17・始まる戦い

 何度も打ち据えられ、斬られていくうちに少しずつ爺の動きがわかるようになってきた。


「――ふっ」


 刃が光る。左斜めから襲い掛かるそれを潜り込むようにかわして懐の近くで構えた刀で最速の突きを繰り出す。

 顔を軽く逸らして避けた爺は水平に薙ぎ払ってきた。それを刀の腹に手を添えてまっすぐ立てて防ぐ。


 刃が合わさってぎりぎりと力での攻防が続く。それを破ったのは爺さんの方だった。

 まるで道でも進むかのように刃を滑らせながら距離を詰めて、つばの部分に刃が触れたと同時にくるりと一回転してさっきとは反対側から襲い掛かってきた。


「あぶっ……!?」


 とっさにしゃがんで避けたけれど、読まれていたかのように膝が顔に迫る。それを両手で受け止めても勢いが止まらず、軽く打ち上げられた。


 仰向けに倒れた俺の首筋に切先が当てられて、爺さんの攻撃は止まった。


「ふむ……ここまでか」


 刀を引いた爺さんが後ろを振り返る。一見隙だらけに見えるそれは罠だ。前に仕掛けた時、このくそ爺は平気で俺の腕を一本持って行きやがった。次の日には元に戻るとはいえ、あれはない。


「まず防御一辺倒ではよくないの。確かに相手の攻撃の合間を縫うなど、力量差を考えれば中々出来ぬものだが、儂の方も幾つか隙を見せたと思うが?」

「……それで無理して攻めたら痛い目みただろ。そう何度も同じようにされてたまるか」


 言い終わると同時に拳骨が飛んでくる。何も予想してなかったから頭に直撃だ。


「ってぇな! 何すんだよ!」

「戯けめ。だからと言って追い詰められてはなんの意味もなかろう。一か十でしか物事を見れんのか」

「あ!?」

「怒るならばそれを力に変えよ。攻めと守りの転換。それが出来ぬ内は復讐なんぞ夢もまた夢。大人しく死人となって生きた方が良いわ」


 こんのくそ爺。自分が強いからって好き勝手言いやがって……!!


「上等じゃねぇか! もっぺんやらせろ!!」


 勢いつけて立ち上がって刀を構える。それに対して爺は笑う。


「よかろう。次はしっかり動けよ。でなければ腕を一本頂戴することになるからの」

「ぬかしやがれ!!」


 弾けるように走って刃を合わせる。そこから何度も斬撃を繰り出す。息つく暇もない程の連撃を放っても、爺は涼しい顔で全部受け止める。

 それを身体が動かなくなるまでやって、飯を食べたら苦手な座学。その後はまたこうやって体力を搾り取る。繰り返していく内に一月が経って、もうすぐ二月。爺さんところの女との戦いが迫ってきた。


 ――


 その日の朝もいつもと変わらない。川まで走って顔を洗って素振り。身体を拭いて近くの森で魔草を採ってから屋敷に戻る。一月前からやり始めて、今も続いている。


 帰る途中、色んな光景を目にする。楽しそうに駆ける子供。声を上げて商品を宣伝する売り子。笑顔で話す大人達。

 嫌な事、悪いものなんて全くないように見えるそれがただただ気持ち悪い。


 土の味も魔草の味も知らないこいつらがぬくぬくしてる間、俺達は寒さに震えて飢えまいと必死に魔草を口に詰め込んで凌いでいた。

 美味いものを食べてる間、泥水をすすって生きてきた。


 だからかもしれない。こんなのをいくら見てもそれだけの感情しか上がってこないのは。

 いつ見ても惨めにさせてくれるこれを焼き付けるように後にした。


 ――


 食事も終わって、俺は爺さんに連れられて道場に来ていた。

 他にも爺さんと同じ尻尾と耳が生えた若い男もいる。多分、こいつは爺さんの息子だな。


「父上、その子が……」

「うむ。儂の弟子、出鬼よ」


 視線がこっちに向いた。見定めているようなそれに睨むと、楽しそうに笑ってきた。


「なるほど。中々気の強い子みたいですね」

「当たり前じゃ。どんなしごきにも付いてくる。此奴は際限なく強くなるじゃろうて」


 むず痒いこと言いやがる。そのせいで男の視線が余計に強くなる。その中で現れたのは袴姿のあの女だった。


 静かな足取りで歩くそいつは、長い髪を束ねて邪魔にならないように鉢巻をしている。


「お待たせしました」


 それだけを告げて俺と向かい合うように正座をする。鋭い目が突き刺さるみたいだ。


「よろしい。それでは主も位置につけ」


 爺さんに言われるままに女の向かいに腰をかける。


「まずは条件を確認しよう。双方共に『参った』やその類の言葉を相手に口にさせること。それだけじゃ」

「間違えて殺めてしまったときは?」

「決まっておろうが」


 死んだ奴が負け。そういうことだ。最初は木刀での戦いになる予定だったらしいが、爺さんが急に真剣勝負に切り替えた。寸前に止めることもまた修行の一つ……らしい。こんな時にまでそれを持ち込むなんて爺らしい。おかげで奴は死ぬかもしれないって恐怖を抱え込むことになったろう。


 俺には関係ねえ。これがいつまで続くかは知らねぇけどな。


「遠慮すんなよ。お前なんかに殺される訳ねえからな」

「……随分な自信ね。驕りは自らを滅ぼしますよ」

「そんなんじゃねぇよ」


 こいつに殺されるために生き返った訳じゃねえ。何度も死んで蘇って、それで掴んだもんはこんな女に斬り捨てられる程度じゃないはずだ。


「見届け人は私、焔道えんどうと父、始道の二人が努める。双方構えよ」


 静かに立ち上がり、刀を抜く。俺のは爺が作った特注品だ。ずっしりと重たいそれは確かな感触を与えてくれる。斬るというより押し切る感じの代物だ。

 対するあいつの刀は爺が使っているものより若干短い。薄さは多分変わらない。


「本気でいきます」


 全員に宣言するように声を上げて構えてくる。わざわざ言う必要あるか? とも思ったけど、もう言う時間はないみたいだ。


「始め!!」


 開始の合図と共に女が動く。素早い動きで迫る先制の突き。相当速い。以前の俺ならこれで死んでいただろう。


 鋭い突きが首を掠める。それと同時に女は驚いていた。


「速攻で終わらせようってか? まだ始まったばかりなのに気が早いことだな!」


 笑うと女は警戒して後ろに下がって構える。やっぱ爺さんとの修行の成果が出てるみたいだ。

 いいぜ、楽しくなってきた。今どこまでやれるか、教えてもらおうじゃねぇか!

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