14・神憑き
爺さんに会って次の日の朝。いつも通り動けるようになったから添え木を外していると爺さんが驚いた顔で俺の腕と足を穴が開きそうなほど眺めていた。
「だから言ったろうが。なんも問題ないってよ」
「う、うむ……」
まだ信じられないものを見るような目を向けてくるけど、ようやく認めたのか飲み込むように頷いていた。
「なるほど。出鬼よ、主には恐らく神が憑いておるのだろう」
「はあ?」
唐突に意味の分からないことを言い出して、一瞬頭がおかしくなったのかと思った。
「『神憑き』という言葉を聞いたことはないか?」
「狼達によくやられてたな」
「それではない。神が憑く。それで『神憑き』じゃ」
よくわからん。初めて聞くし、俺には全く関係なさそうにしか思えん。
「……その様子だと本当に知らぬようだな」
「あのなぁ、今まで魔草食って暮らしてたやつが生きていくのに関係ないもん知ってるわけねえだろ」
意味ないもんにまで気をまわしてたら生きていけねえし、知らないのも当然ってやつだ。
俺がどんな生活をしてきたか思い出したのか、気まずそうに顎を擦っている。
「仕方あるまい。その様子なら自分で動けるだろう。説明しながら歩くぞ」
「わかった」
俺は爺さんの少し後ろについて歩くことにした。隣に立つようなもんでもないしな。
「まず、この世界は数多の神々に造られた。その中でもこの国――
「その割には飢えて死ぬ奴も多いけどな」
「過去の話よ。今は天上の
「妖術とかと違うのか?」
「それらは神々がこの世界に遺した証と言われておるな。大気に満ちた魔力。清らかに満ちた聖域。我らが扱う体内に存在する妖力。他にもあるが、それらは神憑きとは違う物なのじゃよ」
話を聞いててだんだんわからなくなってきた。
「覚えらんねぇな」
「一度話して即座に理解できるなら、お主はとうにそんな身分から抜け出しておるだろうが」
確かに。
頭が良かったら毎日魔草食って生活なんてしてなかったろうな。
……もしそうだったらイシュティには会えなかった。そしてあんな事も――
「……屋敷に戻ったら頭がおかしくなるほど詰め込んでやるから覚悟しておけ」
「はあ? おい爺さん、俺はあんたに戦い方を習いたいから一緒に行くんだぞ? 勉強なんか――」
「戯けた事をぬかすな。何も知らず、何もわからず戦うなど愚行。猪武者など他人に搾取されて終わるのみよ。出鬼よ、真に強くなりたくば、あらゆる知識を身につけよ。決して他人に生殺与奪を握らせるな」
「せいさ……?」
爺さんの言葉は時々難しい。今のだってよくわからん。
「他人に利用されないように何事も学べ。自らの意思で判断せよ。わかるか?」
「あ、ああ」
「よし」
何を思ってこんな俺に真面目に教えてんのかわかんねぇけど、そんな事はどうでもいいか。要は強くなれりゃあそれでいい。
「さあ、ならば走るぞ。少しでも早く屋敷に行こう」
「それはいいけどよ。あとどんだけかかるんだ?」
「そうさな……歩くならば後二日くらいか」
どんだけ離れたところにあんだよ。ていうか、なんでそんな遠いところにまで俺の噂が届いてんだよ。
「なに、休まず走ればすぐよ。まさか出来ぬとはいうまい?」
にやりと笑うそれは意地が悪そうだ。俺が根を上げないか試してるんだろう。乗ってやろうじゃねぇか。
「追い抜いても文句言うなよ」
「ははは、どこに行くのかもわからぬのにか。まあよかろう。儂を抜けるならばやってみよ」
「いったな!」
いつまでも爺さんの後ろについていけるかといきなり全力で走る。これで……と思ったけれど、さっきと変わらない位置に爺さんはいた。
「はっはっは、どうした? 儂を追い抜くのではなかったのか?」
「くそっ……爺がぁぁぁ!!」
ほんの少しでも追い抜くことができればと思って力振り絞って走るけど、爺の野郎は常に俺より少し前を走ってて、息が切れることはなかった。
「どうした。そんなに力入れて走るとあっという間にばててしまうぞ? 少しは体力を考えながら走らんか」
「はぁ……はぁ……いき、なり、説教……かよ……!!」
「こういうところから積み重ねていかなければな。ほれほれ、頑張れ」
くっそ苛立つ。だけど全然追い抜くどころか追いつける気すらしねえ。
――いつか必ず追い抜かしてやるからな!
どれだけ走っても全く変わらない。疲れて息が上がっても同じように速さを落として合わせてくるところに余計に腹が立って、俺はそう心に誓った。
――
休んでは走ってを繰り返して一日。
あのくそ爺、休ませてくれるのはいいけど、眠りかけた時に刀の柄で小突いてきやがって……!
「はぁ……はぁ……」
「はっはっは、本当に一日で着くとはな。いや素晴らしい」
「何が……素晴らしい、だ。こんな長い距離走らせやがって……」
「およそ十五里。よく行ったものだな」
「てめえ、俺がまだ子供だってこと忘れてねえだろうな?」
「戯け。小僧だろうが幼子だろうが鍛えると決めたら本気でやる。当然のことじゃ」
苛立つけれど、爺の言葉は一々正しい。だから余計に募るんだろうけどな。
「それよりも見よ。この街並みを。これこそ
疲れてんのに何言ってんだよ……。と思いながら改めて町を見る。見たこともない色合いの着物の女とか、小島に赤い橋が架かってたり、木が植えられてたりするけど、よくわかんねえ。
「別に、普通の町じゃねえの?」
「お主……見る目がないのう」
「あ? 大体んなもん気にして生きたことねえんだよ。知るか」
深いため息が聞こえる。この爺は俺に何を期待してんだか。
「これもよく教えるとしようか……ほれ、早く屋敷に行くぞ」
たかだか町一つの景色なんかどうでもいいはずなのに、あんな残念そうな目で見られるのはなんかもやもやする。
どうにも嫌な気持ちのまま爺さんの後ろをついていくと、遠くからも見えるくらい大きな家――いや、屋敷だっけか。それが見えた。あんなでっかいところに住んでんのかよ。
「どうした?」
「なんでもねえよ」
今からあんな場所で暮らすことになんのか。そう思うと嫌な気持ちになる。
俺としちゃ狭い家の方が落ち着くんだけどよ。
門の前まで来た爺さんがゆっくりと扉を開けると、一人の女が背筋を伸ばして出迎えてきた。
爺さんと同じ白い髪に獣の耳と二つのしっぽ。灰色の目の俺より少し背が高い女だった。
「おじい様、おかえりなさいませ」
頭を下げ、上げた後に微笑む。それだけの動きのはずなのに、目が行くほどのものがあった。
――これが爺さんの孫娘との初めての出会いだった。
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