13・圧倒する力
背中の木材を手に持って、思いっきり横に振るう。それを何の迷いもなく飛んで避けたと同時に黒狼共が飛びかかる。
「なるほど。上手くやりおる」
追い詰められたはずの爺は全く慌てる事もなくて、刀に手をかける。
「ふっ」
一息で黒狼達は「ぎゃん!?」と鳴いて倒れる。すぐに立ち上がったところを見ると、斬られた訳じゃなさそうだ。
「……舐めてんのか?」
「ほう?」
「そうやって手加減して、俺らを馬鹿にしてんのか!?」
「ふむ、そういうつもりではなかったのだがな。気に入らないならよかろう。殺されると思えるほどの全力をぶつけてくるが良い」
「うおおおおおお!!!」
駆ける。今自分が出せる最速の動きで詰め寄る。持ってる木材を振り下ろして――
「そのような童の遊びで儂を倒せるとでも思うたか?」
あっという間に斬り落とされる。
――ま、やっぱ違うわな。
「わかってたっての」
爺が俺を向いてるその時、陰に潜むように機会を窺ってた黒狼が足跡を立てずに足に牙を立てる。
「……っ!?」
「爺さんよ、よそ見してんじゃねぇぞ」
驚いて片足を上げて避けるとか器用な事をやってのけた爺さんは目の前。貰ったと思った直後。腕から嫌な音がした。
「ぐっ……おおおお!!」
そんな事気にせずに力を込めて拳を振り切る。爺さんの横っ面を掠める。
「ちっ……」
「は、ははは、何という童だ。腕が惜しくないのか?」
「欲しけりゃくれてやるよ。腕だろうが足だろうがな。なんならこの命でもいいさ。勝てるんなら、死んでもかまやしねぇ」
驚いた顔の爺さんだけど、俺の本気が伝わった目が鋭くなった。
「死ぬという事がどれほどの事か。童の主にわかるか?」
「どうでもいいんだよ」
狼共が後ろから牙を剥く。その間にも注意を引くために拳を振り続ける。
腕は折れてないけど、あんまり良い状態じゃねえ。じんじんと痛みが湧くし、動かし続けてるもんだから包丁で刺されてぐりぐりとされてるような感覚もある。
「はっ、死んでも良いと。そんなに安い命か」
小馬鹿にするように吐き捨てる爺さんの言葉が嘘なのはすぐにわかった。
「はは、使い捨てるぐらい余ってんだよ」
「何を……」
「老い先短え爺にゃ関係ない話だがなぁ!!」
勢いよく叫んだのはいいけど、この爺さん本気で強え。さっきから狼共が仕掛けてるはずなのに、少しずつ数を減らされていた。俺がわからないくらいの速度で黒狼を返り討ちにしてるって事だ。殺されてる訳じゃないからまた戦えるんだが……すっかり怯えが混ざっちまってやがる。
このままじゃ間違いなく負ける。勝てる手段だって思いつかねえ。それでも諦めるなんて事はしねえ。
もう何度目になるか、腕を打たれて、とうとう力を込める事も出来なくなる。
「がっ……あ、はっ……」
拳を握れない。足が動かない。片膝をついて爺さんを見上げるしかなかった。
「……満足か」
「そう見えるかよ」
「見えんな。どこまでも強い童だ。自分の状態がわかっておるのか?」
「まあな」
後は喉元に喰らいつくくらいしか思いつかない。そこまでやっても無理そうだけどな。狼達ももう戦う気力が尽きたようで、俺達の様子を窺ってる。
「全く、ここまでせんと向かってくるとは気概だけはいっぱし以上というわけか。それで……」
「ああ。わかってるさ」
何とも言えない顔をしてるのは俺の腕の具合を見てなんだろうな。他人から見りゃしばらくは動かせないはずだし、ま、当然か。
「心配すんな。明日には治る」
「治るわけがなかろう。それほどの傷、何ヶ月かかるか……」
「は、前は腕が取れたんだ。それでも次の日にゃ戻ってた。爺がんな顔する事ねぇよ」
ま、そりゃ信じらんねえだろうな。俺だって何も知らなかったら同じ顔してたさ。
「明日来りゃわかる事だろ。さっさと行けよ」
「阿呆が。童一人置いていけるわけなかろう」
世話が焼ける……みたいな顔をして俺を背負った爺さんはゆっくりと森の出口に行く。後ろには黒狼共が名残惜しそうに見ていて、あいつらもこれからどうなるか何となくわかったみたいだ。
「また会おうぜ。その時までてめえらも強くなってろよ」
このまま連れられたらもう会えないだろう。だけどまたどこかで。
そんな想いを込めた言葉に反応して、狼達は吠えた。俺と爺さんの姿が見えなくなるまでずっと。
「獣共と随分信頼関係を築いていたではないか」
「……かもな」
実際奴らとは倒し殺されの仲だった。戦う相手がいなくなったら困るから。そんな理由で少しの間暮らしていた奴らだ。
だから何も湧くはずがねえのに、ちょっとだけ、寂しい気がした。
――
森から抜け出すといつもの曇り空。すっかり夜も深まって、明かりもないから余計に見えにくい。
俺はと言えば、森を出る前に応急処置だとか言って爺さんが添木を当ててくれた。別にこんなんしなくても大丈夫なんだがな。
「今日は野宿だが、明日には町に着く。すぐに医者に見せてやろう」
「あんたがこんな風にしたんだけどな」
「阿呆が。元はと言えば童が――」
文句を言おうとした爺さんは何を思ったのか途中で黙ってしまった。
「なんだよ。途中で黙ったら気持ち悪いだろうが」
「いや、いつまでも童ではいかんからな。主の名を教えてもらおうか」
「……んなもんねえよ。俺は鬼。それだけだ」
嫌なあだ名はあるけど、わざわざ教える意味なんかない。
「ふむ、ならば……
「どうだとか言われてもよ」
「空を見てみよ」
爺さんに言われる通りにすると、珍しく月が見える。結構隠れてっけど、それでもここじゃそうそう見ない。
「月が
「……まあいいさ」
イヅキ。それが俺の名前。
あいつとどこか似ている感じがして悪い気はしない。
「儂は始道。
「なら、改めてよろしく頼むぜ。始道の爺さん」
散々痛めつけられた相手に何をよろしく頼むのかよく考えたらちょっと笑える言葉だった。
少しだけ月が顔を覗かせているのを見上げながら、これから先のことについて考える。
この爺さんのところにいれば、俺はもっと強くなれる。あの動きをものにできればそれこそあいつらだって倒せるようになるはず。
いや、必ずなってみせる。
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