12・従える者
何度か挑んでみたけど、結局奴らに飯を与えていただけに過ぎなくて、色々考えて俺がまず手をつけたのは武器の調達。
もちろん、拳が最大の武器の一つであることは間違いない。でも、それだけじゃ限界があった。特に黒狼のように群れでの戦い慣れていたり、俺より経験がある奴には敵わない。何かしらの工夫が必要だった。
とはいえ、町もすっかり焼けてしまってほとんど何も残ってないんだけどな。一応人がまばらに来てるから待ってれば何か手に入れられるだろうけど、そんな時間は惜しい。
結局選んだのは適当に拾った木の柱。まあ、そこそこ大きいからどっかの家で使われてたのが折れてそうなったんだろう。
俺の手にはちょっと大きいそれは、十分に手応えを感じさせてくれた。
片手で振り回せるけれど、棒よりは扱いにくいけど、威力は申し分ない。
ただ……このまま行っても結果は変わらない。武器を持った途端強くなれるなら最初からやってる。
かと言って、頭が良いわけじゃないし……と最終的に辿り着いたのは身体を鍛える。この一点だった。
食事は魔草があればいい。遠くの町まで盗みに行くくらいなら、少しでも今より強くなりたかった。……とは言っても、これまで鍛えたことなんかなかったし、走るとか重いもの持ち上げるとか、木を殴るとかくらいしか出来ねぇんだけどな。
最初は身体なんて鍛えても死んだら戻るんじゃ……とか考えてたけど、そんなもんは時間の無駄だ。結局、やると決めたらやる。それに限る。
打倒黒狼を目標に数日。じっくりと身体を鍛え、成果を試してみたくなった俺は、久しぶりに森の中に入った。
相変わらずの場所だ。魔草も大分少なくなってきたし、ついでに採っていこうか。
「……がるるる」
なんて思ってたら早速一匹。それなりの大きさだ。唸り声をあげて、いつ飛び出してもおかしくない。
「あおおぉぉぉぉん!!」
空に向かっての叫び声は仲間を呼ぶ合図。やっぱり前みたいに一匹で戦うなんてことはしてくれないみたいだ。
「なら、やることは一つ、か」
仲間が来る前に確実に潰す。振り下ろした木材を避ける黒狼の顔に向けて石を投げる。適当に拾ってたやつだけど、威力は十分だ。
「ぎゃん!?」
予想外の攻撃に悲鳴をあげてる黒狼に詰めより、木材を横に薙ぐ。それを飛んで避ける狼に向かってそのまま木材を投げ捨てるように走って、その横っ面に一発おみまいしてやる。
みしみしと軋む音。拳に伝わる感覚が教えてくれる。これだけの一撃を受けた奴は立てないだろうと。
殴り切った俺は捨てた木材を拾って狼がこれ以上向かってこないことを確かめる。息はあるし、死にはしない。こいつらにはまだ死んでもらっちゃ困るしな。
「さあ、どんどん来いよ!」
最初の一戦からあまり経たないうちに数匹の黒狼が出てくる。数からして不利だ。多分また死ぬだろう。
だけどそんな事は構わねえ。この死が。何度も挑むこれが。俺を強くしてくれると信じているから。
――
黒狼共と戦うようになって何日過ぎただろう? 来る日も来る日も奴らと戦う事を考えて、何度も殺されて……もうすっかりわかんねえくらいには経ったと思う。
最初は何度も殺されて飯にされてた俺も、今じゃ黒狼の群れの一員になっていた。
……なんでこんな事になったかはしらねぇ。少しずつ奴らを押せるようになってきた頃から妙になったように思う。
今じゃ殺し殺されってより、腕試しって感じだ。
黒狼達にゃ悪いが、俺が望んでんのはこういう事じゃねえ。もっと強く。本気で強くなれる実感が欲しい。
これじゃ止まってんのと一緒だ。歩くのだって遅いくらいなのにこのままじゃ……。
焦る心が俺を焚き付ける。走っても、木材を振っても、あいつらに――リンブルスとかに勝てるような気がしない。
やっぱり、狼相手じゃ限界があんのか? もっと大きな……そう、例えば都にいる武士達相手にやりあえば……。
なんて思ってるとなんだか急に騒がしくなった。黒狼の誰かが遠吠えをして仲間に獲物が来たと知らせたようだ。それもかなり短く何度も繰り返す。こんな事今までなかった。何か……危険でもあるみたいだ。
「……おもしれぇ」
このままじゃ到底奴らの首に手が届かない。何かしなきゃならねぇ。そう思ってた矢先のこれ。確かめずにはいられなかった。
立ち上がって走る俺の後ろに黒狼が数匹従ってくれる。俺の言葉も理解してくれるこいつらがいれば、よくわかってない他の連中にも指示を飛ばしやすいだろう。問題は……何が来てるかってことくらいか。
――
森の中は普通に暮らしてた奴には走りにくい。道もでこぼこしてて木が倒れてる時だってある。楽に進めるのは森の生活に慣れてる俺くらいなもんだろう。
どんどん獣の臭い強くなってる。これが敵なら今頃勝利の雄叫びでも上がってるもんだが、それがないってことは……。
「――っ」
広がってたのは倒れてる黒狼。それもかなりの数だ。ただ、傷はついてても死んではいない。俺が嗅ぎ取ってた獣臭さは、それだけ多くの黒狼が挑んでいったってことだ。
それをやったのは……どっかで見た事がある爺だ。
白髪に猫の耳に二股の尻尾。羽織には汚れとかついてない。
「ほう、やはり主か」
「……あ?」
「彩郷まで森に黒狼と暮らしている小鬼がいると聞いてな。話を聞くといつしかに会った童ではないかと思ったのだよ」
ははは、と笑う爺が何考えてんのか全くわからなかった。だからわざわざここまで来たってか? 何のために?
「水守の町が壊滅したと聞いてもしやとは思ったが……中々悪運が強いな」
「だからどうしたってんだよ」
「ふむ、惜しいと思っておったからな。もう一度あの時と同じ事を聞こう」
黒狼共は相変わらず戦える体勢をとってる。爺さんの周りでのびてる連中を少しずつ回収してるけれど、それもあの爺は気づいてるんじゃないかと思う。
「本物の野犬に成り下がる前に儂のところに来ぬか? 今よりももっと――」
「んなもんはどうでもいい」
身体を低くする。いつでも飛び出せるように構えて、爆発しそうなそれを抑えつける。
「そんなに俺を連れて行きたきゃ、力見せろよ。話はそれからだ」
「ふむ……よかろう。ならばこちらも見せてもらおう。童の実力を」
吠える。それは黒狼共への合図。それと同時に周りにいた奴らは散らばって何匹かは息を潜め、残ったのは俺と共に走る。
存分に見て心残さず死ねば良い。そう思いながら――
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