。

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