15・いきなりの修行

 案内された部屋はどうも居心地が悪い。

 汚れてない家具の数々とか、隣の爺さんとか……目の前の女とか。


 まるで違うところに迷い込んだみたいだ。


「それで、この子はこれからここに住むと」


 呑気に茶を飲んでる爺は笑ってるけど、女の方は冷めてる。どう考えても俺のことを嫌ってる。


「はぁ……お祖父様、ここは託児所ではないのですよ?」

「知っておるわ」

「そんなに私では頼らないですか? 当主の器ではないと……そう仰りたいのですか?」

「月白の家を継ぐのはお前しかおらん。それは散々言っておろうが」

「なら! 言葉ではなく態度で示してください! 私はお祖父様から何も――」

「お前の父がおるではないか」


 来て早々こんなくだらない喧嘩を目の当たりにする俺の気持ちも考えて欲しいもんだ。女の方は半分くらい泣きそうだ。


「前も同じ事をして……彼は続かなかったではないですか……」

「彼奴は力に溺れた。故に次はそうならぬように教えるつもりじゃ」

「それで次は鬼の子ですか。最初から力を持ってるから」

「はは、そうではない。お前にもいずれわかる日がくる」


 ぼーっと見てるだけで何故か俺が睨まれてしまった。喧嘩すんのはいいけど、俺に矛先を向けるな。


「ならばこうしよう。二月ふたつき後に試合をして、その結果次第という事で」

「勝ち負けは?」

「それはどちらでも良い。お前が納得するならばな」


 沈黙。爺さんと睨み合っていた女が立ち上がった。


「もし私が認めなければ、お祖父様も私の稽古を見てください」

「ならばお前と父、どちらかが認めた時はこの童をここに置く。それでどうだ?」

「……良いでしょう。ならば二月後。場所は道場でよろしいですね?」


 爺さんが頷くと、強く俺を睨んで女はさっさとどっかに行ってしまった。後に残されたのは嫌な気持ちになった俺と楽しそうに笑う爺の二人だけ。


「はっはっはっ、おっかないのう」

「ちっ、おい爺、どうすんだよ」

「ふむ、お主はどう感じた?」

「あ? んなもん――」


 今戦って勝てるような奴じゃねえ。爺さんまでとは行かねえけど、俺の勘がそう教えてくれる。


「――負ける気はしねえな」


 だけどわざわざ馬鹿正直に答えるつもりもなかったし、あんな目を向けた奴に負けるなんて口が裂けても言いたくなかった。


「はっはっはっ、随分と強気ではないか。やはり天津男あまつおのこはそうでなくてはな」


 何がそんなに楽しいのやら。この爺の考えが本当に読めない。


「ならば多少の無茶はできるな?」

「当たり前だ」


 むしろ多少どころじゃない。どんな無茶でも押しとおって見せる。強くなるためならなんだってするさ。


「うむ、そう言ってくれると思った。ならば早速修行を始めようか」

「……わかった」


 本当にこの爺さんは楽しそうにしてんな。……まあいいか。


 ――


 屋敷の中にはちょっとした広さの庭があった。なんか藁を巻いた棒が何本も立ってたり、木の棒に石とかつけられてたりしてる。


「ほれ、まずはこれを持ってみろ」


 気軽にひょいと投げられた木刀を受け取って振るってみると、大分軽かった。これだとすっぽ抜けそうだ。


「ふむ……では次はこれだ」


 それから次々と似たようなものを投げられる。段々重くなっていく。馴染みのある木材のような重みも通り過ぎて、両手で持つのがやっとなやつでようやく止まった。


「なるほど。まずはそれを扱ってみようか」

「じ、爺……これ結構重いんだが」

「阿呆。それくらいでなければ修行にならんわ。鬼の子であるお主は元々他の子供より力がある。ならばそれを伸ばす事も必要じゃろうて」

「……そんなんであの女に勝てるのかよ」

「無理じゃろうな」


 だったらなんでやらせんだ! って苛立ちが湧いてくる。こんなことしてる場合じゃねえだろうが。


「まあ聞け。力を伸ばすだけでは無理ということよ。心技体の内、心はまだしも技体で劣っておる主が勝つには相応の地獄を見てもらわねばな」


 にぃぃ……と見るからに悪そうな顔をしてやがる。


「ほれ、さっさと素振りをせんか」

「……はあ、わかった」


 ずっしりと腕に重みが伝わってくる。よくこれで折れないもんだ。一回振るってみると、ついつい加減が効かずに地面まで叩きつけてしまって、その直後に後ろ頭が殴られる。


「――いってぇ!? なにすんだよくそじじい!」

「戯け。そんな大振りを一々待ってくれる訳なかろう。もっと素早く。相手の動きに合わせ避けるように」

「いっぺんにできるわけねぇだろ……!」

「どんなことでもやる。あの時の目はそう語っておったがな。まさかもう弱音を吐くとは」


 こいつ……! 本当に苛立つ爺だな!


「あ? 誰が弱いって? やってやろうじゃねえか。どんどんこいや!」


 力が湧いてくる。また同じように地面に叩きつけることになったけど、今度はそれを利用してそのまま反対の方向に飛ぶ。

 ……で、顔面を木刀でぶたれた。


「あがっ!?」

「戯け。その程度で避けられる訳なかろう」


 ……結局その日は何度も同じ目に遭う事になった。振り切った直後にもう一度上げて防げりゃ良いんだけど、おもりがそれを邪魔する。

 腕で受け止めると『斬られたら使えない』とか言われて片腕で素振りしろなんて言われるしな。


「なんで大きく避けようとする?」

「……あ?」


 しばらく痛めつけられて苛立ってる時に可哀想な目で見下ろされる。


「出鬼よ、お主は当たらないよう、完全に避けれるようにしようとしておるが、何故だ?」

「そりゃそうだろ。避けるのに当たろうなんて思わねえよ」


 それに当たって反撃とかは最初に禁止されたしよ。


「結果、大きく動いて逆に隙を作る。それで斬られては意味がなかろう」

「んなこと言われてもよ」

「最小限の動きで避けよ。相手の全体を見る事は大切だが、お主には直前の反応が欠けておる。思いもよらぬところからの攻撃に弱すぎる。儂が同じ攻撃を繰り出したか?」


 よくよく考える。最初は後ろから。次は俺が避けたところに合わせて。その次は腕で防いだんだけど、すぐに腕を引いて左胸を一突きされた。また別のときにはなんとか避けたんだけど、無理な動きをしてしまって首筋に剣を当てられた。

 そのどれもがぎりぎり俺の目に見える程度で色んなところから攻撃を飛ばしてくる。


「全く変わっておるわ。死を恐れぬ。自ら傷つくことも。……しかし、避けるという選択が取れるのであれば傷つかないように立ち回る」

「おかしいか?」

「当たり前じゃ。まず順番が逆なんじゃよ。まずは儂の動きを見て可能な限り最小限に動け。まず、わが孫娘は良くも悪くもまっすぐじゃからな」


 はあ? 相変わらず爺の考えてることはさっぱりわからん。


「ほれ、避けられるまで続けるぞ」

「ちっ、はいはい」


 やられっぱなしは性に合わねぇ。さっきと同じように素振りをして、地面に当たる直前に木刀の先が俺の方に迫ってきた。


「――ちっ」


 ぎりぎり見える。喉を狙ってるもんだからこんなん当たったらただじゃ済まねえ。最低限の動きで。


 左肩を落とすように沈めて、喉を狙った突きを避けながら振り下ろした木刀を持つ手に思いっきり力を込める。首筋に嫌な感覚が通り過ぎて爺の頭を俺の木刀が――


「甘いわ」


 片手で振ったからか思いっきり見当違いの方に行って、あぜんとしていると頭にこつんと木刀が当たる。


「途中まではよかったんじゃがのう。まあ、一度はまともに避けられたんじゃからよしとするか」

「……もっかいだ!!」


 このままで終われっか! そんな気持ちでつづけた俺は、ぼこぼこにされながらもなんとか二回、三回と避けることに成功していった。

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